第7話 それでも私は分かられたい

 強く縦に頷き、階段をのぼる。

 二階に上がった大江田は、扉の前に『恵』とかかれた扉の前に立った。

「成瀬、久しぶりだな。担任の大江田だ」

「…………」

 大江田の挨拶に、成瀬は答えない。

「反応したくないならそのままで良い。ただ聞いてくれ。

 先生もな、高校時代に嫌なことがあって逃げたことがあったんだ。まー理由はかなり単

純で、クラスでうまくやっていけなかったからなんだが。

 それで何日も休んだ時に親友が言ったんだ、お前の考えていることは逆なんだ、って。

初めは意味がわらなかったけど、勇気を出して学校に行ってみて、ちゃんと向き合ってみ

たら自分の考えが思い過ごしだって」

 成瀬の反応があるかを見る為に大江田は間を取る。しかし反応が無いために話を続ける。

「考え過ぎや思い過ごしはやっぱり自分だけじゃ気付かないと思うんだ。人と話さないと、

な。だから何があっただけ、先生にだけ話して貰えないかな? 力になれないかもしれな

いが、力になろうと出来ないわけじゃないと思うんだ」

「…………」

「勉強の事か?それとも学校生活か?それとも、恋愛か?」

 成瀬は最後で、ガタリ、と物音をたてる。

「もしかして、恋愛のことなのか?」

「…………違います」

「やっと返事、してくれたな。

そうかー成瀬もそーゆー年頃だもんな。うんうん先生は嬉しいぞ」

「先生には関係がありません」

 全否定とも取れる言葉を成瀬は否定に使う。

 それに大江田は、それもそうだな、と納得で答えた。

「ただ、今度は否定しないってことは認めたってことで良いんだな?」

 揚げ足を取る大江田。だが成瀬は声色を変えることなく答える。

「一度否定したのでしなくて良いと思ったからです。

 それよりも先生は何がしたいんですか? いきなり人の家に来たと思えば自分の昔話を

始めて。次は説教くさいことを言い出すし」

「僕は成瀬の事が心配なんだ」

「大丈夫ですので気にしないで下さい」

「大丈夫なわけないだろ。三日も休んで。とりあえず話してみないか?」

 成瀬にとっては本日数度目となる促し。だからなのか、

「もう一度言います。先生には関係がありません。ですのでもう帰って下さい」

 語尾だけでなく、全体に苛立ちを交えて彼女は答える。

「確かに僕は関係ないかもしれない。

 だけれども僕は男だ。思っている相手の気持ちがわかるかもしれない。同性じゃわから

ないことも言ってやれるかもしれない。だから、な?」

「何が、わかるって言うんですか?」

「そりゃー今の高校生男子のことを完璧にわかるかは疑問かもしれないが、それでも男に

は変わりないんだ。だったら分からなくもな――」

 大江田のセリフ途中で成瀬は遮るように叫ぶ。

「何も分かってないのにどう理解出来るって言うんですか!」

 大江田は体を跳ね上げ、驚きをあげる。

「な、成瀬?」

「一体何を分かってそんなことを言っているんですか! 勝手に判断して、勝手に決めつ

けて! それで私みたいなのがどれだけ苦労しているか、考えもしないくせに!」

「いや、だからな。それを僕は話してくれって、言ってるんだよ」

「拒絶されるのが分かってて、変な目で見られるのが分かってて言える訳ないじゃないで

すか!私だってちゃんと言いたいですよ! 気持ちを伝えたいです! なのに私が生まれ

るずっと前からそれがダメだってされてたんですよ。それをどうしろって言うんですか。

定着している考えをどうしたら周りから排除できるって言うんですか」

「何についてそこまで言っているのか分からないが、ちゃんと伝えて見ないことには分か

らないぞ?」

「無責任な事言わないで下さい。

 もう良いです。早く帰って下さい」

「確かに無責任だったかもしれない。だけど僕は――――」

 また成瀬は大江田のセリフに被せるように叫ぶ。

「いいから帰ってよ! 帰って! 早く帰って!」

「成瀬……」

「帰れ! 帰れ! 帰れー!」

 大江田は叫ばれ、何か言おうとする。だが何も言えず、

「わかった。ただ先生はいつでも待っているからな」

 別れの言葉を言って立ち去る。

 一人になった所で、成瀬は俯きながら言う。

「先輩……先輩……先輩……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る