第3話 出会い

WBS症候群の流行が治まってから2年後のとある昼下がり、ニックは両親との思い出の海岸に来ていた。

ブレイドが休みの日はよくこの海岸に来ていたのである。


ブレイドも岬も突然すぎる死であった。

結局、あの訳分からない病気は

謎のウイルスによる奇病として扱われている。

様々な科学者達が研究を試みたが、それらしい成果は得られていないらしい。


最も、今のニックにとってはどうでもよかった。


(父さんも母さんも、もう戻ってこないんだ)

ひとり、物思いにふけりながら海岸沿いを歩いていた。


その時ーーー。



(なんだ、あいつ。)

目線の先に1人の少年がいるーー。

ニックはそう思った。

少年は崖の上から海を見下ろしている。

今にも飛び降りそうな様子だった。


あの崖の上への道を知ってる人などそうそういない。

ニックは自分とブレイドと岬くらいだと思っていた。


(この辺のやつか?)

そう思っていると少年はフラフラと崖の縁へ近づいていく。


「ーー!」


考えるよりも先に体が動いてた。

ニックは全速力で崖の上への道を走り、登っていく。

もう飛び降りてるかもしれないーー。

そんな考えが脳裏を過ぎったがかき消すように走った。


そもそもなんでこんな

誰かも知らないような奴を助けようとしているのか

ニックは自分でもよくわからなかった。

自分と両親との思い出の海岸で

人が死ぬことが許せなかったのかもしれない。


しかし、それよりもずっと大きく

ニックの中にあった気持ち


(ーーもう、人の死ぬザマなんか見たくねぇ)


その思いだけを胸にニックは崖を登り詰めた。

崖の縁を見ると、まだ少年は縁から海を見下ろしていた。

急いで駆け寄り、少年の両肩を思い切り後ろに引っ張る。

ニックと少年は後ろに勢いよく倒れ込んだ。


「お前…し…死にてぇのかよ…」

息を切らしながらニックは座り込む。

こちらを向いた少年の目には生気が宿っていなかった。


(目が死んでやがる。それに…。)

ニックは少年の腕に目をやる。左腕には無数の切り傷…リストカットと言うやつが大量に見受けられた。


「…死ぬ気…だったのか…?」

まだ息が整わない状態で声をかけるも

少年の目の焦点はあっているのかあっていないのかもわからず、どこを見ているのか、何を考えているのか全くわからない。


「お前…なにがあったかは知らねぇけどよ。2年前のWBS感染、お前だって知ってるだろ?」


ニックは死んだ岬を思い出し、少し俯きげに話した。


「俺はあれで母さんを失った。父さんは海兵隊で、とうの昔に事故死してやがった。」


少年の目は相変わらず虚ろのままだ。

しかし、確実に目線はニックを捉えていた。


「…まああれだ、そんな俺でも生きてんだ。辛いかもしんねぇけどよ。あんま簡単に死のうとすんなよ。」


最後は何を言っていいのかわからず

だんだん声が小さくなりながらニックは言った。


表情を一切変えない少年は

やっと口を開いたかと思えば、こんなことを口にした。


「…ジャパンの人…?」

「…はぁ?」

「目が黒いから…」


今までのニックの話はなんだったんだと言いたくなるような拍子抜けた答えだった。


「はぁ…母さんが日本人なんだよ。」

「そうか…」


今しがたこの少年は自殺をしようとしていたのではないのか。そしてニックはそれを止めたはずだった。

なんだか無駄な心配をしてしまった気がしたニックは一気に疲れがおしよせてきた。


「あー、なんか疲れたぜ。お前も早く帰れよ。家近いのか?両親はいるのかよ?」


「…僕の母さんも…WBSで死んだ。」

「…そうかよ。」


あまり驚く出来事ではなかった。

このあたり一帯の母親世代はほとんどがWBSで死んでいるからだ。

しかし、次に少年が口にしたのは、衝撃的な言葉だった。



ーー「僕の母さんは、感染者第1号だ。」


「…は?」

ニックは思わず声を上げた。

(こいつの母親がWBS感染者第1号…?

