FILE03 スターピープル

 謎の少年とUFOに遭遇してから、2時間後。


 わたしと両親は無事に合流して、ひいおじいちゃんの家にいた。


 ロズウェルの町の中心部に近い、サウス・ペンシルバニア通り沿い。

 そこに建つ、屋根が円盤みたいな形をしたお家。

 このちょっと風変わりな住宅が、今日からわたしたち一家が暮らす新しい家だ。


「ナナミが見つかって本当によかったよ。幸い、空港のロビーにいた他の人たちはナナミが消えた瞬間を見ていなかったみたいだ。何の騒ぎも起きなくて、よかった、よかった」


「お父さんったら、のん気なんだから……。もうナナミに炭酸ジュースを飲ませたらダメよ?」


 お父さんとお母さんは、ひいおじいちゃんが作ってくれた料理をおいしそうに食べながら、ペチャクシャしゃべっている。


 わたしも夢中になって食べていた。


 アメリカに来て早々に大変な目にあっちゃったけれど、ひいおじいちゃんの手料理がとってもおいしくて、やっと人心地ついた気分だった。


「ひいおじいちゃん。この料理、ちょっと辛いけれどおいしいね。何ていう料理?」


「これは、エンチラーダというメキシコ料理じゃ。トウモロコシのトルティーヤ(薄焼きパン)に肉などの具材を挟んで、唐辛子のソースをかけたんじゃよ」


 ひいおじいちゃんは、ひ孫のわたしが自分の手料理を気に入ったのがうれしいのか、サンタさんみたいにふさふさの白ヒゲをなでながらニッコリとほほ笑んだ。


 メキシコ料理? あっ、そうか。ここはお隣の国のメキシコと国境が近いから、メキシコ料理が盛んなのか。

 そういえば、ひいおじいちゃんの車に乗せてもらってこの家に着くまでの間、メキシコ料理屋の看板を何軒も見かけたよ。


「それで、ナナミ。また瞬間移動テレポーテーションしちゃったのか? ワシにくわしく話を聞かせておくれ。ワクワク……ワクワク……」


 ひいおじいちゃんが、子供みたいに目を輝かせながらそう言った。


 わたしのひいおじいちゃんは、UFOや異星人、超常現象を題材にした小説をたくさん書いている世界的に有名な作家なんだよね。

 小説のネタを探すために92歳になった今でも世界中を飛び回っていて、UFOを目撃したという人や不思議な超能力を持った人たちを取材している。


 日本にも、年に2、3回はやって来て、ひ孫のわたしに新しく仕入れたオカルト話をよく聞かせてくれていた。

 自分が不思議な力を手に入れるまではオカルトとかまったく信じていなかったから、半分くらいは聞き流していたけれど……。


 そんな不思議大好きなひいおじいちゃんだから、「ひ孫が超能力者サイキックになった」と聞けば、興味を持つのは当然だ。わたしから話を聞きたくて、うずうずしているようだ。


 わたしにとっては別にうれしくも何ともない能力だから、そっとしておいてほしいんだけれど……。


 でも、久し振りに会ったひいおじいちゃんに小説のネタを提供してあげようかな?


 そう思ったわたしは2時間前の出来事を手短に語った。


「気がついたら、大きな倉庫の前にいたの。近くには給水タンクがあった。倉庫で働いている作業員の人たちに見つかって、『迷子です。助けてください』と言ったら、空港の建物までつれていってもらえたから助かったけれど……。もう二度と、あんな目にあうのはごめんだよ」


 作業員さんたちの話によると、わたしは、空港の建物から歩いて10分くらいの場所にある、飛行機の部品を解体する工場に迷いこんだらしい。


「給水タンクがそばにある大きな倉庫か……。なるほどのぉ、ふむふむ」


 何がなるほどなのか分からないけれど、ひいおじいちゃんはわたしの話を興味深げに聞いていた。


「で、他に何か変わった出来事は起きたのか?」


「変わった出来事? あっ……」


 わたしは、ひいおじいちゃんに質問されて、灰色グレイの髪の少年アロとUFOのことを思い出した。でも――。


「べ……別に何もなかったですにょ?」


 と、わたしはウソをついた。……ちょっとんだけど。


 アロと名乗った少年が何者なのかは、よくわからない。

 わたしみたいに超能力を持った少女がいるのだから、この世にエイリアンがいてもおかしくはない……とは思う。


 でも、そんな話をして、不思議大好きなひいおじいちゃんはともかく、お父さんとお母さんはどう思うだろう?


 ただでさえ、わたしは自分の意味不明なパワーで2人を振り回している。

 科学者のお父さんは、目の前でわたしが消えるまではわたしの超能力のことをなかなか信じようとはしなかった。けれど、戸惑いながらも、最終的にはわたしのことを受け入れてくれた。

 そして、超能力を持った少女のウワサを聞きつけてわたしを追い回すマスコミから、わたしのことをお母さんと協力して守ってくれた。

「アメリカの田舎の大学で教鞭きょうべんをとらないか、と誘われているんだ。みんなでアメリカに引っ越そう」と、わたしのために大きな決断もしてくれた……。


 だけど、そうやって迷惑をさんざんかけてきたのに、今度は「エイリアンとUFOを目撃したかも」なんて新たにとんでもないことを言ったら、2人をまたヤバイ事件に関わらせてしまうかも知れない。


 それに、娘が超能力者サイキックというだけでも一大事なのだ。次はエイリアンが出てきたら、超常現象を頑固に信じたがらないお父さんの頭は爆発してしまうはずだ。


 ひいおじいちゃんには別の機会にこっそりと教えてあげることにして、今は知らんぷりしよう……。


「あ……あのさ、ひいおじいちゃん。瞬間移動テレポーテーションなんて、ぜんぜんいいことないよ? どこに飛んでいっちゃうかわからないし、こんな能力なんて持っていてもぜんぜん意味ないと思う。もっと人の役に立つパワーを持っている人を取材したほうがいいんじゃないかな?」


