第二章 海の色は空の色なんだよ

 鏡の前に立って髪をアップにし、背筋を伸ばす。以前、使っていたカフェエプロンを腰に巻き、捨てなくてよかったと思いながら紐を結ぶ。

 何回、ブイヤベースを作っただろう。厨房を出て時計を見ると1時を過ぎたところだった。浄水を飲んで口の中をさっぱりさせる。

 二日間、ずっと料理をしている。

 昨日は五組、今日は三組のお客が来た。臨時休業です、と伝える度に早く店を開けたいと思う。

 でも、と鍋の中の薄赤色の液体を見つめる。このブイヤベースでは店を開けられない。レシピ通り作っているのに味が違う。魚の下処理の方法、煮込むのではなく強火で短時間で仕上げること、材料のハーブ類も同じ種類を同じ量だけ使っている。奥行きがあるスープの味、喉を通った後にほんのり甘さが残る感じが出ていない。私のブイヤベースは雑然としている。

 洋出刃包丁を手にし、刃先を見つめる。

 魚の大きさを変えてみよう。息を短く吐いてからメカジキの頭を落とした。

「何している」

 危うく、魚の皮と一緒に手の皮も剥ぐところだった。カウンターのむこう側に上原のおばぁが杖をついて立っていた。

「なんで、お前がそこにいる」

「新里さんに、店を任されて」

「髭のにぃにはどうしたさぁ。髭のにぃにしか、ここは貸さんってぇ」

「だから新里さんは」

「あのにぃにがいないんだったら返してもらう。今週中なぁ」

 おばぁは言い放ち、入り口の方へ身体をむけた。

 杖をついて一歩ずつ進み、ドアから首を出して外の様子を窺っている。

「新里さんが私に店をやれと言ったんです」

 おばぁの反応はない。

「私がお店を開けてもいいですか?」

 厨房を出て、おばぁの真後ろで言った。

「お前、人がいないか見ろぉ。話しかけられたらたまらんからなぁ」

 市場に人は歩いていない。

「大丈夫、誰もいないよ。誰もいないのは市場としては全然大丈夫じゃないけれど」

 最後まで聞かずに、おばぁは杖をついて雑貨店の方へ歩きだした。

 にこにこおばぁが上原のおばぁに気づき、二人は店先で話している。上原のおばぁは誰に会いたくないのだろう。上原のおばぁが気にする人物こそ気になる、と思いながら厨房へ戻った。

 もう一度、ブイヤベースを作った。

 立ったまま、一口、二口と食べる。

 厨房から出てベンチシートに座った。家で勉強しているときとは異なる速度で時間が過ぎていく。

 上原のおばぁが言ったように今週中に店を開けるのなら、明日の土曜日しか残されていない。

 土曜日……。

 待って、土曜日? 大輔は保育園に預けることができるけれど、春樹の通う幼稚園は休みだ。誰かに頼まなくてはいけない。しかも飲食店は土曜日と日曜日が一番混む。この店は日曜日が定休日だから土曜日に客が集中する可能性が高い。仕入れはどれくらい……仕入れも問題だ。今から注文して明日の分の魚やパンは仕入れられるのか。野菜の欄に書いてあった、赤嶺とし子という人はどこいる誰なのだろう。

 大きく息をつき、足と手を伸ばしたら腰に痛みを感じた。

 いろいろなことが無理かもしれない。明日来たお客様、みんながみんなブイヤベースの味に満足せずに帰ることになったら。二度と来てくれなくなる。それだったら店を開けないほうがいい。でも明日開けないと上原のおばぁはもう貸さんと言っているし。

 勢よく首を横に振る。

 よいしょっと声を出して立ち、音楽を変えた。

 ボブ・マーリーの声が響いた途端、海の空気が流れ、どうにかなるさぁ、なんくるないさぁ、happy happyと口ずさみたくなった。

 ケトルに浄水を入れて火にかけ、携帯を取り出す。一真に電話をしたが繋がらず、芽衣にかけた。

「大丈夫だよぉ。酵母は起こしてあるし。今までと同じ量で、同じ時間に届ければいいの?」

「前日になってしまってごめんね」

「ケーキも必要だよね。家にある材料で作れるケーキでいい?」

 もちろん、と言い、一つオーケー、happy happyとレゲエのリズムに合わせて心で歌う。

「でも紗里ちゃん、やろうってよく決心したねぇ」

「決心というか、大家のおばぁが明日開けないと店を返してもらうと言うから」

「上原のおばぁね。ブイヤベースの一番の常連さんなんだよ。かわいいよねぇ」

「かわいい?」 

「うちの海生には負けるけれどねぇ」

「抱っこしているの?」

「寝かしていたところぉ」

「起こしちゃってごめんね」

 これで、おいしいパンは確保された。お客様に出して、残ったら自分も食べられる。

 次は野菜。雅子さんの名前を画面に出した。自然栽培の野菜について雅子さんは情報が持っている。コールボタンを押そうとしたときに湯が沸騰した。つまみを回して火を止める。でも、どうしてそんなことを知りたいの? と雅子さんに訊かれたら。一ヶ月間、店をやるのを雅子さんや明に知られたくない。

