FILE05 第2の能力

「ひいおじいちゃん、こんなにも広い庭なのに、キレイにお手入れしていてすごいなぁ~。あっ、このサボテン可愛い」


 変わった形をしたサボテンがたくさんある家の庭園をぬけ出て、わたしはサウス・ペンシルバニア通りを歩き始めた。


 そよ風が、わたしのほほをなでる。

 今日も相変わらず暑い。でも、だんだんこの気候に慣れてきたみたいで、それほど辛いとは思わなかった。


 日本とちがい、ニューメキシコ州は湿度がそんなに高くない。ジメジメしていないおかげで、気温が高くてもそれほど不快な気分にならないのだ。


「それにしても、みんな思い思いのエイリアンのコスプレをしているなぁ。わたしだけ普通の服装だと、逆に浮いちゃいそう」


 目立つのが嫌なわたしは、そうつぶやいた。


 一番多いのは、グレイタイプのエイリアンに化けている人。

 他には、頭に触覚みたいなのをつけたエイリアンとも数人すれちがった。

 エイリアンというよりは怪獣みたいなコスプレをしている人もいるなぁ……。


「わっ、飲食店にもエイリアンのイラストや看板が飾ってある。ここは本当にエイリアンに占領されたような町だね」


 わたしは、お店の壁に描かれているカウボーイ姿のエイリアンのイラストがちょっと可愛いなと思って、クスクス笑った。


 こうやってユニークなお祭りを見物していると、だんだん楽しくなってきたかも……。


 町の中心の大通りに出たら、もっとたくさんの人がいて、バラエティ豊かなエイリアンのコスプレをしているはずだよね? 人混みは苦手だけど……がんばって行ってみようかな。


 家に引きこもっていたいという気持ちよりも好奇心のほうが勝ったわたしは、町の中心部をめざして歩きだした。


 と、そんな時――。


「タリー! あんた、なんでエイリアンのコスプレしてないのよ!」


「今日はUFOフェスティバルなのよ? シンデレラの演劇をやるんじゃないんだから、お姫様みたいなかっこうをしてこないでよ」


「そんなフリフリの服を着て、どーせいとしのの気を引くつもりなんでしょ?」


 数人の女の子たちがだれかをののしる声が、わたしの耳に飛びこんで来た。


 え? 何? ケンカ?


 悪意に満ちた攻撃的な言葉は、自分に向けられたものではなくても、鈴木さんや学校のみんなから言われた罵倒ばとうの数々を思い出させ、わたしのお腹は急激に痛くなる。


「何なの? お祭りの日にケンカなんてしなくてもいいのに……」


 豆腐メンタルなわたしは、すでに半泣き。ビクビクと震えながら、声がした方角を見た。


 彼女たちがいたのは、黄色のペンキを壁にべっとりとっているメキシコ料理店の建物のすぐ手前。


 グレイタイプのエイリアンのコスプレをしている女の子たち3人が、お姫様みたいに可愛らしいドレスを着た少女を取り囲み、険悪なムードを漂わせていた。


 お姫様のようなかっこうの少女(タリーという名前らしい)は、よく見ると、とても愛らしい顔をしている。健康的な褐色かっしょくの肌は太陽の下で輝いていて、わたしはその美しさに一瞬見とれてしまった。


「えっとね……。これはプレアデス星人の女王様のコスプレなの。プレアデス星人は地球人のあたしたちとほとんど見た目が変わらないんだって。だから、ドレスだけ着て、かぶりものとか特殊メイクはしていないの」


