第2話
一見すると、誰もいない廃屋。
誰が設置したのか見当もつかない「立ち入り禁止」の立て看板。
比較的郊外にあるその場所の地下に、彼ら二人は赴いていた。
通称「アンダーグラウンド」
国家軍事機密であるこの施設ではある研究、及び人体実験が日夜行われている。
それが 感覚共有化実験だ。
「人間は自己と他者は全く違う者であり、本質的には一つにはなれない事は周知の事実。しかしある研究者の学説により今までの常識が根底から覆った。それが感覚共有説だ。異世界から飛来したとされるX石を保持しているものは自己と他者の五感は勿論、本人さえも気が付かない深層心理まで理解する事が出来る。しかし万能な物ではなく、X石の能力を発揮出来る人物には制限があった。幼少期から血縁関係のある両親に捨てられた孤児であること。親に捨てられ、強い孤独感を持ち、他の誰よりも他者と繋がりたいと願った子供にしか効力を発揮することはないという。また、誰とでも繋がれる訳ではない。最初にリンクした者以外とリンクするのは不可能だ。元来保有していたその孤独感は少なからず減少しているためである。アンダーグラウンドにいる孤児は訓練生として実習に励み、また──」
「長い、長すぎるぞいくらなんでも」
頬杖をつき、分厚い教科書に不満を漏らす豪徳寺。
「何回同じ文章読ませれば気が済むんだよ!」
「や、君らが毎度毎度最低評価を叩き出すからに決まってるでしょ」
勘弁してくれと言わんばかりの溜息を吐いているのはアンダーグラウンドの研究者である笹塚。
「あのさ〜もうちょっと成績上げてくんないと僕の所内での立場も危うい訳よ。ここに君らを連れてきたのも俺だしさ〜」
全ての発言が軽いと感じられるような適当な仕草に話し方。
笹塚と会話する時は毎回このような感じでやりとりしており、どこからどこまでが本心なのかまるで理解不能な振る舞いをしている。
「豪徳寺さーもう少し梅ヶ谷の気持ちも汲んでやりなよ。梅ちゃんの気持ちが分からないから感覚リンクが毎回不安定なんでしょーが」
「汲んでやりたいけど、こいつに汲み取られるような意思はないと思うぜ。いつも黙りこけてるし、何考えてんのかさっぱり分からねぇ」
「……」
このやり取りを真隣で聞いている梅ヶ谷だが、この会話に介入する気もさらさらなさそうだ。
これ以上自分に触れないで欲しいと言わんばかりに俯き、顔を伏せている。
「ま、まぁさ〜、小さい頃からずっと一緒にいるんだから、梅ちゃんも少しずつ自分の話が出来るようになれば、僕もこの研究所内で、ほんの、ほんのすこーし、居心地が良くなるから、よろしく、たのむ、よっ」
小気味好く口を動かし、発声していた笹塚だが、言い終わる頃には今にも泡を吹きそうな程に口を覚束せ、倒れそうになっていた。
「よぉ、笹塚〜補修の方はしっかりやってるか〜?」
教室の中へ入ってきたガタイの良い大男。笹塚が倒れそうになるのも頷けた。
この男は千田といい、このアンダーグラウンドの所長であった。
年は40歳手前といったところだろうか、所長を務めるには若すぎるが、優秀であるという事の裏返しだろう。
それにしても、一発殴打すると骨が折れそうなほどひ弱な体躯をしている笹塚と並ぶと、その差は一目瞭然だ。
「は、はいいー勿論ですっ」
「そうか、まぁ、教育も程々にしておけよ、俺も戻ってきた事だし、明日は緊急の会議だ、準備しておけよ」
「え? 緊急会議? 明日? 準備? …聞いてない事柄が多すぎるんですがそれは…」
「なんだお前他の所員から聞いてないのか?」
「あいや別にそういうわけではなくてですねェ、はい、忘れてただけでございます、すぐ準備致します!」
額一杯に冷や汗を掻いている笹塚は真っ先に教室を飛び出していった。
千田は笑いながらそれを見送ると、豪徳寺と向き合い、深刻そうな表情に変わっていった。
「豪徳寺、お前本当にそろそろ危ないぞ」
「はい、分かっているつもりです」
分かっている。
このまま感覚リンクを使いこなせないままでは、訓練生としての肩書きは剥奪になり、所内での雑用係になる。
「梅ヶ谷もだぞ」
梅ヶ谷はいつもの如く俯き、頷いたかどうか判別出来ない程度に首を盾に動かしている。
「俺だって、お前達が落第するのは本意じゃない、無論、なんとかしたいとは思っている。でもこればかりは頑張ってくれとしか言えない」
一口に言えば、所長は優しい。
このアンダーグラウンドで働く人々全体に言える事だが、基本的に励ましの言葉をくれたり、感覚リンクに関するアドバイスをくれたりする。大体こういう秘密裏に行われる機密活動の研究者と言えば、性悪なイメージがついて回るものだが、ここはそういったことは基本的にはない。
訓練生である豪徳寺達が全員孤児である事も起因しているのだろう。
しかし、その好意が、不甲斐ない豪徳寺にとっては重荷になっていた。
所長は例の如く豪徳寺と梅ヶ谷を激励した後、明日の会議に向けた最終チェックをすると宣い教室を後にした。
教室には、いつもの2人のみが、いつものように無言で佇んでいるのみだった。
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