 やっぱりダメかもしれない。携帯をエプロンのポケットに入れ、コンロの上のブイヤベースが入っている鍋を見た。

「珈琲の時間がきたんだろ」

 一真が入ってきて、雑誌を手に取り、カウンター席に座った。

「放心状態? うまい珈琲いれてさぁ、しゃきっとしろよ、しゃきっと」

「どうして、このタイミングで」

「お前が電話してきたからさぁ」

「かけ直すということもできるのに」

 ミルに二人分の豆を入れて挽き始める。華やぐ香りが立ちのぼり、思いきり吸い込んだ。

 一真がめくっているページにはサーフィンをしている男の人が写っている。大きな波、横に長い波。トンネル状になっている波。波にもいろんな種類がある。

「店もさ、いろいろあってもいいよね。私は珈琲だけの店がいいな。あと芽衣ちゃんのパンとケーキ」

「いいんじゃん? 別にブイヤベースがないブイヤベースでもいいさぁ。店名を変えてもいいし、ブイヤベースコーヒー店……まずそうだな」

 一真はぶつぶつとつぶやきながら笑っている。

「気楽でいいね」

「褒めるなよ。ていうかお前、店をやるんだ」

「とりあえず一ヶ月やってみる。その間にどうにかして新里さんと連絡を取る。誰かお店をやってくれる人を探す」

 一真はふうんと言って足を組んだ。

「協力してくれる?」

「やだよ。なんで俺が。頼まれたのはお前だろ」

「そうだけれど」

「面倒は嫌いなんだって。おっ、ボブさんの『Redemption Song』だな。わざと?」

 フィルターの中の珈琲の粉を見つめ、細く湯を垂らした。一真は曲に合わせて英語の歌詞を口ずさんでいる。

「These songs of freedomだよ。自由の歌。俺にはずっとこの自由の歌しかなかったから、ってさ」

「よく知っているね」

「名曲さぁ。もっと歌詞を聴けよ」

 一真はさらに大きな声で歌った。

「一真さんが歌うと余計にわからないような。家に帰ったらネットで調べてみる」

「調べるんじゃない。感じるんだ。って、やばいくらいのいい香りだな」

「一真さんの服が爽やかだから爽やかめにいれてみた。嘘だけれど」

 カウンター越しにカップを渡した。

「うまい。確かにこの珈琲だったらお金をとれる」

「ありがとう。そうなんだよね。なら、私のブイヤベースはお金をいただけないな」

 『Redemption Song』は終わり、もっと速いリズムの曲が流れた。

「味見して感想を言ってやるよ」

「面倒は嫌いだって、さっき」

「珈琲代な。早く持ってこいよ」

 気が変わらないうちに、とブイヤベースを温め直さずに皿に盛って一真の前に置いた。

「うーん」

「見ただけでわかるの?」

「ああ、香りでなって、スプーンがないと食べられないだろ。どんだけぼけてんだよ」

 スプーンを受けとり、一真はスープをすくって飲んだ。

 鼻から息を吐き、スプーンを皿の脇に置いた。

「これでも金はとれるんじゃん」

「新里さんが作ったのとは違う。レシピ通りなんだけれど根本的に違うと思う。こんな状態で店を開けていいのかな」

 一真は顔を上げ、真っ直ぐに私を見た。

「お前、デージフラァさぁ」

「フラァってバカってこと? デージ、は」

「お前がよく使う、すごいっていう意味。すごいバカだって言ってんの」

 人にバカと言われたのはいつ以来だろう。小学生以来、いや、離婚騒動のときに明に言われたかもしれない。

「魚と包丁を出して」

 一真はシンクで丁寧に手を洗ってから包丁を持ち、シーラという沖縄近海で獲れる大型の白身魚を一気にブイヤベースサイズにしていった。

「この包丁、いいな。使いやすい」

「むこうから来るときに、何はなくともこの包丁、だったの」

 小料理屋を辞めるときにマスターがくれた包丁。十年間、研ぎながら大事に使ってきた。

「わかるだろ」

 一真はエバという名の丸っこい小魚の下処理をしている。

「スピードが速い。手が魚に触れている時間が私よりも短いし、包丁が魚に触れている時間も短い」

 彼は捌いた魚にラップをかけて冷蔵庫に入れた。道具を洗い、最後に手を洗って元の席に座った。

「まず一番簡単なことを教えてやろう。このブイヤベースは俺の魚を使っていない。だからこういう普通の味なんだ」

「嘘でしょ」

「お前がいれた珈琲は、あの機械でいれるよりもうまいのはなんでだよ」

「豆は同じだから、おいしく珈琲を飲めるように、気持ちをこめて……」

「それがティーアンダーだよ。俺の魚は、新ちゃんがおいしいブイヤベースを作れるように考えて捕ってきていた。これと同じ味になるはずがない」

 一真の姿が一回り大きくなったように思えた。存在感が増したというか。

「こういうの、なんていうんだっけ? 月夜に蜘蛛の糸?」

「溺れる者は藁をもつかむ、てきな?」

「明日、一真さんの魚を使うのが楽しみ。これでばっちりな気がする」

「ばっちりって昭和すぎないか」

「いい。私は胸を張って昭和生まれ、昭和育ちですって言うから」

 珈琲の残りを飲む。冷めているのに、淹れたてのときよりもおいしく感じた。人の味覚なんて単純なものだ。

「明日から店を開けるんだけれど魚は用意できる? どうやって受けとればいい?」

「競りが終わったら持ってくるよ。たぶん時9過ぎには。12時開店だから間に合うだろ」

「魚の量や種類はどうやって指定すればいいの? お金の受け渡しは?」

「新ちゃんがやっていた感じにするよ。お金とかそんなのは後」

「わかった。よろしくお願いします」私は直立し、しっかりと頭を下げた。

「真面目だよな。まだ大切なことを言ってないのに。いくら魚がよくても確実にブイヤベースの味は落ちるなぁ」

「なに?」

 一真は座ったまま、にやっと笑った。

「今後、情報は有料な。まずは北部へドライブかな。この辺りをうろついたら俺の身が危ない」

「北部へドライブするの? いつ? うちの子もいい?」

「だから、デージフラァだって言ってんの。子連れでいいわけないだろ」

「そうなんだ」

「いちいち真に受けんなよ」

 一真はカップを持ったが中は空だった。椅子から立ち、腰を左右に振っている。

「有料の情報、もったいぶらないで教えて」

「野菜だよ。特にトマトと玉葱がスープの味を左右するから」

 一真はドアを開け、道路を挟んで向こう側の売り場を指差した。品物を乗せるシルバーの台が放置され、売り手は数人しか見えない。

「あっち、A棟な。奥にいるぽっちゃりしたおばぁが赤嶺とし子。彼女がいないときは少し高くなるけれど、さらに道路むこうの大城青果」

 身体を伸ばしたが、一真が言ったおばぁは見えなかった。

「ありがとう。すごく助かる。今日は、本当に」

 一真は最後まで聞かず、逃げるように店から出ていった。二軒隣りの乾物屋へ入っていく。ブイヤベースに長居してこれ以上質問や頼みごとをされるのはまっぴら、というのが伝わってくるような後ろ姿だった。

