FILE11 ロズウェルの聖杯

「ねえ、『ロズウェルの聖杯』って何?」


 わたしはオリバーに聞いた。


「ロズウェルに落ちたUFOの残がいのことさ。オレたちは、それを1年前から探しているんだ」


「UFOの残がい……。たしか、バラバラになったUFOの部品は、ロズウェルにあったアメリカ軍基地の格納庫に運びこまれたんだよね? エイリアンたちの遺体と一緒に」


「なんだ、ちょっとはロズウェル事件のこと知ってるじゃん。アメリカ軍は『UFOの残がいなんて回収していない』って否定しているけれど、絶対にまちがいないよ。当時ロズウェルにいた元軍人たちの証言がちゃんとあるんだからね」


 オリバーがわたしにそう力説すると、アンドレがメガネをクイッと直して、


「軍が回収しきれなかったUFOの残がいが、このロズウェルのどこかにまだ眠っているというウワサもある」


 と、教えてくれた。


「75年も前に墜落したUFOの残がいが、今でもこの町に? 本当にあるのかなぁ……。そもそも、それがUFOの部品だって、どうやって見わけるの?」


 わたしが疑問を口にすると、アンドレがまたメガネをクイッとさせた。


「そのUFOの残がいは、目撃者たちの証言によると、ちょっと調べたら地球上の物体ではないことがすぐにわかるらしい。……たしか、この博物館に、目撃証言を元に作られたレプリカがあったはずだ。見に行ってみよう」


 わたしたちは、『ロズウェルの聖杯』のレプリカが展示されている場所へと向かった。


「ほら、これだよ」


 アンドレにそう言われ、わたしは展示ケースをのぞきこむ。


 それは、手のひらにつつみこめるほど小さなカケラだった。


「……見た目は、ただのアルミはくの銀紙っぽいけど」


「証言者たちによると、さわった感触は薄くて軽いらしい。(メガネ、クイッ)

 この物質の不思議なところは、くしゃくしゃに丸めても、一瞬いっしゅんで元の形に戻るということだ。いっさいシワが残らない。自分の形を記憶している、形状けいじょう記憶きおく合金ごうきんという物体なんだ。しかも、ナイフで切ったり、火であぶったりしても、傷ひとつつけられないそうだ。(メガネ、クイッ)

 そんな魔法みたいな性能を持った物質を見つけることができた時点で、UFOがロズウェルに墜落していたという決定的な物的ぶってき証拠しょうこになるんだよ。だから、UFO研究家たちは、それを『ロズウェルの聖杯』と呼んでいる。(メガネ、クイッ、クイッ)」


 アンドレの説明を聞いて、わたしはUFOの残がいがなぜ「ロズウェルの聖杯」と呼ばれているのかようやく納得した。


 聖杯って、たしか中世ヨーロッパの物語とかに出てくる聖なる遺物いぶつのことだったはず。伝説によると、様々な奇跡を起こすらしい。


「そんな魔法みたいな物質が見つかったら、それこそ奇跡だもんね。UFOが実在することを証明できちゃうんだもん。それで、『ロズウェルの聖杯』なのかぁ……」


「そーいうわけ! そして、『ロズウェルの聖杯』を発見することができたら、スターピープルとコンタクトを取れる手がかりになるかも知れないでしょ?」


 タリーが目を輝かせながら、そう言った。


 なるほど……。UFOの部品を手に入れたら、そのUFOの持ち主だったエイリアンたちがオリバーたちのところにやって来るかも知れないよね。それはわれわれのだから返してくれ、って。


「でも、『この町にあるかも知れない』というウワサだけじゃ、見つけ出すのは難しくないかな?」


「うん。だから、オレたちも、何の手がかりもなくて困っていたんだ。けれど、2か月前、トーマス・チャップマンさんのブログを見て、面白い情報を見つけたんだよ」


「トーマス・チャップマン?」


「ロズウェル事件を中心にUFOの調査をしている、UFO研究家だよ。調査のためにしょっちゅうこの町に来るから、オレたち友達になったんだ。いつか紹介してあげるよ。UFOやエイリアンを目撃したというたくさんの人を取材していて、ものすごくエネルギッシュな人さ」


 オリバーは自分のスマホを操作そうさして、「ほら、これを見てみて」と言いながらわたしに手渡した。


 なになに? 「天才UFO研究家チャップマンのブログ」……?


