Ⅱ 悪戯の代償(1)

「――てなわけで、そりゃあ。ひどい目にあったよ」


 翌日。学校からの帰り道、僕はまだ少し痛む後頭部を摩りながら、渋い顔でジャックに不平を漏らした。


「ハハハ…そいつは災難だったな。しっかし、ほんとにニンニクで退散させられるとはな」


 ジャックは愉快そうにバカ笑いをしながら、まるで他人事に僕の話を聞いている。


「笑いごとじゃないって! 当事者にしてみればムカつきこそすれ、笑える要素なんかこれっぽっちもないよ! こっちは親切に届け物持って行ってやってるのに、いきなり水かけられて、おまけにニンニクと唐辛子投げつけられるんだぜ? ったく、あの爺さん、モウロクにもほどがあるってもんだ!」


「ハハハ…悪りい悪りい、ま、確かに爺さん、最近ますます妄想の度合いがヒドくなってきてるみたいだな。なんせ、町中全員がじつはヴァンパイアで、隙あらば自分を襲いに来ると本気で思ってんだからな。あんな骨と皮だけの不味そうな爺さん、本物のヴァンパイアでも襲わねえっつーの」


 僕が大まじめな顔で怒ってみせると、ジャックはなおもおかしそうに腹を抱えながら、それでも僕の怒りの声に相槌を打った。


「そうだよ。なのに、ガチでヴァンパイアに襲われると思ってるんだよ……ハァ…」


 僕はジャックの言葉を、深い溜息混じりに繰り返す。


「あっ、そうだ! ……おい、ジョナサン。いいこと思い付いたぜ」


 すると、ジャックは突然、鞄を持っていない方の手の指をパチンと打ち鳴らし、キラキラとハシバミ色の瞳を輝せながら僕の方を振り返る。


 この眼は……彼が何か良からぬことを考えている時の眼だ。


「な、何……?」


 僕はなんだか嫌な予感を感じつつ、その無邪気な悪戯心に満ち溢れた瞳に少し後退る。


「……なあ、あの偏屈爺さんに復讐したくないか?」


 ジャックはいやらしい笑みをその口元に浮かべ、まるで、うまい話でカモを釣る詐欺師かなにかのようにそう尋ねる。


「そりゃあ、まあ……」


 あんな目に遭わされたのだ。いくら相手が老人と言えども復讐したい気持ちは充分にある。


「だったらさ。いい方法があるぜ? それにそうすりゃ、あの爺さんも少しは懲りておとなしくなるかもしれない」


「まあ、おとなしくなるのは賛成だけど……」


 僕は、僕の肩に腕を回し、粘っこい声色で誘惑してくる悪友に言葉を濁す。


 こうした時、ついつい彼の計画に乗ってしまうと、いつもと言っていいくらいの確率で大変な目に遭うのだ。


「なあに、やることは簡単。ちょっくら脅かしてやるのさ……」


 ダメだ。彼の言葉に乗っては……毎回、この悪友にそそのかされて懲りているではないか! そうだ。爺さんが懲りる前に、こっちの方がすでに懲りてしまっているのだ!


 ……だが、そんな僕の耳に、悪友の甘美な誘惑の声がなおも囁く。


「爺さん、どんな顔すると思う? “本物のヴァンパイア”が襲って来たとしたら――」




 


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