  

 客としてブイヤベースに通っていたときも、A棟に足を踏み入れたことはなかった。駐車場はブイヤベース側にあるし、なによりA棟は暗い。厚いトタン屋根が低い位置にあり、白熱灯は曇っている。

 目の前を黒い猫がよこぎり、足を止めた。『猫は立ち入り禁止』と書いてある木の札の横を黒猫はするすると通り、A棟の裏手へ入っていった。誰が何のためにこの札を立てたのか。

 A棟の中央部にいる大柄な女性が私を見ている。三白眼だ。怒っているとも言えるし、なんの感情も抱いていないともとれる。パンチパーマを伸ばしたようなヘアスタイル。彼女の前には野菜と果物が並べられ、後ろのコンクリートの壁にはマコトのポスターが何枚も貼られている。シルバーの台をいくつも占拠し、A棟で仁王立ちをしている彼女はA棟のボスなのだろうか。

 さわらぬ神に祟りなし。

 A棟のボスからなるべく離れた通路を進み、一真が言っていたおばぁを探した。袋入りの沖縄そばを5袋だけ台に並べているおばぁや、平たい茶色のカマボコを皿に並べているおばぁが私をじろじろと見てくる。

 A棟の端、歩道との境にゴザを広げているおばぁがいた。もんぺのようなずぼんを履いた両足を開き、その間でニンニクの皮剥きをしている。横から突いたらどこまでも転がっていきそうな、ダルマのようなおばぁだった。

「赤嶺とし子さんですか? 私、あそこにあるレストランをやることになって、自然栽培のトマトと玉葱はありますか? あとセロリや紅芋、かぼちゃ……」

 おばぁは目を丸くしている。

「農薬とかを使っていない、トマトと玉葱がほしいんです」

 繰り返したとき、別のおばぁが道路を渡ってこちらに歩いてきた。ダルマおばぁとは対称的に骨と皮だけしかない、小さくて細いおばぁだった。彼女はダルマおばぁに沖縄の言葉で話しかけ、ときどき私へ目をむけた。

「ブイヤベース、ねぇ?」

 後から来た、棒のように細いおばぁが言った。彼女はダルマおばぁの隣に立った。台の上には大きな箱入りの菓子、カラフルな色のクッキーやマシュマロ、チョコなどが並べられている。コンビニやスーパーでは見かけたことがないから、アメリカ製の菓子だろう。

「この人、あんたの言うことわからんから、私が伝えてあげるさぁ。まずこれ買ってねぇ」

 菓子売りのおばぁは青色の大きな箱をさしだした。中央の透明部分からは着色料で色をつけたのであろう、色とりどりのマシュマロが入っているのが見えた。

「500円」

 ちょっとこれは、と苦笑いを浮かべたら、これはどうねぇ、とおばぁは次々に箱を差しだしてきた。どれも高カロリーだし、高い確率で身体に悪い添加物が入っていそうな菓子だ。

「買わないと、いけないんですか?」

 菓子売りのおばぁは笑みを浮かべ、ゆっくりとうなずいた。口は笑っているが、目は笑っていない。こういう顔をするキャラクターが手塚治虫の漫画に出てきたような気がする。悪役だったか、主人公を助けてくれる役だったか覚えていない。

 何か買えそうなものはないかと台の上を見渡す。大きな菓子箱に隠れるように、どろっとした茶色い液体が入っている小さなパックがあった。パックには値段も材料も書いていない。

「これは油味噌ですか?」

「そうね、私が作ったさぁ。100円ねぇ」

 一真が言っていた、おばぁのティーアンダーだ。アミノ酸などの旨味調味料は入っているかもしれないが、強烈なティーアンダーが化学物質をなんとかしてくれるような気もする。箱入りマシュマロ500円よりはお金を払う価値があるだろう。

「これください」

 財布を取り出すと、菓子売りのおばぁはビニール袋に油味噌を入れ、「悪くなっちゃうからこれも入れておくねぇ。サービスよ、サービス」と油味噌より大きいパックに入ったソーメンチャンプルーも袋に入れた。

「何が欲しいのさぁ」

 私の言葉を、菓子売りのおばぁがダルマおばぁに伝えてくれた。

 ダルマおばぁは笑顔で私を見上げ、わかったというように手を動かした。お願いしますと頭を下げたら、ダルマおばぁは道を渡って行った。

「野菜を取りに行くの。あんたが言うようなのは普段、ここでは売れないからねぇ」

「どうして?」

 菓子売りのおばぁはA棟のボスへ視線をむけた。

「まあ、いろいろあんのさぁ。これでもつまんで待ってなぁ」

 おばぁは蒸した紅芋を真四角に切ったものを差し出した。爪楊枝がささった芋を食べると、ブイヤベースのサラダに入っていた芋と同じ味がした。


「春樹くんのお母さん来たよー」

 黄色の幼稚園帽子をかぶった女の子が叫んだ。私を見つけて、春樹は笑顔になる。

「今日も楽しかった? お友達がいるって楽しいでしょう」

 春樹はうなずきながら外靴をひっくり返してたっぷりの砂を出した。

 先生方にさようならとお辞儀をしてから私の手をにぎる。まだ手をつないでくれる。あと一、二年もしたら恥ずかしがって人前で手をつながなくなるだろう。あっという間だ。やっと目の前のこどもとの付き合い方がわかってきたら、こどもは一歩先に進んでいる。

「大ちゃんは? これからお迎え?」

「そうだよ」

 春樹の幼稚園は高台にあるので眼下には海と家々、その合間に濃い緑が広がっている。

「津波が来たらここまで逃げればいいんだからね、お母さん。ここが待ち合わせ場所だよ。絶対に家に戻っちゃだめだよ」

 入園当初、毎日のように春樹は言っていた。周囲に高い建物はなく、東京の一般的な園庭の5倍以上の広さがある。

「お母さん、明日はどこで遊ぶの? 優美んち?」

 そうだ。明日は土曜日。保育園はいいけれど、幼稚園は預かってくれないんだ。

 どうしよう。春樹が喜ぶのは明の家だ。でも、理由を言わずに頼めるわけがない。

 他に誰もいない。東京にはファミリーサポート制度があった。親が仕事を休めないときは制度を利用して近くに住んでいるサポーターに有料で預かってもらうことができた。沖縄に同じような制度はあるのだろうか。