ということはこいつの母親が、感染拡大の元…。)

一瞬、岬の死ぬ瞬間がフラッシュバックする。

あの光景も、この少年の母親が感染さえしなければ…

ニックは憎悪の念に包まれる。



しかしすぐにその考えを捨てた。

(こいつの母親だって、好きで感染したんじゃねぇんだ。そもそもこいつには微塵も罪はねぇ。)


「そいつは驚いたぜ。なんでお前の母さんは感染しちまったんだろうな。」


一瞬、ほんの一瞬

少年の瞳が揺らいだ気がした。

この少年も母親の死がショックなのだろう。

ニックはそう捉えた。

しかし出会った当初より少し、人間らしい顔をするようになった。



「…ラ…イラ…!」

ふと、遠くから声が聞こえた。

声の方を振り向くと1人の男性があたりをキョロキョロしながら何かを、いや、誰かを探していた。


「…アイラ!」

男性はこちらを向くと、そう声を上げ、笑顔でこちらに歩みよってきた。

(アイラ…こいつの名前か…?)

そう思い少年の方を振り向くと、少年の表情は、出会った当初のような、いや、それより酷く生気のない顔になっていた。

ニックはゾッとした。


「また海を眺めていたのかい、アイラ。おや、君はアイラのお友達かい?」


恐らく少年の父であろうと思われる男性がニックに微笑みかける。

その笑顔に、ニックは見覚えがあった。


「…アラン…先生?」

「…おや?僕を知っているのかな。」


やはりだ。彼は街の名医、アラン・メイヤーズだった。

岬がWBSで倒れ、病院に搬送された時

感染のリスクを顧みずに懸命に、措置をしてくれた医者だ。


そして、ニックの父ブレイドの旧友であった。

両親を失い、泣き崩れていたニックに対し

傍でひたすら声を掛けてくれていたのだ。


「俺だ。ニクラス・マーフィーだ。」


「…マーフィー…ブレイド…すると君は、ニックくんだね?」

アランもニックを思い出したようだった。

アランとニックは久しぶりの再会に、握手を交わした。


「いやあ、すっかり大人になったね、ニックくん。岬さんのことに関しては、本当に残念だったよ。すまなかったね。」


「先生が謝ることじゃないさ。それより、こいつは先生の子か?俺はさっきこいつと知り合ったんだ。」


自殺をしようとしていた、とはさすがに言えなかった。

アランも奥さんを失い、子どもまで自殺を試みたと知れば酷く落ち込むだろう。


「あぁ、僕の娘だよ。アイラというんだ。」


「そうか、アイラか。…………は?娘?」


確かにいまアランは「娘」と言った。

細っちい身体、ショートカットに、ボーイッシュな服装、「僕」という一人称。


ニックは完全に目の前の少女、アイラを

男だと勘違いしていた。


「もしかしてニック君、男の子かと思っていたのかい?無理もないさ。アイラは昔から女の子が好むようなものをあまり好まなくてね。」

そう言ってアランは笑った


「い、いや、すまねぇ先生…。」


「いいんだよ。アイラ、だめじゃないか。ちゃんと説明しなくちゃ。」


アイラは返事をせずにニックを見つめていた。

その視線を感じ、いたたまれなくなるニック。



「さて、僕達は家に帰るとするよ。ニック君は、大丈夫なのかい?今は誰と暮らしているんだい?」


「いとこたちと暮らしている。俺もそろそろ帰ることにするよ。」


「そうか、では、気をつけて帰るんだよ。」


アランはそう笑って言い残し、アイラを連れて帰って行った。

それを見届け、ニックも帰路を辿った。



ーーー「アイラ。ニック君に何か話したのかい?」


「…何も。ジャパンの人間だってことくらい。」


「そうか。それでいいんだ。話したらどうなるか、わかっているね?」


アランは冷え切った目でアイラを見下ろしていたーーー。

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Blood Splash @mineralwater

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