FILE14 ミタケ・オアシン

「はぁはぁ……。あの青い屋根の建物がそうね。『BANK銀行』って書いてある」


 わたしは、建物のそばに立つ大きな看板を見上げながら、そうつぶやいた。


 ぜぇぜぇ……。わたし、体力なさすぎ。ちょっと走っただけで、へとへとだよ。


「みんなはどこにいるんだろう? 急いで探さなきゃ。……ていうか、銀行と保安官事務所、ちかっ‼ すぐとなりだとは聞いてたけど、本当に目と鼻の先じゃん。保安官事務所から見張っていたら、銀行の駐車場にだれか怪しい人がいても丸見えだよ」


 でも、見た感じ、保安官事務所の駐車場にはパトロールカーはほとんどないみたい。アンダーソン保安官もパトロール中だったし、みんなパトロールに出かけちゃったのかな? お祭りのパレードももうすぐ始まるし。


 これなら、オリバーの作戦通り、銀行の駐車場でここ掘れワンワンしていても、すぐには気づかれないよね。……近くにアンダーソン保安官がいるのが気がかりだけれど。


 わたしがそんなことを考えていると――。


「ナナミ! こんなところで何やってるんだい⁉ こっちに来て隠れて!」


 王子様みたいに凛々しい声が夜の闇に響く。次の瞬間、わたしはだれかに腕をつかまれ、駐車場のはしっこの草むらの中に引きずりこまれた。


「お、オリバー!」


 わたしを引っ張ったのは、草むらに隠れていたオリバーだった。タリーとアンドレも一緒だ。今夜はみんな、エイリアンの仮装をしていない。場合によっては保安官と追いかけっこをすることも想定しているのだろう。身軽に走り回れるようにスポーツウェアを着ている。わたしも動きやすいかっこうをしてきて正解だったみたいだ。


「みんな! どうして、こんなところにうずくまっているの?」


「決行時間まで、ここで身を隠しているんだよ。少し前に保安官事務所からたくさんのパトロールカーが出ていったけど、油断はできないからね。アンダーソン保安官の車が、さっきから何回も行ったり来たりしているし。

 念のために、祭りのパレードが始まる9時まではここからは動かないようにしているんだ。アンダーソン保安官も、9時になったらパレードが出発する場所に向かうはずだから」


「ああ、そうなんだ。頭いいね、オリバー」


「そんなことより……。どうして来たんだい、ナナミ。あんなに恐がっていたのに。オレたちのことは心配いらないから、すぐに帰ったほうがいい」


 オリバーが、真剣な声でそう言う。わたしのことを心配してくれているのだろう。


 でも、すでに決心がついていたわたしは首をブンブンと横に振った。


「ううん、帰らない。わたしも、オリバーたちとたしかめてみたいの。エイリアンが、本当にいるのかどうか。だって、わたし、見たんだもん。この町に来た初日に、空飛ぶ円盤を」


「えっ、それ本当⁉」


 タリーが目を輝かせ、食いつく。オリバーとアンドレもおどろいているみたいだ。わたしは、コクリとうなずく。


「空飛ぶ円盤があらわれる前に、灰色グレイの髪の不思議な少年とも会った。わたしは、彼が75年前のロズウェル事件と何らかの関係があるかもって考えてる。エイリアン……ううん、スターピープルはきっといるはずだよ。わたしたちで、その証拠しょうこをつかもう」


「2日前とは見ちがえるぐらい、凛々しい顔をしているじゃないか。何かあったのか?」


 アンドレが鋭い観察眼で、わたしにそうたずねた。


「何も変わっていないよ。2日前と同じ、弱虫でポンコツなすばる七美ななみだよ。ただ……」


 わたしはそう言うと、一呼吸おき、胸に両手をそえながら勇気をふりしぼって告白した。


「わたし、みんなの仲間になりたいの! お願いです、わたしをロズウェル・ユニオンのメンバーにしてください!」


「な、ナナミ……」


 わたしの必死のさけびに、オリバーはあっ気に取られている様子だった。


 こんなにも自分をさらけ出すのなんて、いつ以来だろう。

 わたしの気持ちが受け入れてもらえるか不安に思いつつも、せき止められていた川の水があふれ出すかのように、わたしは告白を続ける。


「……わたし、自分の超能力のせいで、日本の学校でずっとひとりぼっちだったの。みんなに気味悪がられて、化け物呼ばわりされて……もう友達なんていらないって思っていた。でも、みんなと出会って、やっぱり信頼しあえる仲間っていいなって感じるようになったの……。

 たくさんの友達がほしいわけじゃない。自分の超能力を必死に隠して、他人の顔色をうかがいながら友達づきあいをするような、息のつまるような生活をアメリカで送りたくないし……。