「お母さん、出発しないの? 大ちゃんのお迎えは」

 言われるままにエンジンをかける。春樹連れで店を開けたら「お母さん」「ちょっと待って」の繰り返しになるだろう。互いにいらいらするのは目に見えている。それにレストランに店員のこどもがうろうろしていたら、お客は落ち着いて料理を味わえない。

 なんとかしないと。今さら明日は無理ですなんて言えない。

 保育園に着き、春樹が大輔のいる教室まで走っていく。一階の教室では赤ちゃん組を抱いている保育士の姿があった。

 何か、何かヒントが。

 保育園用のバッグを私へ放り投げ、大輔と春樹は園庭にあるタイヤの馬飛びで遊び始めた。

 そうだ、と私はガジュマルの樹の下の日陰に入り、携帯のリダイヤルを押した。

「紗里ちゃん? どうしたの?」

 芽衣の声のすぐ横で赤ちゃんの泣く声が聞こえた。

「泣いているけれど、かけ直そうか?」

「平気、平気。緊急の用事?」

「緊急というかなんというか。明日からだとはりきっていたら、上の子の預け先がないことに気づいたの」

「春樹くんは幼稚園生だよね。明日は土曜日だから……、そうだねぇ」

 お母さん、こっち見て、と叫んでいる大輔に手を振る。

「うちに来てもらってもいいけれど、春ちゃんがつまらないよね」

「いや、その、芽衣ちゃんがよければ。あと」

 芽衣のこどもの名前を思いだせない。ツバサじゃないし、確か、海(かい)がついて。ああ、芽衣は春樹の名前を覚えていてくれたのに。

「紗里ちゃんの家の近くに学童はないの? こっちの学童は幼稚園生も行けるし、土曜日もやっているんだよ」

 学童、翼、サッカー、とつながった。

「あった、あった。いい学童があるらしい。ありがとう、芽衣ちゃん」

 電話のむこうで芽衣が笑った気配がした。

「明日、がんばってね。10時頃にパンとケーキは届けるからね」

 ありがとう、と電話を切り、遊んでいる二人に声をかけた。

 保育園から家まで車で10分、信号は三カ所だ。最後の信号がある交差点の手前、左側に『保育センター・一時保育随時受け入れ』と消えかかった字で書かれた看板があった。灰色に変色したコンクリートの平屋の建物があり、大きく張り出された屋根の下ではこども達が縄跳びをしたりサッカーをしたりしている。駐車場の一番端に車を停め、二人と手をつないで玄関へむかった。

「お母さん、どうしたの?」

「ごめん、春樹。あとでちゃんと説明するから、一緒に来て」

 入り口のドアは大きく開いていた。中では赤ちゃんから三歳くらいまでの子がブロックやままごとセットで遊んでいる。

 赤ちゃんクラスの先生に、

「上の子の一時保育をお願いしたいのですが」

 と、声かけたら、彼女は園長を呼んだ。

 赤のTシャツに赤のジャージをはき、団子に髪をまとめたおばぁが玄関横の小部屋から出てきた。、誰だ、あんた達は、という顔をしている。決して好意的ではない目にこれはダメかもしれないと思いながら、私は経緯を話した。

 赤ジャージのおばぁは目を細め、春樹と大輔を見つめた。春樹が私の後ろに隠れようとするのを押し出し、名前を言わせた。

「いいよぉ、連れておいでぇ。学童さんなら人数に余裕があるからねぇ」

 おばぁは春樹の頭をなぜ、最初に取り次いでくれた先生を呼んで横の部屋へ戻っていった。

「申し込み書はないんですか? 金額もまだ聞いていないのですが」

「一時保育は一日1500円。申し込み書はあとでいいから。お名前は? 何歳?」

 先生は屈んで春樹と目の高さを合わせた。

「藤丘春樹、五歳です」

「嫌いな食べ物はある?」

「ないです」

 若い先生だったら怖いと思わないのか、春樹はしっかりと答えた。

「この子はなんでも食べます。小さい頃から保育園に通っているので。本当にありがとうございます。よろしくお願いします」

 深く頭を下げてから建物を出た。スキップしたい気分だ。なんてラッキーなんだろう。簡単に入れた。しかも長い説明も申し込み書もない。

 学童の駐車場からは海とミネイマンションが見えた。18時を過ぎているのに空はまだ明るく、夕方という感じがしない。

「僕、あそこへ行くの? どうして? 知らない場所だよ」

「お母さんさ、土曜日も用事が入って春樹達といられないの」

 春樹が立ち止まり、うつむいた。

「明日は幼稚園がない日なのに。僕、あそこには行きたくない」

「でも行ってくれないとお母さんが困るから」

「なんで、どうして行かなきゃいけないの?」

 春樹の声に涙が混じっている。私は膝をついて春樹とむき合い、両手をつないだ。

「明日からお母さん、ブイヤベースのお店で働くの。お母さんが働かないと店はなくなってしまうから。お母さんがおいしいものをたくさん作って、お客さんに食べてもらって、喜んでもらおうと決めたの」

 春樹は黙っている。大輔は横で平べったい石を拾って重ねている。

「春樹、協力してくれるよね?」

「僕も、ブイヤベースへ行きたい」

「お母さんも春樹といたいけれど、店を開けるのは明日が初めてだから、春樹を連れていけない。ごめんね。明日はあそこの学童に行ってほしい」

「だって、誰も知らないんでしょ。お母さんといる。せっかく幼稚園がお休みなのに」

「お母さん、見て見て」

 春樹の声にかぶせるように大輔が言い、すごいすごい、と私は大輔の方を見ずに言った。

「お母さん、見てない。こんなに積んだのに」

「大ちゃん、待って。大事なお話をしているから」

 大輔が自分で積んだ石を蹴り、駐車場に石が飛び散った。

「何やっているの」

「お母さんがいけないんだから、お母さんが石を高くして」

 なんでさぁ、と言いながらも、ここで大輔に泣かれたら面倒なので適当に石を集めて積んでいく。春樹は地面に視線を落としたまま、微動だにしない。その横で大輔は蹴る真似を繰り返している。

