第5話 日常の陽炎は掴めない
移った場所は屋上付近の階段。屋上にしないのは鍵がかかっているからだった。
少々埃っぽい場所であったが、安田は構わないとしてそこになった。
「それで、どうしたんだ?」
「なるちゃん、今日も来てないの?」
安田の速やかな会話の開始に、しかし江原は気にすることなくそう答えた。
「ああ。先生にも何も連絡入れてないようだ」
「やっぱり、私のせいだよね……」
「なんでそーなるんだよ。お前は悪くないだろ」
俯いた江原を、安田は呆れ顔で否定する。
「だって私が忘れ物をして取りに戻らなければなるちゃんが私のことを好きだなんて聞く
ことがなかったわけだし」
「それだって成瀬の不注意だ。
思われていたほうが悪いなんてそんなバカなことはないから安心しろ」
「でも……」
何を言われようが、自分が悪いしいじけた表情をとる江原。
その様子を見て安田は苛立ちを感じ、
「そんなに罪悪感持ってるなら、成瀬が戻ってきたときにちゃんと返事してやれよ」
突き放すように言い放つ。
「返事……」
「あぁ。お前はどうしたいんだ?」
「わからない……」
「だろ? だからそれを決めておけって。付き合うにしてもそうじゃないにしてもな」
これはお前の問題なんだからな、と安田は念を押す。
「返事をしないってことはしちゃ……だめかな?」
「いいと思うぞ。ただ、今までの関係を二人とも演じられるならだがな」
「……それは……」
思いつめた表情をさらに強めてしまう江原。
された安田はバツが悪そうに訂正をする。
「あー。すまん。その言い方は返事を決めろって感じだったな。
要はあれだ。どうなっても対応できるように心の準備だけしておけってことだよ」
「……うん」
頷く江原。その面持ちは今だ辛さをとどめているが、しかし確かに先程までより強張りが緩んだでいた。
安田もそれに気付き、おちゃらけた雰囲気で、
「しっかし、成瀬がお前のことを好きだったとはなー」
ふざけて言う。
そのことに江原は疑問を抱き、江原に聞く。
「安田さんはなるちゃんが私を――と言うよりも同性愛は否定的?」
「んー。まず恋愛ってのをしたことはないからなー。ただなー」
「ただ?」
「ん? いや、おやじ譲りなんだが、同性愛がダメだとか近親相姦が忌避されなきゃいけ
ないとか、そうじゃない人間が勝手に決めただけなんだから、それを単純に鵜呑みにして
信じるのは違うよな、って」
江原はその言葉に軽く目を開き、意外そうな表情を見せた。
「安田さんって、結構深く考えてるのね」
「おい。お前はいったいアタシをどんな風に見てたんだい」
「さー。どんな風にでしょうね」
ふふふ、と笑う江原。
「ったく。まー深くって言ってもおやじが言っていたことだからな」
「でもそう考えているのでしょう?」
「言われてその通りと考え出したらおやじが言ってた単純な鵜呑みと一緒だ。
だからどうなのか考えていくのはこれからだよ」
面倒になったのか、安田はそう適当に答える。
「へぇ。やっぱり安田さん、印象と違って真面目なのね」
「お前、人が心配してやってんのに」
「だって同じ組だった時は学校あまり来ないわ来ても授業をフけたりして話せないし。最
終的には留年しちゃうし。印象が悪くなって当然でしょう?」
「……あの時は忘れてくれ」
苦虫を噛み潰したように、安田は苦々しく表情をゆがめる。
「ふふふ。無理」
安田の懇願を一蹴する江原。
それを安田は憎らしく睨む。
「お前なぁ……。まーそれだけ軽口叩けるんだから少しは落ち着いたみたいだな」
「本当に、ありがとうね。安田さん」
「別にお礼を言われることはしてねーよ。ん?」
安田は何かに気付き、慌てて後方を確認する。
行動の意味がわからない江原は、安田の背中を不思議そうに見ながら、
「どうかしたの?」
不思議そうに尋ねる。それに安田は汗をかきながら答える。
「やばいかもしれない」
「え?」
「さっきの話、誰かに聞かれた」
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