 この写真の、ダブルピースしながら変顔してるおじさん(推定すいてい30代半ば)が、チャップマンさん? ちょっと頭わるそ……げふん! げふん!


 そのブログの記事には、「『ロズウェルの聖杯』が眠っている場所をついに発見! オレ天才!」と大きな見出しがあった。


 スマホの画面をスクロールして読み進めていくと、






 ここ数か月間の取材で、大変なことがわかったゼ。


 な、ななななーーーんと!


 ロズウェル事件でUFOの残がいの回収に関わった元軍人の1人が、ロズウェルの町に30年前まで住んでいたというのだ! バーーーン‼


 しかも、その元軍人は病気で亡くなる数日前に、


「ヤツらが乗っていた船の残がいを、オレは軍に内緒ないしょで家の裏庭に埋めた」


 と友人に語っていたこともわかった! やっぱりオレ天才!


「ヤツら」とは、きっとエイリアンのことにちがいないゼ!






 などと、頭わる……センセーショナルな文章が書かれていた。


 ま……マジ? と思ったわたしは、さらにその続きを読む。






 現在、その元軍人が住んでいた家は取りこわされ、銀行が建っている。


 おそらく、銀行の駐車場ちゅうしゃじょうあたりに『ロズウェルの聖杯』が埋まっていると思われるが……。


 オレがその銀行に調査をさせてほしいゼ! と頼みこんだところ、「そんなもの、あるわけがない」とあっさりことわられてしまった。


 すごく無念むねんだゼ‼






 あらら、断られちゃったんだ。まあ、たしかに、あるかどうかもわからない物を探すために駐車場に穴を開けられたら困るもんねぇ……。


 ブログには、その銀行の建物や駐車場の写真ものっていた。


「こんな写真をのせたら、世界中のUFOマニアの人たちが『UFOの残がいが埋まっている場所を見に行こう!』って考えて、ここに殺到さっとうしちゃわない?」


 わたしがあきれながらそう聞くと、オリバーは「うん、実際に殺到したよ」とうなずいた。


「このブログ記事がネットにのってから2か月間、毎日のようにUFOマニアが押し寄せちゃって、えらい騒ぎだったんだ。迷惑に思った銀行の人たちは、この町の保安官に銀行の敷地しきちに近づく怪しい人間を取りしまってくれるようにお願いしたらしい」


「保安官事務所は、銀行のすぐとなりにあるからな。アンダーソン保安官やその部下たちが、銀行のまわりを毎日パトロールしていて……本当に迷惑だったぜ」


 アンドレがそう言って、やれやれ……とため息をつく。


「たしかに、それは銀行の人たちも迷惑だったろうねぇ。マナーを守れないUFOマニアたちのせいで……」


「いや、迷惑していたのはオレたちのほうだよ。オレたちは、銀行の駐車場にあるという『ロズウェルの聖杯』をこっそり掘り起こそうとしていたのに……。保安官たちが朝昼夜関係なく見張っているから、計画を実行できずにいたんだ! まったく、もう!」


「もっと迷惑なUFOマニアたちがここにいたーーーっ⁉」


 わたしはオリバーの爆弾発言にひっくり返りそうになった。

 そんなの、あまりにも危険すぎるんじゃ……。


 お隣が保安官事務所なんでしょ? シャベルを持って銀行の駐車場に入って行った時点で、保安官たちに「不審者ふしんしゃ、発見!」ってつかまっちゃうよ。


 わたしが顔を真っ青にして心配しているのに、オリバーたちはけろりとした顔をしている。


 何か秘策でもあるの?