「早くしないと、また蹴るよ」

「大ちゃんはどれだけえらいの。そうだ、春樹。蹴るといえばサッカーじゃん。ここに翼がいるかもしれないから来たんだった」

 翼さん、と消えそうな声で春樹がつぶやいた。

 再び三人で手をつなぎ、学童の入り口に立った。今度は最初から赤いジャージの園長が出てきた。

「幼稚園児? いっぱいいるよぉ。ユウジ、ハルカ、ツバサ」

 春樹が顔を上げた。

「翼は土曜日もここに来ますか?」

「お母さん、翼さん、だよ」

「来るさぁ。ツバサのとこは六人いるから、たいへんさぁ」

 翼は四番目、年子で下に弟と妹がいると園長のおばぁは話し続けた。

「僕、明日は翼さんと遊ぶ」

「こどもは友達と遊ぶのが一番さぁ」

 園長は私達を見送るでもなく、隣りの部屋へ戻っていった。

「見て、きれいなお花だよ」

 駐車場へ戻る途中で大輔が立ち止まった。柵の向こう側、園庭の隅にある花壇に、百合に似た赤や黄色の色鮮やかな花が咲いている。

「こんなにきれいなお花が咲いているところに通えて嬉しいね。サッカーの翼さんもいるしね」

「お母さん、あれは?」

 大輔が指さす方に白い物体が横たわっていた。四本の足、細長い角、目は閉じられている。

「山羊、だと思うけれど」

「山羊さんもいるの? にいに、いいなあ」 

 大輔の横で食い入るように山羊を見つめる春樹の顔から涙が消えていた。


 一分の休憩もなかった。

 時計を見るたびに一時間ずつ経っていく。

 12時5分前に『Bouillabaisse』の看板を持って外へ出る。ひさしの下にいた猫たちが面倒そうに軀を起こし、『平和食堂』へ歩いていく。今日も太陽が強い光を放ち、ゆるい風はあるのに淀んだ空気は流れていかない。古い建物から錆が発酵したのような匂いが漂い、洋服の防虫剤の香りが混じっている。隣りの衣料品店ではおばぁがテレビを見ている。茶髪のソバージュで、顔を白く塗り、しっかりと口紅をつけている。おばぁに会釈をした。おばぁはこちらへ目をむけたが、すぐにテレビに顔を戻した。韓国ドラマのようだ。

 私は小さく息を吐き、ブイヤベースに戻ってドアと窓を閉めて冷房をつけた。客は来るのだろうか。たくさん来ても困るし来なくても困るし。

「今日もやってないのか」

 ドアを開け、大家のおばぁが杖をついて立っていた。おばぁは白いブラウスにもんぺのような紺色のずぼんを着ている。

「やっていますよ。今日からちゃんと店を開けています」

 おばぁが通りやすいようにドアを押さえる。

「お前が料理するのか」

「そうです」

 おばぁは杖をつきながら店へ入り、奥のテーブル席へと一歩一歩進む。杖を横に立てかけ、大人が四人座れる席に堂々と一人で座った。

「なんか食べれるもんあんのか?」

「前と同じメニューがあります。何にしますか」

「家では肉、外では魚さぁ。魚汁(イユジル)、できんのか?」

「魚汁ってブイヤベースのことですか?」

 おばぁは紫の長財布から千円札と五百円玉をテーブルに出した。

「食後のお飲み物は何にしますか」

「はあ?」

「珈琲? 紅茶? ジュース?」

「珈琲にきまっとる」

 おばぁは言い、お金を押しだした。受けとるべきか迷ったが、食事を出してからにしようと思い、テーブルにお金を置いたまま厨房へ戻った。記念すべき初めてのお客は上原のおばぁということになった。縁起が良いのか悪いのかわからない。

 野菜庫を開け、蒸した紫芋とかぼちゃを角切りにしたものを葉野菜の上に散らし、新タマネギを使ったドレッシングをかけた。全てダルマおばぁから買った野菜だ。

 サラダとパンを出したあと、おばぁからは見えないように厨房から様子を窺った。ハード系の固いパンをおばぁは噛み切れるかと心配したが、おばぁはサラダもパンも黙々と食べている。

 いよいよブイヤベースの出番だ。一真から受けとった魚はどれも身に張りがあった。昨日の一真の包丁捌きを思いだしながらスープを仕上げ、最後に乾燥バジルを振る。鍋の端から一口分スプーンに取る。大丈夫、昨日作ったものより、ずっとおいしくできている。

 おばぁの前に皿を置いた。テーブルから離れようとしたら、珈琲、とおばぁが言った。

「珈琲? 今、持ってきますか?」

 おばぁはうなずき、スプーンを持った。厨房に戻ってケトルに湯をわかし、豆を挽きながらおばぁの様子を見る。ブイヤベースを食べているおばぁの表情に変化はない。

 入り口のドアが開き、若い男女が店に入ってきた。目をあわせ、いらっしゃいませと声をかける。二人は奥に座る上原のおばぁに視線をむけてから、入り口に最も近い窓際のベンチシートに女性が、観光雑誌を持った男性は手前の椅子に座った。

「おい、珈琲はまだかぁ」

 二人に水を出しているときにおばぁが言った。

「すみません。今淹れます」

 急いで豆の残りを挽く。珈琲を落とすのに3分、おばぁに出すまで5分、他のことはできない。二人の注文を受け、サラダとパンを用意したい。コーヒーメーカーが目に入る。新里さんはあれで珈琲を入れていた。ハンドドリップで落としたほうがおいしい、はずだ。でも、おばぁに違いはわかるのだろうか。それより今、他のお客様が来たら。三人組、四人組だったら。ハンドドリップで入れている時間はない。