 タリーは、自分が責められていることに気づいていないのか、エヘヘと無邪気そうにほほ笑みながらそう説明した。


「はぁ~? プレアデス星人? 何それ?」


「どうせUFOじいさんのくだらない小説に出てきたキャラクターでしょ? この子、近所に住んでるUFOじいさんと仲がいいから」


「フン。そんなのはね、92歳のボケたじいさんが妄想で書いたフィクションよ。エイリアンなんて、いるわけないじゃん」


 3人組の女の子たちは、ケラケラと笑った。


 む……。この子たち、わたしのひいおじいちゃんの悪口まで言ってるじゃん。


「UFOじいさん」というのは、UFOが登場するお話ばかり書いているひいおじいちゃんのあだ名で、世界中のファンの間で親しみをこめてそう呼ばれている。

 でも、中にはバカにするつもりで呼んでいる人もいたりする。この子たちの場合は、絶対に後者だ。


 わたしのひいおじいちゃんを悪く言うなんて、さすがにカチンときちゃうよ。


 ……でも。う、う、う。いじめっ子の少女たちが恐くて、足の震えが止まらない。われながら情けないチキンハートだ……。


 部外者のわたしがこんなにもビビっているのに、タリーはいわゆる天然キャラなのかしら? のほほんとした表情をくずしていない。


「えー? スターピープルは本当にいるんだよ? みんな、スターピープルの存在を信じているから、スターピープルのコスプレをしているんでしょ?」


「そんなわけないじゃん。あんた、バカなの? わたしたちはお祭りを楽しんでいるだけなの。エイリアンの存在を信じているヤツなんて、怪しげなUFO研究家かあんたみたいなマヌケだけよ」


「ううん。死んだパパも『スターピープルはいる』って言っていたから、まちがいないよ。パパがね、あたしが小さいころに教えてくれたの。あたしたちアメリカの先住民(冒険家コロンブスがアメリカ大陸にやって来るずっと昔からアメリカに住んでいた人々。ネイティブ・アメリカン)は、宇宙から地球におりたった天空人スターピープルの子孫なんだって。パパもあたしが生まれる少し前にスターピープルと出会って、宇宙船に乗せてもらったんだよ?」


 タリーは、スターピープルの話をとても楽しそうに語る。


 アメリカの先住民がスターピープルの子孫? それが事実だったらすごい……。


 わたしのお父さんは「スターピープルなんて、ひいおじいちゃんが小説で考えた妄想だ」なんて言ってたけど、タリーのパパも「スターピープル」と名乗る宇宙人に出会っているんだよね? だったら、もしかして……。


 あっ、宇宙のミステリーに思いをはせている場合じゃない。タリーがぜんぜん自分たちのことを恐がらないから、いじめっ子たちのイライラがさらに高まったみたいだ。だれかがチッって舌打ちしたのが聞こえた。


「あー、もう! どれだけ悪口を言っても、ニコニコしながらぶっ飛んだ妄想をしゃべるから、よけいにムカつく!」


「どうしてあんたみたいなマヌケが、オリバーの義理の妹になっちゃったわけ? あんたが親同士の再婚でオリバーの家族になってから、オリバーは妹のあんたに毒されちゃって、すっかりUFOマニアになっちゃった。わたしたちが遊ぼうって誘っても、『UFOの調査があるからいそがしい』って相手にしてくれないし……」


「そのくせ、妹のあんたはオリバーに可愛がられちゃってさ。フン! 面白くない!」


 えーと……。いじめっ子たちの説明口調なセリフのおかげで、事情がだいたい読み取れたような……?


 つまり、こういうことだよね。

 学校に、女の子たちに人気なオリバーという男の子がいる。そして、タリーはそのオリバーの義理の妹。

 オリバーは、UFOの存在を信じているタリーの影響で、UFOマニアになった。そのせいで、学校の女の子たちと遊ばなくなり、妹のタリーとUFOの話ばかりしている。それがいじめっ子たちには面白くない……と。


 女の嫉妬しっとって恐い!(わたしも女だけど)


「タリー、わかっているの? あんたみたいなマヌケがオリバーの妹になるなんて、身のほど知らずもいいところなのよ?」


「パパがUFOに乗ったことがあるですって? 頭おかしいんじゃないの?」


「そんなにもUFOが好きなら、あんたもUFOに連れ去られて消えちゃいなさいよ!」


 いじめっ子たちが、タリーの華奢きゃしゃな肩を小突く。タリーはドスンと尻もちをついた。


「ぼ……暴力! ひどい!」


 見なかったふりをしてそろそろ逃げようかと迷っていたわたしは、怒りを覚えてこぶしをギュッとにぎりしめた。


 ……どうして、UFOの存在を信じていたらダメなの?


