第11話 コリウスは赤く咲いて

 安田が先を行く二人に追いついた場所は屋上だった。そこに出るに使う鍵のかかっているはずのドア。しかしそれは無理矢理壊されている。そのドアの向こうで、成瀬と片岡は向き合っている。

 成瀬は屋上の縁に立ち、片岡はその数メートル手前で立ち止っている状況だった。

「おいおい、冗談だろ」

 状況の悪さに立ち止り、そう口にしてしまう。だがすぐに駆け出し、片岡の隣まで行く。先へは行かず、きっかり隣まで来ると安田は声をはる。

「おい、成瀬! 何考えてんだ! 早くこっちにこい!」

「そうだよ、めぐちゃん! 危ないからすぐにこっちに来て!」

 便乗をする片岡。しかし成瀬は首を横に振る。

 そこに大江田が後から駆けて来る。屋上の状況を見た大江田は、すぐさまに察した。そのまま安田と片岡の近くによる。そして二人と同じように説得の言を放つ。

「何やっているんだ! 危険だから戻ってこい! 成瀬!」

 けれども、

「もう、良いんです」

 と言葉だけの否定をする。その声は抑揚のない単調なもの。だが聞く者にとっては圧迫感のある強さがあった。

「何が良いもんか!」

「そうだ! 何があったかも含めてこっちに来て話そうぜ。な?」

「大丈夫。もう終わりにするから」

 安田と大江田二人で講義をする。しかし聞く耳を持たない成瀬。

「終わりって……」

「成瀬、まさか!」

 察する三人。それを見た成瀬はこくりと頷く。

「はい。ここから飛び降りて終わりにします。

いろいろその後が面倒でしょうが、それくらいの面倒、見てくれますよね?」

 それに大江田は手を伸ばして制止をかける。

「待て! 早まるな、成瀬!」

「待ちません。もう、終わりにしたいんです」

「おい! たかがフラれたくらいでそんな……」

「たかが? たかがなわけ、ないでしょう安田さん。自分の存在を否定されたんだよ?」

「片岡、何があったんだ」

 理由を知らない安田は片岡に説明を求める。それに片岡は奥歯を強く噛み、答える。

「江原先輩がめぐちゃんに酷いことを……。めぐちゃんに会わなければよかったって」

「あんの、バカ! おい、成瀬! だからって終わりにすることは無いじゃないか! もっと違う道だってあるだろ!」

 問う安田に、成瀬は頷く。

「そうね。あったかも。それに関しては確かに早まった行動だったかもね」

「なら!」

「でも、やめない」

「なんで、そんな!」

 頑なな成瀬に、安田は苛立ちで語尾が強くなる。だが成瀬はそこではなく、安田の言葉自体に反応を示す。

「なんで? そんなの決まってるじゃない。生き辛いからよ。

 同性愛なんて、世の中に認められてないのは知っているでしょう? だから」

「だからってこんな終わり方していいのかよ!」

「安田の言うとおりだ! 皆大なり小なり生きるのはつらいと思っている。

 だがそれでも我慢したり戦ったりして生きているんだ。簡単に終わりにするなんて言っ

てはダメだ!」

 割って入った大江田を、成瀬は軽蔑の目で見る。

「なら先生。先生は同性の人に好きって言われ付き合ったり結婚できますか?」

「それは……」

 答えられない大江田を、成瀬は、フッ、と笑う。

「出来ないでしょう? 相手は先生の事が好きなのに。愛しているのに。外見や中身や経

歴じゃなく、同性だと言う忌避感で拒否されるんですよ? その辛さが先生にわかります

か? 一生それが付きまとうんですよ?」

「待て。確かにそうかもしれないが、将来、男が好きになるかもしれないぞ」

「それは周りに合わせて、自分を偽ってですか?