 挽いた豆をコーヒーメーカーに入れ、スイッチを押した。窓際にいる女性がこちらに視線をむけた。機械で珈琲を入れる店か、と思っているのかもしれない。私が客なら、それだけで店の評価を下げる。

 珈琲をテーブルに置いたら、おばぁはスープ皿を押しだした。皿の中には魚と貝、スープが半分以上残っている。

「もう、下げてもいいですか?」

 おばぁはテーブルにあったお金を皿の横に並べた。

 ありがとうございます、と小声で言い、お金をエプロンのポケットへ入れる。他の客の料理を作っている間におばぁは帰っていった。

 その後、若い観光客が二組、沖縄に住んでいるであろう奥様の四人組が来店し、全てのお客が帰ったのは三時半だった。厨房の流しには使い終わった鍋やフライパンが、カウンターの内側の流しには皿やコップが重ねられている。洗って拭いて元通りに仕舞ったら仕事が終わる。けれど、膝から下の感覚が麻痺している。座りたい、休ませてと言っている。

 よいしょっと声をだしてカウンター席に座った。流しから離れてしまったら二度と戻れない気がした。

 あぁ、甘いものが食べたい。芽衣が作ったケーキは琉球紅茶の茶葉入りシフォンケーキだ。生クリームをたっぷりつけて、おいしい珈琲を淹れて。

 けれど一人分、しかも自分の分を用意するためだけに立ち上がる元気はない。 

 しかし、ここで頬杖をつき、ため息をついてはいけない。お迎えの時間は決まっている。やるべきことを素早くやらなければ。椅子の上で右、左と腰をひねった。2回、3回、4回目に窓から覗いている一真と目があった。

「なんだなんだ、この店は。土曜日なのに客がいないさぁ」

「来ましたよ。みんな食べ終わって帰りました」

 立ち上がり、入り口のドアを開けた。

「紗里ちゃん、気合い入ってるな」

 一真は顎で私の顔をさし、窓から二つ目のベンチシートに座った。

「髪を一つに結っているからかな。ええと、一真さんもTシャツ短パンで」

「無理に褒めなくていいよ。どうだった?」 

 どうもこうも、と私はカウンターの内側に立った。

「ケーキある?」

「芽衣ちゃんのおいしいケーキがあります」

 やっとゆっくり珈琲を入れられる、と思いながら豆を挽き始める。

「やばいくらいの珈琲シュウだな」

「珈琲の香り、でしょ。珈琲シュウって初めて聞いた」

「で、客の反応は」

「男性のお客様以外、みんなブイヤベースだった。だいたい残さず食べてくれたし、おいしいとも言われたよ。50代の女性が会計のときに新里さんのことを訊いてきたから研修中ですって答えた」

「今頃、なんの研修をしているんだか」

「開店と同時に上原のおばぁが来たの。ちゃんとお金を払って食べてくれたけど、おばぁだけはブイヤベースを半分くらい残していた」

「お前、上原のおばぁ、苦手だろ」

 私は珈琲を落としていた手を止めた。

「苦手というか、大家だしお客様だし」

「雑貨店のおばぁも苦手だろ」

「苦手じゃないって。沖縄のおばぁはむこうからどんどん来て、話が通じないから。私、祖父や祖母と一緒に暮らしていなかったし」

「本当、負けず嫌いだな。そういうのが苦手っていうんだよ」

「それより作った料理を残されるのが……。新里さんのときも残していた?」

 わかんねぇ、と一真は即答した。

「今日のブイヤベースを味見してみる?」

「いい。お前が慣れたら食べるわ」

 ケーキを二人分盛りつけ、珈琲とともに一真の前に置いた。

 私はカウンター席に座り、生クリームなしでケーキだけを食べて珈琲を飲んだ。優しい甘さが口の中に広がり、珈琲が甘さを中和してくれる。

「幸せなんだけど、俺。うまい珈琲とケーキ。これだったら明日も来たくなる。他では味わえないしな」

 彼は春樹達がおやつを食べているときと同じ顔をしている。

「でも沖縄の人はお茶だけではお店に行かないんだよ。車に乗って時間をかけて来るから、しっかりとしたものを食べたいんだよね」

「なるほどな」

 まだまだ遠い。今日のお客は今日の味で店を判断する。誰も明日まで待ってくれない。

「負けず嫌い魂に火が点いた?」

「なんで?」

「目が真剣だからさあ。はい、勘定。足りる?」

 一真は席を立って小銭をトレーに置いた。

「もう帰るんだ」

 目があい、空気が固まった。

「今日は早くない?」

 取り消すように早口でつけ足す。

「食べたら帰るさぁ。じゃ、な」

 一真はドアを開け、右手を上げた。

「さっきの、そういう意味じゃないから」

 終わりまで聞かずに、彼は店から出ていった。三角屋根の下にあるテーブルに寝そべっている猫をなぜている。隣りの衣料品店から白塗りのおばぁが出てきて、笑顔で一真と言葉を交わした。16時を過ぎている。急いで片付けて二人を迎えに行かなければいけない。自分のケーキ皿と一真のを重ねた。でも16時はまだ営業時間内だ。もしこれからお客が来たら帰るのは何時になるのだろう。

「ちょっとあんた」

白塗りおばぁが窓のむこう側に立っていた。

「トイレが壊れたから市役所に電話して」

 皿をカウンターに置き、ポケットから携帯を取り出す。

「私、市役所の番号がわかりません」

 おばぁは大きくため息をつき、こっち来て、とトイレの方を目でさした。ブイヤベースの二つ隣りが市場共有のトイレになっている。市役所のシルバー人材派遣センターから毎朝おばぁ達が来て掃除してくれているが、決してきれいとは言えない。しかも、いつもトイレットペーパーがない。補充分を置いておくと盗まれるから朝に一つ付けておくと清掃のおばぁは言っていたが、ペーパーが付いていたことはない。壁や天井にはひびが入り、こすっても取れない黒ずみがそこかしこに付いている。個室のドアは閉まりが悪く、おばぁ達はトイレットペーパーを流さずにバケツに入れておくこともあるから匂いもする。できることなら使いたくないトイレだ。

