第3話 ゴーストライター
部屋を出た僕とレイコさんはエレベーターホールに向かった。
「くそっあの小娘調子に乗りやがって。金を生み出さなかったらぶん殴る所よ」
「やっぱり怒っていたんですね。なんであんなわがまま許すんですか?」
「それはあの子が会社に利益をもたらす金のなる木だからに決まってるでしょ」
「それで本を二冊渡されました。この本の感想次第でパートナーにしてくれるそうです。」
それを聞いたレイコさんは酷く驚いたようだ。
「あなたやるじゃない。今まで合わせた作家は皆門前払いだったのに。いい?絶対このチャンスものにするのよ。」
「今までにもこんなことが‥‥‥?」
「みんな少し話して、会いたくないで返されたわ。ダメもとであなたを引き合わせて正解だったわ。いい?何としてでも次回作を書かせて私を出世させなさい。」
やれやれ、この人はこういう人だった。俺とレイコさんは喫茶店でコーヒーを飲みながらゴスロリ美少女の話をした。
「彼女ラノベが売れていることもアニメ化も全く嬉しそうに見えませんでした。」
「彼女は純文学志望でね、ラノベは試しに書いただけなの。そして賞をとりシンデレラストーリーってわけ。」
「けれど、彼女の望んだシンデレラストーリーでは無かった?」
「そうね。彼女は純文学…‥。例えばヘミングウェイ。最近だと村上春樹。」
そういえは彼女に二人の本を渡されていた。つまりは彼女は純文学で成功したいのだけどラノベで成功してそのことをあまり快く思っていない。なんとも贅沢な話だ。ラノベで埋もれる人間は山ほどいるのに。
「とにかく、何としても先生に気に入られて次回作を書きなさい。必要なら、あなたがゴーストライターになってもいいから。私を出世させなさい。」
最後の私を出世させなさいが本音だろうなあ。
俺は家に帰ってパソコンには向かわずベッドに寝っ転がりながらノルウェイの森を読んだ。異世界転生もの以外に興味はないのだけれど、これもラノベ作家になるためだ。
読み終わるころには一時を回っていた。世の中にはこんなにすごい小説があるのか。
毎年ノーベル賞取ると言われてあぶれ続ける村上春樹。世界で通用すると言われている数少ない日本人作家。
僕はノルウェイの森と老人と海をよんだが、村上春樹は僕を虜にした。彼の作品は1Q84も騎士団殺しも読んだ。そして読んでいくうちに書いている文章は(それはラノベも含めてだけれど……。)春樹に似通ってくるようだった。そして、学校で友達と話すときも春樹の主人公たちのような話し方になっていった。
余りに心配した友人が
「お前大丈夫か?」
と言ってきたが。僕はマルボロに火をつけて無視した。
今日は先生と会う日だ。あのゴスロリのパートナーになれるかどうか決まるというのに僕は随分と落ち着いていた。
「ヒロ。先生のパートナーになる様に頑張りなさいよ。私が隣にいるけど、あなた次第なんだから。」
レイコさんは必死だ。なにせ自分の出世がかかっているからだ。
彼女はタワーマンションの上層階に住んでいる。両親は実業家でたいそうな金持ちらしい。
「先生。お約束通り彼を連れてきました。」
「それで、村上春樹とヘミングウェイはどうだった。」
彼女は頬杖をつきながら半開きの目でこちらを見ている。俺は胸からマルボロを取り出し火をつけた。レイコさんは凍り付いた。
「アンタ何してるのよ。いきなりたばこだなんて。先生申し訳ありません。」
平謝りのレイコ。これは面白いものが見れた。俺は天井に煙をゆっくりと吐き出す。
「構わないわ。ところでなんでマルボロにしたのかしら?」
彼女は目を半開きにしたままけだるそうに尋ねた。
「マルボロが吸いたかった…‥。それ以上でもそれ以下でもない。」
あっけにとられるレイコを尻目に俺は答える。
「それで、春樹はどうだった。」
「悪くない。」
彼女は目を半開きのまま口元だけで笑って見せた。
「それは‥‥…つまり気に入ったのかしら。」
「そうだな。少なくとも君のラノベよりは。」
レイコさんは凍り付いている。先生は僕に興味を持ったようだ。
先生は表情を変えずに、俺の答えを聞いている。そして俺の目をじっと見る‥‥‥。
彼女は俺の心の中を俺の瞳から探ろうとしてるようだ。このガキ。
「前会った時あなたは私のなろう系ラノベを気に入っていたけど、今はどうかしら。」
「あれはロバのうんこだ。」
「ちょっとなんてこと言うの。」
俺の見当違いの答えに激怒するレイコ。
しかし、先生は落ち着いている。俺はそのまま話し続ける。
「三冊全部捨てた。もう、なろう系を読むことは無いな。」
彼女はニッと笑い。
「合格よ。私、彼とならライトノベルが書ける。なろう系でも構わないわ。」
レイコさんは心底驚いたようだ。
「本当ですか?でも……どうして。」
「理由は簡単よ。彼がなろう系はゴミと言ったから。だから、彼となら仕事ができると思ったの。」
「ちーすっ。あっごめん打ち合わせ中だった?」
そこに入ってきたのはハーフパンツでスポドリを飲むショートカットの美少女だった。先生をクールビューティとするなら彼女は健康美と言ったところか
「お姉さんお邪魔してます。」
「レイコさん久しぶり。彼氏とは上手くいってるの?」
「先日別れまして。」
「あららー。まあレイコさんキャリアウーマンて感じだしね。すぐ見つかるって。」
彼女は俺を頭からつま先までみると(特に股間の辺りを3秒くらい見て)こう言い放った。
「君、ハルキスト病にかかってない。」
「あるいは。」
「ああこれは完全に感染しているね。今から特効薬持ってくるから。」
そういうと、彼女は自分の部屋に戻りワンピースを三冊持ってきた。
「これをきちんと読めば治るから、さあよんで。」
「ちょっと姉さん余計なことさせないでよ。」
「余計じゃないわよ。ハルキスト病は友達を失ったり自殺したりすることもある恐ろしい病なの。かれをほっとく訳にはいかないわ。」
俺はレイコさんと先生の姉のススメでワンピースを三冊よんだ。すると世界が明るくなったように感じた。
「治ったか試すわよ。今はマルボロは吸いたい?」
「いえ、タバコは吸わないんだ。」
「とアンタは言う‥‥、」
「なんですかそれ。」
「よかったハルキスト病は治ってるようね。」
レイコさん曰くハルキスト病の症状はマルボロを吸う、ウイスキーをオンザロックでのむ。突然ジャズを聞き出すといった症状が出るそうだ。あとしゃべり方も、「やれやれ。」「あるいは……。」「ロバのうんこ」などの単語を多用するようになる。
「そんな話し方してました?」
「してたわよ。マルボロも吸っていたし、ロバのうんこも使っていた。」
「今日からここで彼女の言う通り仕事をしなさい。今日は金曜だから月曜の昼にはまた来るわ。それじゃあね。」
レイコさんは男性とのデートがあるらしく、嬉しそうに帰っていった。
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