FILE15 トゥインクル

 というわけで、「ここ掘れワンワン作戦」(わたしの脳内での作戦名)が開始された。


「このシャベルで穴を掘って、『ロズウェルの聖杯』を発掘するんだね。けっこう広い駐車場だけど、どこらへんに埋まっているの?」


「あっ! 待って、ナナミ! アンダーソン保安官の車が来た!」


 草むらから頭を出そうとしたわたしの肩をタリーがつかみ、そう言った。わたしは慌てて、身をかがめる。


 その直後、パトロールカーが銀行と保安官事務所の間の道路――ロズウェルの南側のメインストリートを南へと静かに走っていった。


「あ、危なかったぁ~。アンダーソン保安官、まだこの近くにいたんだ……。でも、タリーはなんであれがアンダーソン保安官の車だってわかるの? 保安官の部下が運転しているパトロールカーだったかも知れないのに」


「アンダーソン保安官は、ものすごーく運転が丁寧なの。だから、車を走らせていても、いっさい音がしないんだよ。音もなく近づいて来る車があったら、それはアンダーソン保安官の運転するパトロールカーだよ」


 音もなくあらわれる車……。

 何だか、怪談に出てくる幽霊車みたいで恐いかも。


「それにしても、妙だな。もうパレードはとっくに始まっている時間なのに……。なぜ、保安官はこのあたりをうろちょろしているんだ? 今年のパレードは、北側のメインストリートから出発するはずだぞ」


「う~ん……。町のどこかで強盗事件でも起きて、犯人のゆくえを探しているのかも知れないな」


 アンドレとオリバーがそう話し合っていると、


「近くでチュパカブラ騒動そうどうが起きたから、アンダーソン保安官はこの周辺をパトロールしているのよ」


 と、だれかが言った。


 オリバーとタリー、アンドレは、「え⁉ チュパカブラ⁉ 見たい‼」とほぼ同時に叫び、わたしは「チュパカブラって何?」と首をかしげた。


 その直後、わたしたち4人は何かがおかしいことに気づき、顔を見合わせた。


「あれ……? さっき発言したのって、だれ?」。


 今度は、4人が同じことを言う。


「わたしじゃないよ」


「オレでもない」


「あたしも、ちがう」


「ボクもノーだ(メガネ、クイッ)」


「あんたら、なにコメディアンみたいなことやってるのよ。わたしよ、わたし。こっち見なさい」


 わたしたち4人が草むらから顔を出して声がしたほうを見ると、高校生ぐらいの年齢の少女があきれ顔でわたしたちを見下ろしていた。


 あっ……。この人、ハンバーガーショップでアルバイトをしていた、オリバー兄妹の元ベビーシッターさんだ。


「なんだ、トゥインクルか。ビックリさせないでよ、もう」


「こら、オリバー! その名前で呼ばないでっていつも言ってるでしょ⁉ お姉さんのことはオードリー・ヘップバーンと呼びなさい!」


 元ベビーシッターさんは、むきぃ~! と怒りながら、オリバーの頭に手刀を落とす。オリバーは「いてて……」とうなった。


 彼女の名前は、トゥインクルと言うらしい。トゥインクルというと、英語で「ピカピカ光る」「キラキラ輝く」という意味がある。


「オードリー・ヘップバーンだって? そんな大昔のハリウッド女優の名前なんか名乗らなくても、トゥインクル・アップルビーというとても可愛らしい名前があるからいいじゃないか」


「その『トゥインクル』っていうのが嫌なのよ! わたしはね、幼稚園のころからみんなに『トゥインクルキラキラちゃんって、変な名前ぇ~!』って笑われてきたんだから! オードリー・ヘップバーンって呼びなさ~い!」


「あいたたた‼」


 てし、てし、てし、と連続チョップをするトゥインクルキラキラちゃん。


 なるほど……。アメリカ版のキラキラネームというやつか。トゥインクルキラキラちゃんなだけに。でも、オリバーが言うように可愛い名前だよね。恥ずかしがることないのに。


「ストップ、ストップ! あたしのお兄ちゃんの頭が割れるから、もうそこらへんにしてあげて! お願い、トゥインクルキラキラちゃん!」


「だーかーらー! その名前で呼ぶなっちゅうに!」


「落ち着いてくれ、トゥイ……オードリー・ヘップバーンさん。近くでチュパカブラ騒動が起きたって、どういうこと?」


 アンドレがトゥインクルをなだめすかし、そうたずねた。

「あっ、そうだった」とちょっと冷静になったトゥインクルは、オリバーへのチョップ乱れうちを中止する。


「あんたたちが『今夜、銀行でロズウェルの聖杯を掘り起こすから、明日見せてあげるよ』って言っていたから、ちょっと心配で様子を見に来てあげたのよ。今、ここらへんでチュパカブラの目撃報告が続出していて、アンダーソン保安官がパトロールを強化しているから気をつけなさいよ?」


「チュパカブラがこの近くに? マジで⁉」


 オリバーが驚きの声を上げる。


「マジよ、マジ。ここから近い南リチャードソン通りや西チザム通りで、チュパカブラによく似た謎の生物が歩いているのを複数の人が見かけて、しかも、そいつが赤いフードをかぶった少年を追いかけ回していたらしいの」


「だれかがチュパカブラのコスプレをしていて、本物と見まちがえた可能性もあるが……。しかし、追いかけられて危険な目にあっている人がいるのなら、アンダーソン保安官も放置することはできないよな。そのせいで、怪しいヤツがいないか周辺をパトロールしているのか。まいったなぁ」


 アンドレが困り顔でそう言い、腕を組む。


「あ、あの……。話の腰を折って悪いんだけど、チュパカブラって何? たしか、ひいおじいちゃんから聞かされたオカルト話で出てきたような気が……」


 わたしが遠慮ぎみに手をあげてそう質問すると、アンドレがメガネをクイッと直しながら説明してくれた。


「チュパカブラとは、南アメリカを中心に目撃報告が多い未確認みかくにん動物どうぶつ(日本では和製英語でUMAユーマと呼ぶ)のことだ。ヤギなどの家畜かちく、時には人間をおそって、血を吸うらしい。チュパカブラがあらわれると、同時にUFOも出現するというウワサがある」


「ち……血を吸うって、何だか恐いね」


 わたしは、ブルルっと身をふるわせた。


 でも、そのチュパカブラ騒動が近くで起きたせいで、パトロールカーがこの周辺をウロウロしているのか。「ここ掘れワンワン作戦」がやりにくくなっちゃった……。


「まー、そういうわけで、うっかりアンダーソン保安官に見つかって捕まらないように気をつけなさいってこと。冒険もいいけどさ、育ての親のわたしをあんまり心配させないでよね?」


「いや、トゥインクルはただのベビーシッター……」


「オードリー・ヘップバーンと呼びなさい‼」


「あいたーーー⁉」


 最後に一発、強烈きょうれつなチョップをオリバーにくらわせると、トゥインクルはくるっと背を向けた。


「じゃあ、わたしはパレードの見物に行って来るから。……あっ。それから、オリバー。せっかくできた日本人の可愛いガールフレンドなんだから、ちゃんと守ってあげなさいよ?」


「う、うん……」


 え? 可愛いガールフレンドって、もしかしてわたしのこと?


「あーあ。わたしもボーイフレンドほしいなぁ~」


 トゥインクルはブツブツそう言いながら、去っていった。


 ……トゥインクルって、姐御肌あねごはだでちょっと暴力的だけど、すごくいい人かも。


 わたしが……わたしがオリバーのガールフレンド。

 う、うふふふ……。

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