 なぜ、あんなふうにバカにされなきゃいけないの?


 自分たちが信じていないものを信じている子がいたら、いじめていいの?


 何が好きで、何を信じるのか、それは人の自由じゃない。


「あの子は、わたしたちとはちがう」。たったそれだけの理由で、仲間外れにするなんて……。


 ――すばるさん。もうわたしたちに話しかけないで。あなたみたいな化け物は、友達じゃない。


 わたしの心を深く傷つけた、鈴木さんの言葉が脳裏によみがえる。


「みんなとちがうところがある」ことが悪なら……こんな世界、息苦しくて仕方ないよっ‼


「あなたたち‼ その子から離れてっ‼」


 ありったけの声を出して、わたしは叫んだ。


 いじめっ子たちが、わたしの大声におどろいて、こっちを振り向く。


 次の瞬間、予想外な出来事が起きた。


 バチバチッ‼ バチバチッ‼


「うわ⁉ 何⁉」


 突然、脳内で電流が流れるような感覚におそわれ、わたしは右手で頭をおさえた。その直後――。


「き、きゃああ⁉」


「助けてぇー!」


「ひいーっ!」


 なんと、いじめっ子たちの体が、ふわ~んと2メートルほど浮いたのだ!


 え? な、何なの? もしかして、これ、わたしがやっているの⁉


 わたしの力って瞬間移動テレポーテーションだけだと思っていたのに!


 というか、今日はおかしいよ。炭酸ジュースを飲まずに、2回も超能力を使っちゃってる……!


 いじめっ子たちは空中で停止したまま、きゃあきゃあ悲鳴をあげている。


 わたしがどうしていいかわからず、空に浮かんだ彼女たちを見上げながらあたふたしていると、10秒くらいたって彼女たちはドスーン! と落下した。


「す……すごい! 超能力サイキック少女ガールだ!」


 一部始終を見ていたタリーが、お星様みたいに瞳をキラキラ輝かせ、そう叫ぶ。


 し、しまったぁ~。昨日に続いて、また人前で超能力を使っちゃった。


「そこのあんた! わたしたちに何をしたの⁉」


「わたしたち、今、浮いていたよね⁉」


「黙っていないで、何とか言いなさいよ!」


 いじめっ子たちは、それほどダメージがなかったのか、猛然と立ち上がって、少し離れた場所にいたわたしにつめよって来た。


 ひ……ひいぃぃっ⁉ おっかないエイリアンの顔3つに迫られたら、恐くて何も言えないよぉ~!


「は……はにゃにゃにゃ……」


「はぁ~? 何言ってるの? ちゃんと英語を話しさないよ。さっきの何⁉ 日本か中国の武術⁉」


 わたしが東洋系の顔をしているから、日本や中国の武術だと思ったらしい。そんな技、日本にも中国にもないってばぁ~!


「ひにゃにゃにゃ……」


「さっきから何語を話してるのよ! わたしたちにわかる言葉で話しなさい!」


 何語も話していません! あなたたちが恐くて、まともにしゃべれないだけです! チキンハートでごめんなさい!


 あ……あうう……。本当に情けないなぁ、わたし。いじめられている子を助けようと思ったら、わたしが逆にいじめられてる……。


 落ちこむと、わたしはすぐにお腹が痛くなる。顔を真っ青にしながら、わたしは両手でお腹をおさえた。


 だ、だれか助けて……。


「君たち、ここで何をやっているんだ? オレの妹と――そこの可愛いジャパニーズガールをいじめているんじゃないだろうな」


 わたしが心の中で助けを呼んだ直後、透き通るように美しくて凛々しい声が、ロズウェルの夏空に響いた。


 わたしが振り向くと、そこには金髪きんぱつ碧眼へきがんの美少年が立っていた。

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