「ここが流れないのさぁ。あんた見てよ」

 白塗りおばぁは真中の個室を開けた。流れていないペーパーが山となっている。

「隣りは流れるんですか?」

 トイレの入り口に立っているおばぁは肩をすくめた。隣りはどちらも水が流れる。私は流れないトイレのタンクを覗いた。真黒なタンクを想像していたが中はきちんと磨かれていた。

「水が溜まっていないからだと思います。バケツはありますか?」

 おばぁは手洗い場にかかっているホースを指さした。私はホースを蛇口につなぎ、タンクまで引張った。

「前から直してって言っているのに、役所はどうせ取壊すからって何もしないの」

「取壊しって市場の? 決まっているんですか?」

 タンクに水を溜めていく。が、タンクの下から水がポタポタと漏れている。

「あんたが生まれた頃から建替え、取壊しって話は出ているのよ」

「そんな前から」

「トイレの壁は私達でペンキを塗ったのよぉ。ドアだって通り会で付け替えたんだから。あんたの店も通り会に入っているから次の会合には出て、トイレのことを市役所の連中に言ってよ。あの人達、はいはい言うだけで全然やらないんだから。住民のことを一番に考えてくれるマコトさんが市長選に通ってくれたら変わるんだろうけどねぇ。でも通らないのよねぇ」

 レバーを傾けると水が勢い良く流れ、ペーパー類も排水路に吸い込まれていった。

「あの、どうして私が言わないと」

 振りむいたら、おばぁの姿はなかった。


 春樹がリュックに絵を描くセットや積み木、レゴを入れている。

「朝から優美んちで遊ぶんだよね。約束したよね」

「まだ七時半だから」

 私は台所で屈み、下の棚に置いてある料理の本を見ていた。今日の休みは二人を連れて店へ行き、ブイヤベースの研究や、使いやすくなるように厨房の配置換えをしようと思っていた。しかも明の家は今、最も避けたい場所だ。

「こんなに早くに遊びに行ったら迷惑だよ」

「早くないよ。太陽も出ているし」

 春樹はリュックの紐を締めて立ちあがった。

「早いんだって。人のうちの都合も考えない春樹くんはもう遊びに来ないでって言われてもいいの?」

「じゃあ、何時ならいいの?」

 春樹は焦れたような目をしている。昨日は丸一日、慣れない学童で過ごした。トイレ事件で迎えは遅くなり、どうだった? と訊いたら、うん、とだけ答えた。

 私は膝をついたまま、リュックを背負った春樹を抱きしめる。

「お母さん、もう。いつならいいのって訊いているじゃん」

「家のことをやったら、でいい?」

「家のことって?」

「洗濯干しとか掃除とか」 

「僕も手伝うよ」

 春樹は私の腕から離れ、ベランダへ出た。ミネイマンションでは洗濯機はベランダに置くことになっている。

「お母さん、今日の海は真っ青だよ。見て見て」

 私は海に背をむけて洗濯物を取り出していた。

「お母さん、すぐに見てったら」

「待ってよ。洗濯干しをやっちゃうんじゃないの」

「ねえ、色が変わっちゃうから早く」

 もう、と言いながら、私は手摺に寄りかかっている春樹の隣に立った。

「本当だね。今日の海もきれい」

「ねえ、お母さん。どうしてこんな色になるのかな」

 どうしてかねえ、と言葉を返す。そういえば大輔はまだ起きてこない。やっぱり月曜日から土曜日までびっちりと保育園にいるのは疲れるのだろうか。

「わかった、僕わかったよ」春樹が手を引張った。「聞いていないでしょ。もう、いつもそうなんだから」

「聞いているよ。何がわかったの?」

「海の色は空の色なんだよ。空を見てから海を見て」

 春樹の言う通りにする。雲一つない薄い青色をした空、海の色。地平線がなかったら境がわからないくらい同じ色だ。海が空を映している。

「ね、鏡みたいでしょ? 僕、すごい?」

 夕陽が沈むときに海は赤い色をしていただろうか。曇っているときは白い海だったろうか。思いだせない。毎日、見ているのに、見えていない。

「僕、すごいでしょ。お母さん」

「すごい、すごい」

「お母さん、ちゃんと僕を見て」

 春樹と目をあわせる。こどものことも見ているつもりでも、見えていないのかもしれない。一真がそんなことを言っていたような気がする。

「お母さん、僕のことが好き? 大ちゃんより僕のことが好きだよね?」

 あぁ、こどもは目の前のことに100%だ。100%見ているし、見てもらいたい。愛情も100%を求める。

「春樹が大好きだよ。抱っこしようか?」

 手をだすと、春樹はわずかに首をかしげた。

「いい。洗濯物を早く干して優美のうちへ行く」


 料理の本と試験用の勉強道具を入れた鞄を持って車を降りた。

 おそるおそる玄関の扉を開けると、明は上半身裸に短パン姿で歩き回っていた。部屋には珈琲の香りが漂っている。台所に立っていた雅子さんが振りむき、カールが揺れた。

「メールしようと思っていたところ。明が海へ行こうって。一度帰って水着の用意をしてきて」

「海?」

「潮の関係でもう出発するって。春ちゃん達を置いていっていいから必要な荷物を取ってきて」

 車を降りていた春樹が、海だぁ、と私の後ろで歓声をあげた。

「勉強しろって言っていたのにねぇ」

 雅子さんが言い、

「こどもといるときは集中できないだろ。オンとオフをしっかり分けるのが大事なんだよ」

 明の声は寝室から聞こえてきた。私は春樹を促して玄関から出る。

「お母さんは一回おうちに帰って荷物を持ってくるから、家には入らないで、外で遊んでいてね」

「ええー、優美と部屋でかくれんぼしたいのに」

 私は屈んで春樹と目をあわせた。ブイヤベースをやることを明や優美に言わないでと言うべきか。口止めしたら、なんでなんで攻撃が始まってやぶへびになるだろうか。

「海に持っていってもいい?」

 ボールを持った大輔が玄関の階段を昇ってきた。もし明達にブイヤベースのことがばれたら海どころではなくなる。

「家の中を汚すと雅子さんが困るでしょ。こんな良い天気ならこどもは外で遊ぶの」

 優美とその下の亮太がちょうど玄関から出てきた。

「一緒に外で遊んで待っていてね。優美ちゃん、よろしくね」

 私は逃げるように自分の車に乗った。


 8人乗りのワゴン車に大人3人とこども5人が乗り込んだ。高速道路にのり、一時間以上かかるホテルのプライベートビーチへむかう。航空会社のCMにも使われたこともあるビーチは白い砂浜が広がり、波一つない穏やかな海はマリンブルーだ。これぞ沖縄の海というイメージ通りの場所にこども達は歓声をあげた。