 けれど、あなたたちなら――わたしの超能力を不気味がったり、利用しようとしたりしないオリバーたちとなら、仲間になりたい。ワクワクするような冒険をここにいるみんなとしたら、明るかったころの昔のわたしを取り戻せそうな気がするの。…………ええと。わたし、自分の気持ちをうまく言えてるかな?」


「うん、大丈夫! ナナミの気持ち、わかるよ!」


 学校での孤独な境遇きょうぐうがわたしと似ているからか、タリーが涙ぐんでわたしの手をにぎってくれた。


「そうだよね。あたしも、学校の女の子たちに意地悪されている時にヘラヘラ笑って平気なふりをしているけれど、ひとりぼっちはやっぱり辛いもん。悲しいもん。たぶん、あたし、オリバーやアンドレがいなかったら……仲間がそばにいてくれなかったら、心を押しつぶされていたと思う」


 やっぱり、そうだったんだ。いじめっ子の女の子たちにからまれていた時に、タリーが彼女たちの悪意に気づかないふりをしていたのは、タリーの精いっぱいの強がりだったんだね。


 わたしにも経験があるから、わかるよ。わたしも、鈴木さんたちに嫌なことを言われても「いてないふり」してたもん。


「これからはずっと一緒にいようね、ナナミ。みんなでスターピープルを探そう」


「ありがとう、タリー……」


 わたしは、抱きついてきたタリーの背中に腕を回し、お礼を言った。


「……でも、本当にいいのかい、ナナミ。オレたち、スターピープルを見つけるために、けっこう危ないこともやるんだよ? ていうか、今日なんてかなりヤバイことやるし……」


 オリバーは、まだわたしのことを心配しているのか、そうたずねた。


 すると、タリーが、


「もぉ~! ナナミが決心したことなんだから、オリバーは男らしくイエスってひとこと言って受け入れてあげればいいの!」


 そう怒って、ぷくりとほっぺたをふくらませた。


 ……タリー、お兄ちゃんにはけっこう強気に出るんだね。


 オリバーは妹に怒られて、たじたじになっている。


「け……けどさ、ついこの間まで無関係だったナナミをオレたちの危険な計画に巻きこむのはちょっと悪いような気が……」


「無関係なんかじゃないよ。あたしたちとナナミは、出会うべくして出会った運命の仲間なんだから。オリバーは、『ミタケ・オアシン』っていう言葉を知ってる?」


「『ミタケ・オアシン』? それは、アメリカ先住民の言葉かい?」


「うん。ラコタ・スー族の生まれのパパが教えてくれた言葉。『わたしに関わるすべてに祝福を』っていう意味だよ。

 この世界はね、すべてがつながっているんだって。偶然のものなんてない、すべては必然なの。だから、あたしたちとナナミがこうして出会ったのも、運命なんだよ。絶対に、何かの意味がある。かけがえのない宝物なの。あたしたちは、新しい仲間との素敵な出会いを感謝して、大切にしなきゃ! その運命をうたがっちゃダメ!」


「わ、わかった……」


 妹にお説教をされて、オリバーは大人しくうなずいた。


 アンドレがくっくっと笑い、「この町で一番のイケメンの最大の弱点は、こちらの可愛らしい妹様なんだよ」とわたしに耳打ちする。


 ……わたしも、タリーみたいな可愛い妹がいて、「お姉ちゃん、もっとしっかりしてよね!」って怒られたら、「はい、すみません……」ってなっちゃうかも。


 それにしても、タリーがさっき言った「ミタケ・オアシン」という言葉――つい最近、同じようなことをだれかに言われたような気がしたんだけど、だれに言われたんだっけ?


「ちょっとかっこ悪いところを見られちゃったけど……。これからよろしくね、ナナミ」


 ようやく納得してくれたオリバーが、わたしに手を差し伸べる。


「う、うん。こちらこそ、よろしくお願いします」


 わたしは緊張しながらオリバーと握手あくしゅをした。


 色白でキレイな手だけれど、にぎった感触は意外とがっしりとしていて、頼もしい。そして、とっても温かかった。


「これで、われらロズウェル・ユニオンは4人になったわけだ。時間があったら仲間内の合言葉とか考えたいところだけど、今はとりあえず作戦を開始しよう。おしゃべりに夢中になって、9時を5分ほどすぎてしまった」


 リーダー格のオリバーが、みんなに号令をかけると、


イエッサーりょうかい!」


 タリーとアンドレがシュバッと敬礼した。わたしも遅れて「い、イエッサー!」と言う。


 つ、ついに、ミッションスタートだ。緊張してきた……。

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