第2話 そして壊れ
部室の中央で美術部員である江原がスケッチブックに絵を描いている。
そこに荷物を持った成瀬がやってくる。
「先輩、お疲れ様です」
「あ、なるちゃん、お疲れさま。早いんだね」
「先輩こそ」
「私は教室が近いからね」
話ながら成瀬は荷物を置き、自分のスケッチブックを取り出す。
「なるちゃんは今日、何を描くの?」
「そうですねぇ……」
悩みながら成瀬は席に座る。
「最近は風景や物ばかり書いてましたから人物や生き物を描きたいですね。
先輩は今、何を描いているんですか?」
「ん? 私?」
江原は描いていた手を止め、スケッチブックを回して成瀬に見せる。
「風景画、ですか?」
「そうね。このままだと海と浜辺の風景画なんだけど……」
少し首を下げ俯く江原。だがすぐに顔を上げ、スケッチブックの一部分を指す。
「本当はね、中心に大きく人物を描きたいの。でも、どんな人物を描いたらいいか分 からなくてね」
「そうなんですか……」
先輩に分からないモノを自分が分かるはずがない、と思いつつも成瀬は考える。
一生懸命に悩む成瀬を見て、江原は微笑む。その直後、手を合わせて江原は言う。
「あ。そうだ。ねぇ、なるちゃん。お互いにお互いを描きあってみない?」
「え?」
合わせた手を胸の前に置き、江原は微笑みながら付け足す。
「私は気分転換に、なるちゃんは人物を描きたかったのだから丁度良いと思わない?」
「そう、ですね。描かせて下さい」
「なら決まりね」
成瀬と江原は机やいすを動かし、向かい合う形になる。
「じゃー、描きましょうか」
「はい」
それから二人はお互いを描き合う。
静かな空間の中で、紙の上をペンが走る音だけがする。
そこに、絵を描きながら江原は声を作る。
「ねぇ、なるちゃん」
「なんですか?」
「最近、何か悩んでない?」
「…………そんなこと、ないですけど」
間のある答え。そのことに江原は、そう、とだけ答る。その声色はただ単調なモノだった。
「はい。というより先輩、その質問、結構な頻度でされているように思えるのですが」
「そうかなぁ? そんなことないと思うけど」
「一ヶ月に一回はされてます」
「そんなことないよー」
江原は一拍置き、言う。
「でも、もしそうだとしたら、それはなるちゃんがそれだけ辛そうにしている、ってこと
じゃないかしら」
「そんなこと……」
「ないんでしょう?」
「…………はい」
頷く成瀬の表情は仄暗く、痛さを堪えるそれに似たモノをしている。
はぁ、と成瀬の顔を見た江原はため息をつく。そして、
「わかったわ。あまり聞かない様にする。でも、ダメそうだったら。また聞かせてね」
「……そうならないように、させていただきますね」
「そうしてくれると、私も嬉しいな」
そこで会話は終わり、また沈黙の中二人は絵を描き続ける。
再びの静けさが訪れる。が、しばらくして、電話が鳴る。電話をとったのは江原だった。
「はい。お母さん? どうしたの?――うん。――うん。――分かった。今から帰るよ」
江原は電話を切るとスケッチブックなどを片付け、帰る支度をはじめる。
「何かあったんですか?」
「お母さんがしていたプロジェクトが上手くいったからそのお祝いに外食をしよう、て」
「おめでとうございます」
「私がおめでたいわけじゃないけどね」
「それもそうですね」
江原と成瀬は笑い合う。
そして江原は帰る支度を完了させ、荷物を持つ。
「それじゃー、私から提案しておいてなんだけど、先に帰らせてもらうわね」
「いえ、全然平気です。楽しんできてくださいね」
「ありがとう」
江原は速足で部室から出て行く。
成瀬は座ったまま見送る。江原が見えなくなるとと座り直し、スケッチブックのページを改めて、新たに絵を描き始める。
描くのは目の前の風景とし、初めはスムーズにペンを走らせる。しかし途中からペンを動かすスピードがだんだんと遅くなり、ついには止まる。そしてスケッチブックのページを、江原を描いていた場所に戻す。
「先輩……」
成瀬はスケッチブックを見つめる。
「先輩……」
呟きながら成瀬は自分のスケッチブックを抱く。
「先輩……先輩……江原先輩……」
呼ぶ声はだんだんと大きくなる。
「好きです――先輩」
言った瞬間、
「なる、ちゃん?」
「え?」
後ろからの声に成瀬は振り返る。そこには帰ったはずの江原がいた。彼女は入り口で呆然と立ち尽くしていた。
「先……輩……」
固まる成瀬。何も話さない江原。そこへ段ボールを持った安田が部室に入ってくる。
「おーい。道具持って来たからそこどいてくれー」
すると成瀬は鞄とスケッチブックを持ち、急いで部屋から飛び出すと、廊下を駆けていった。その時に安田にぶつかりかけるが安田は避け、道を譲った。
「あ、ぶねぇなぁ。ん? あれは成瀬か? てか、そこにいるのは江原か?」
「安田……さん?」
「おい、どうした。なんか顔色が悪いぞ」
「私、どうしたら……」
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