第9話 過去と未来を比べて
今だ暗い部屋の中、成瀬は膝を抱えながら、
「私だってちゃんと言いたいよ。でも無理に決まってるじゃん。女の子同士なんて。マンガみたいに上手くいくわけ、無いじゃん。それに、私が先輩の事を好きだって知った時の先輩の顔、驚きと一緒に一歩引くモノがあったもの。無理だよ」
言って、成瀬は俯く。少し経ち、携帯が鳴る。成瀬は携帯を取り、内容を確認する。
「紀里から?」
携帯を成瀬は開く。そして内容を読み上げる。
「めぐちゃんへ。めぐちゃん、お元気ですか。元気じゃないから学校を休んでるいるんだ
けどね。でも、元気でいてくれたらな、って思います。
学校はいつ頃これそう? めぐちゃんに学校で会えないのは寂しいです。早くめぐちゃ
んに会いたいな。でも無理をしないで、ゆっくり良くなってください。紀里より」
読み終わり、成瀬は間を開ける。その後、成瀬は首を振る。
「紀里、違うの。違うんだよ」
携帯を成瀬は抱く。
「私はそんな優しさを向けられる人間じゃないんだよ。私は紀里が思っているような人間じゃないんだよ。紀里、もしも私が女の子を好きだなんて言ったなら、同じように優しい言葉を、かけてくれる?」
答えの帰って来ない疑問。それに成瀬は黙る。しばらくして恵理子が二階へと緩やかな足取りで上がる。彼女は成瀬の部屋前に来ると、
「めぐみ、今日の夕ご飯、何か食べたい物、ある?」
恵理子は少し返事を待つ。何も言って来ないことを確認すると、
「なら、めぐみの好きな小龍包でも買って来ましょう」
手を合わせて、恵理子は言う。だが成瀬は何も言わない。
恵理子は合わせていた手をおろす。
「ねぇ、めぐみ。私ね、めぐみに話してないことがあるの。それはね、あなたのお父さん
の事、私は二番目に好きになった人なの。
私が一番好きだったのはね、大学時代にサークルの一つ上の先輩だった野々崎八千代さ
んだったの」
あまりの事に成瀬は、
「え?」
間抜けな声をあげて、ドアを見る。その先にいる、母親を透し見るように。
「驚いたでしょう? お母さんが女の人を好きだったなんて
でもね、好きになっちゃったからしかたないかな、って。先輩が卒業する前に告白した
のよ」
「そ、それでどうなったの?」
ベッドから身を乗り出し、成瀬は食いつく。
「そりゃー気持ち悪がられて終わり。その後は幼馴染みだっためぐみのお父さんと色々あ
って結婚。でもやっぱり先輩の事が忘れられなかったのかな。ソリが合わなくて喧嘩ばか
りで、結局離婚」
「気持ち悪がられても、好きだったの?」
「本当は気持ちを終わらせるために告白したんだけど、どうしてだかそのままだったわね。
元々、私は父親が暴力ばかりふるう人で、それで女性を好きになったのだと思っていた
のだけれど、違ったのよね。男性も好きだけど、それでもって感じで。
それでね、違うとしてももしかしたら父親の暴力が原因で女性を好きになったなら、め
ぐみには暴力はさせないし私と彼の不仲は見せないようにとは思っていたのだけれど、そ
うは上手くいかなかったわね。ごめんなさい」
「お母さん……」
暗くなった雰囲気を吹き飛ばすように、だから、と恵理子は強く口にし、
「もしめぐみが人に話せないようなことで悩んでいても、
お母さんはどんなことでも応援するし、否定しないから。それだけは分かっていてね。それじゃ、夕ご飯、楽しみにしといてね」
恵理子は笑顔で一階に下りて行く。その音を耳にしながら、成瀬は言う。
「紀里もお母さんも、どうしてそんな優しいの……。
私にどうして、そんな優しいの……」
成瀬は数瞬、間を取る。そして、
「紀里。お母さん。私も、向き合って、ぶつかってみるよ」
身に纏っていた布団をはがし、成瀬は立ち上がる。
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