 お母さんもそうだったようですよ。お父さんの事を好きになったけど、やっぱり女性の

方が好きだって。同じとは思いませんが、ダメだからって変えた自分は自分なんですか?」

 言葉で大江田に迫る成瀬に、

「だったらそのままで生きれば良いねぇか! 諦めないで突き抜けて行けばいいだ

ろ! やり切らないで終わりにしようとしてんじゃねぇよ!」

 と安田が割って成瀬に言い聞かせる。だが、

「ねぇ、そんな無責任なことを言える気持ちって、どんな気持ちなの?」

「は?」

 いきなりの質問を成瀬は安田に向ける。そのために安田も理解が追い付かないでいる。

「ダメ元で告白して来い。気楽にやってこい。頑張れ。お前ならやれる。頑張れ、頑張れ、

頑張れ。応援だけして、結局は関係がないこと言って。そんな人の気持ちって、どんなも

のなのかな、って」

「お前……何言ってんだ?」

「わからない? だったらどんなに理解しようとしても無理だと思うな。私の様な人の気

持ちを理解するのは」

 すでに興味なさげに成瀬は言う。それに安田は右手を横に振って一蹴する。

「あーわかんねぇよ! わかんねぇから話せよ! そうしねぇとわかんねぇよ!」

「だったらちょっと聞きたいんだけど。どうして話さないと理解出来ないの?」

「そりゃー言われないと何がどうなっているのかわからねーだろ」

「でも伊藤さんや佐々木さんでは違うよね? ある程度のことならわかるよね?」

「それは付き合いが長いからだろ」

「それだけじゃないでしょう? 三人が似ているからでしょう? 同じだから、分かるん

じゃないの?」

「回りくどいな! 何が言いたい!」

 言いたいことを理解出来ない安田は苛立って言う。それに、ハァ、と溜息をついて成瀬は答える。

「私が言いたいのはね、話しても理解出来ないでしょう、ってこと」

「そんなこと、ねぇよ」

「なら安田さんは同性愛者の考えが分かるの? もしも私が快楽殺人者だったら、その気

持ちが理解出来るの?」

「全部は理解出来ねーだろうが、努力はするだろ」

「全部理解出来ないと、意味がないでしょう」

 分かってないな、と成瀬は付け足す。言われた安田は、そんな事ねーだろ、と声色を低く否定する。

「話を聞いて、どうしたら良いか相談し合うことが出来るだろ」

「その相談が、辛いんじゃない。分かる? 自分は同性愛者なのに異性を好きになった方が良いやさっき先生が言った異性を好きになるかもしれないって言われた時の気持ちが。快楽殺人者なのに人を殺したらダメと諭される気持ちが。結局話して、理解されて貰えずにいる気持ちが。結局、一般の意見を押しつけられる、気持ちが」

「いや、でも……」

 どもる安田。そんな彼女に成瀬は機先を制する。

「私はそうじゃない、かな? でも、安田さんが私の言うことをこの中では一番理解出来るんじゃない?」

「どういうことだ」

「だって不良やって自分勝手やっていたのにこうやれ、ああやれ、こうじゃないとダメだ、そうしないといけない。そうやって好きに生きられずに押し込まれて、卒業するために今年、学校に通ってたんじゃないの?」

「それは……」

「自分が苦痛に思っていることを人に押し付けないで」

 何も言い返すことが出来ない安田。そんな彼女に最後、一別を成瀬は向ける。

その後、成瀬は片岡を向く。その表情は優しく、微笑んでいた。

「それじゃー紀里。私は行くね」

「いや。いやよ、めぐちゃん。私、私……」

「ごめんね。迷惑かけちゃって」

「謝らないで! 謝るなら行かないでよ!」

 片岡は首を大きく振り拒否する。乱れた髪が口に入り、流れた涙が化粧を落とす。

 それ程までの思いを見せられても、成瀬の気持ちは変わらなかった。

「ごめん。それは無理なの」

「なんで! しなきゃいけないわけじゃないでしょ! それなのに!」

「私は、生まれる性別を間違えたから。だから、やり直さないと」

「でもそこまでする必要ないじゃない! 世の中には同性愛者の人はいるんだし、きっと

見つかるはずだから!」

 成瀬は首を振るう。

「いても、私が好きになる保障は無いでしょう? それに、探すのだってかなり辛いのよ?」

「だったら私、めぐちゃんと付き合うよ! それなら!」

「うん。確かにそれは嬉しいお誘い。でもね、それも出来ないの」

「何で!」

 答えを求める片岡に、微笑んで成瀬は返答する。

「だって紀里、勢いで言ってるもの。それがいつまで続くか分からない。三年? それと

も半年? もっと短いかもしれない。

 勢いが無くなって紀里がタイプの男の人を好きになったら、きっとそっちについて行く」

「それでも、めぐちゃんが生きているなら……」

「紀里。それで一番傷付くのは誰?」

「そ、れは……」

 答えることが出来ない片岡。それを見た成瀬は、ごめん、と謝罪をのべる。

「きつい言い方したね。紀里だって傷付くのに。でもハッキリ言うね。一番傷付くのは、

私。結局認めてくれる人なんていない、とか今よりも酷くなる。紀里は私にその苦しみを

味わえと?」

「そんなこと……。私はただ、めぐちゃんに生きてもらいたくて……」

 涙を流しながらの片岡の言葉。それに成瀬は嬉しそうに笑う。

「ありがとう。こんな私に生きてくれって言ってくれて、ありがとう。

 次に会う時は、紀里の彼氏になれたらいいな」

「い……や。いやだよ。めぐちゃん!」

 片岡は駆け出し、成瀬に近づく。しかし、

「ありがとう。バイバイ、紀里」

 笑いながら感謝を述べる成瀬。そして壁の縁から後ろ――空中へと飛ぶ。重力に逆らわずに落ちる成瀬。その光景を片岡は手を伸ばして見る。数瞬して、ゴスッと鈍い音が静けさにあった周囲に響いた。そして『それ』を見た片岡は――

「いやぁああああああああああああああ!」

 叫び、瞳を閉じる片岡。しかし赤い花弁を開かせたコラリスのような光景は、瞼の裏に鮮明に映し残っていた。

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コリウス 宮又ゆうも @yukisakaki

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