 わたしはちょっと強引かなと思いつつも、無理やり話題を変えようとした。


 でも、ひいおじいちゃんは「そんなことはないぞ、ナナミ! おまえの力には、きっと意味があるっ!」と力説する。


「ワシが若いころにとても美しいスターピープルの女性と出会った、という話はもう何度もおまえたちに語って聞かせたな? ワシは彼女からこんな言葉を教えてもらったんじゃ。

『この世界のすべてのことは、関わり合っている。偶然なんてひとつもない、すべては必然なのです』とな。

 だから、ナナミが超能力を手に入れたのも、空港の近くの古い倉庫に瞬間移動テレポーテーションしてしまったのも、何かしらの意味があるはずなのじゃ! おまえはその能力に導かれて、このアメリカで運命的な出会いをするのかも知れん! たとえば、ともに大冒険をして一生の友情を誓い合う素晴らしい仲間たちと出会うとか……‼」


「ひ……ひいおじいちゃん。顔が近いし、鼻息が荒いってば……」


 興奮して熱く語るひいおじいちゃんにフーン! フーン! と鼻息をかけられ、わたしは若干じゃっかん身を引く。


 スターピープルというのは、ひいおじいちゃんの小説の中で登場するエイリアンたちの呼び名のことだ。

 作中で活躍するスターピープルの多くは地球人に対して友好的に描かれていて(たまに悪いスターピープルも登場するけど)、わたしたち人間とほとんど変わらない見た目をしている。


 ひいおじいちゃんが昔出会ったというエイリアンが東洋人によく似た顔をした美少女で、


「わたしたちは、自分たち宇宙の民のことを星の民スターピープルと呼び合っています」


 と教えてくれたから、ひいおじいちゃんは自分の物語の中でエイリアンのことをスターピープルと呼んでいるらしい。


「あははは。またタケオじいちゃんのホラ話が始まったよ。スターピープルなんて、本当はひいおじいちゃんが考えた小説の設定なんでしょ?」


 エイリアンと出会ったことがある、というひいおじいちゃんの話をまったく信じていないお父さんがそう言って笑った。


「笑うな、晴彦はるひこ! ウソではない、本当のことじゃ。おまえはここがどこだと思っておる? UFOが落ちた町、ロズウェルじゃぞ! スターピープルにはワシら地球人に友好的なのと、悪意を持っている者が2種類おる。そんなにゲラゲラ笑ってバカにしていたら、悪いスターピープルと遭遇して、小便をちびるような恐い目にあわされるぞ⁉」


「おじいさん! 年ごろの娘がいる前で、食事中に下品なことを言わないでください!」


「す……すみません、明美あけみしゃん……」


 お母さんに叱られて、しょんぼりするひいおじいちゃん。ほとんど小学生男子である。


「じゃ……じゃがな。75年前、ロズウェルでUFOの墜落ついらく事件が起きたのは本当に本当のことなのじゃ。ワシがスターピープルと出会ったのも、その時なんじゃよ」


「え? 本当⁉」


「75年前」というキーワードを聞いて、わたしはピクリと反応した。


「ああ、本当じゃとも。ナナミが瞬間移動テレポーテーションした先の古い倉庫――今は民間の工場じゃが、75年前はアメリカ軍の基地の格納庫、つまり飛行機をしまう倉庫だったんじゃ。あそこに、墜落したUFOの残がいとスターピープルの遺体が運びこまれたのじゃよ」


「あの倉庫に、エイリアンの死体が……⁉」


 わたしは、さーっと顔を青ざめさせた。


 75年前にロズウェルでUFOが墜落して、あの倉庫にはエイリアンの死体があったって……。


 ――「あの事件」から75年もたっているのに、まだこの格納庫があったとはおどろきだね。


 アロは、たしかそう言っていた。「あの事件」というのは、ロズウェルのUFO墜落事件のことだったんだ……。


 ということは、つまり――あのアロっていう少年は、やっぱりエイリアンだったってこと? しかも、ロズウェル事件と何らかの関係があるっぽい……?


 な……何をしに地球へ来たんだろう?

 UFOを取り戻しに来たとか?

 いや、でも、もう75年も前のことだし、バラバラになったUFOの部品がいつまでもあの倉庫にあるわけないよね?


 も、もしかして、地球侵略が目的⁉


「い……いやいや。まだそうと決まったわけじゃないし。ただ工場のまわりを散歩していただけのミステリアスな美少年だった可能性もあるし。落ち着け、すばる七美ななみ。ひいおじいちゃんに毒されたらダメだ……」


「む? どうした、ナナミ? 何をブツブツとつぶやいておる? ちゃんとワシの話を聞いておるか?」


「は、はい。聞いてます、聞いてます」


「とにかくじゃ! ここはUFOが落ちた町、ロズウェル! いつスターピープルと遭遇してもおかしくないのじゃ。もしかしたら、明日の朝目覚めたら、この小さな町が悪いスターピープルたちに占領されておるかも知れんぞ? かーかっかっかっ!」


 わ……笑えない。そのギャグ笑えないよ、ひいおじいちゃん……。


 わたし、もしかしたら本物のエイリアンと遭遇しちゃっているかも知れないのに‼


 あう……お腹が痛くなってきたよ……。






 その日の夜、わたしはひいおじいちゃんのたちの悪い冗談のせいでなかなか寝つけなかった。

 そして、翌日の朝。旅の疲れで遅い時間に目が覚めたわたしが何気なく庭に出てみると――家の前の道路がエイリアンたちの行列であふれかえっていた。

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