 そんな危険なことはやめておいたほうがいいんじゃ……。


「あの……本当にそんなヤバイことをやるの? 下手をしたら、保安官に捕まって親や学校へも連絡が行っちゃうよ?」


「やるなら、今しかないんだ。UFOフェスティバルで保安官たちが町中のパトロールで大忙おおいそがしな今がチャンスなんだよ。決行は、パレードがある2日後の夜だ」


「で、でも……」


 わたしはだんだんと、体がふるえ始めていた。


 学校の友達たちから化け物呼ばわりされ、仲間外れになって以来、わたしは人間不信におちいっている。だれかに裏切られることを、異常に恐れるようになっていた。


 だから、こんなふうに考えてしまっていたのだ。


 オリバーが初対面のわたしに優しくしてくれたのも

 ハンバーガーをおごってくれたのも

 そして、わたしのことを好みの女の子だと言ってくれたのも

 すべては、わたしをこの危険な計画に引き入れるためだったんじゃないか――って。


 やたらとタリーがわたしになついてきたのも、きっと同じ目的なのかも。


 ……ううん、「きっと」じゃない。絶対にそうだ。


 わたしみたいな「化け物」が、無条件で仲良しグループに入れてもらえるはずがない。この人たちは、わたしの力を利用しようとしていたんだ。


 ずっと、ずっと、1人でいることに慣れていたはずなのに……久しぶりに感じた「友達と一緒にいて楽しい」という感覚に、まどわされてしまっていた。


 わたしのことを、何の見返りもなく「友達」だと言ってくれる人なんて、この世界にいるはずがないんだ。わたしは本当にバカだ。オリバーのこと、素敵な男の子だなって思いかけていたのに……。


(お腹が痛い。もう家に帰りたい……)


 わたしがそうやって心を閉じ、うつむいて黙りこんでいると――。


「『ロズウェルの聖杯』を見つけたら、真っ先にナナミに見せてあげるからね」


 オリバーがそう言って、わたしの頭をポンポンと軽くなでた。


 えっ……?


「無事に作戦が成功したら、UFOじいさんの家の裏庭でバーベキューパーティーをしようよ! ナナミ、ごちそうの準備しておいてね!」


 そうはしゃぎながら、むぎゅ~とわたしに抱きつくタリー。


 ど……どういうこと?


「わたしに『自分たちの計画に参加しろ』って命令しないの……?」


 わたしが恐るおそるそう聞くと、アンドレが「命令? 友達にか? するわけないだろ」と笑った。


「日本からやって来たばかりのナナミをこんなヤバイことに無理やり参加させたりしないさ。もしも保安官に捕まったら、転校早々、学校の先生たちに目をつけられてしまうからな。アメリカでの生活にまだ不慣れな友達に、そんなハンデを負わせるつもりはないよ」


「アンドレの言う通りだ。この作戦は、『先生に怒られても恐くないぜ!』と思っているオレたちがやる。恐がっている君に、そんな無理をさせたりはしないさ。

 オレがこの秘密の計画を打ち明けたのは、君がオレたちロズウェル・ユニオンの話をバカにしたりせずに真剣に聞いてくれたからだよ。……ずっと学校のヤツらにバカにされてくやしかったけれど、君にオレたちのことを受け入れてもらえて、本当にうれしかったんだ。ありがとうな、ナナミ」


 そ……そんなこと、ない。


 わたし、オリバーたちのこと、ぜんぜんわかっていなかった。


 てっきり、わたしのことを無理やり利用しようと思っていたのかと……。


「わ……わたし……そ、その……。わたしには、超能力、ある、から……。みんなの役に……」


 みんなの役に立ちたい。


 その言葉が、出ない。


 恐かったのだ。超能力を使って、悪目立ちすることが。


 わたしは、目立ちたくない。透明人間になりたい。透明人間のように目立たない存在になったら、きっとだれもわたしのことをいじめたりしないだろうから。


 オリバーたちの危険な冒険に加わるだけの勇気が、わたしにはない。


 わたしって、本当に情けない子だ……。


 結局、わたしは「自分もその作戦に参加する」と言い出せなかったのだった。

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