 駐車場、ビーチパラソル、リクライニングチェアの料は全て明が払った。半分出すからと言っても、明は受けとらない。昔からそうだ。外食しても、明の家でご馳走になっても、明は私からお金を受けとらない。

「俺がこども達を見ていてやるから二人でお茶してこいよ。雅子はここのカフェが好きなんだろ」

 雅子さんは嬉しそうに微笑み、私の腕をとった。

「明兄、一人で平気?」

「監視員もいるし、優美もいるし、問題ないって」

「ごめんね」

 明は私の頭を軽くたたいた。

「そんな申し訳なさそうな顔をすんなよ。雅子みたいに素直に喜べばいいって」

 むっちりとした身体にワンピース型の水着を着ている二歳の夏美を抱き、明は海へ歩いていった。その後ろを浮き輪をつけた優美と男子3人が続く。

 ホテルの中は強く冷房がかかっていた。雅子さんは長袖の真白なカーデガンを羽織り、私は古くなったパーカーに袖を通した。

「ここの黒糖ちんぴんや黒糖ロールケーキが美味しいのよ」

 高い天井の店内にテーブルと椅子、ソファが広い間隔を開けて置かれている。雅子さんは迷うことなくソファ席に座った。窓から明やこども達が遊んでいるのが見えた。

「明兄、優しいね」

「喧嘩したから仲直りのつもりなんじゃない」雅子さんは軽く笑った。「いろいろとあるのよ。こどもの教育のこととか」

 店員がワゴンを押して私達の横に止まり、皿と飲み物を置いた。私の前に置かれたグリーンの皿には焦茶色の美しい焼き色がついたちんぴんが三本、美しく盛られ、横にはナイフとフォークが並べられた。これで600円。市場のおばぁの店で買えば3倍以上の量で230円だ。もちろん場所代は入っていないし、味も材料も異なるけれど。

「紗里ちゃん、レストランは? 髭のコックからは連絡なし?」

 私は口元を手で押さえた。ちんぴんを飲みこみ、温かいほうじ茶を飲む。

「連絡はないよ」

 嘘は言っていない、と心でつぶやく。

 ふうん、と雅子さんはロールケーキをフォークで切り分けた。

「本当は、お店をやりたかったんでしょ」

「どうして……」

「見ていればわかるわよ。でも、あんな辺鄙なところにあるレストランで働いたら、こういうところに来られなくなるわよ。うちだって明が毎日働いてくれるから贅沢できるわけだし。沖縄の平均月給って知っている? 朝から晩まで働いて手取り10万、15万なんてざらよ」

 雅子さんはケーキを食べ、私の方へ身を乗りだした。

「糸満公設市場について調べたの。取壊しや建替えの話は20年以上前から出ていて、話が進みそうになると市場の店主達が文句を言ったり、市長が変わったりして頓挫してきたんだって。以前はレストランの二階も住居だったのよね」

「今は立ち入り禁止になっているけれど」

「あの市場、お客が少ないでしょ。建替えになったら建替え中の保証や建替え後の家賃問題でもめるから、今の市長は建替えではなくて取壊しをする方向で話を進めているって。近くに大型スーパーもできたしね」

「もし取壊しになるとしたら、いつかな?」

「早くて今年度末だから来年の三月か四月だと思う。あと九ヶ月ね」

 市場で働くおばぁ達は知っているのだろうか。昭和から時が止まったままの、古くて汚くて、海風は流れているのに空気が淀んでいる市場。

 光り輝くナイフとフォークを使い、均等に焼かれたちんぴんを切った。食べる前からわかっていた。甘過ぎず、しつこくなく、上品な味。市場とは正反対の味。

「未来がない場所の話は終わりにして、次は紗里ちゃんのことね。どうしてもレストランをやりたいならいい手があるわよ」

 雅子さんはカップを持ち、珈琲を口にふくんだ。

「結婚すればいいのよ。だんなにちゃんとした固定収入があれば、好きなことができる」

「また結婚?」

「またって」

 雅子さんはおかしそうに笑った。

「今の私にとって、結婚はすごく遠いところにあるけれど」

 こどもなしで北部へドライブしようと言った一真。一真に結婚という言葉は似合わない。新里さんだって結婚していなかった。だから行きたいところへ行けたのかもしれない。 

「そうは言っていても紗里ちゃんは女として今が最後の売り時なんだって。こどもを可愛がってくれて良さそうな人を探さないと。紗里ちゃんだってずっと一人でいるつもりじゃないんでしょ」

「あまり、考えていないけれど」

「右手に春くん、左手に大ちゃんだから、二人がもう少し大きくならないとねぇ。でも、余裕ができるのを待っていたら40歳を過ぎるでしょ。そしたら、こどもは思春期、反抗期だし、再婚は無理かもね」

 お母さぁん、と今は言ってくる二人も、ばばぁ金よこせ、などと言うのだろうか。年齢を重ね、やせ細り腰は曲がり、ほつれ髪の自分は、そんなお金はないよと言い返し、こども達に突き飛ばされたり蹴られたりする。かなり悲惨な状況だ。

「見て、みんなでバナナボートに乗るみたいよ。地元なのに観光客っぽく遊んじゃって」

「安くないのに、うちの子達もいいのかな」

「いいって。任せたんだからさ。私達はこどもがいない貴重な時間を楽しまないと。珈琲、紗里ちゃんも飲むでしょ」  

 黄色いライフジャケットを着ている大輔が前に座る春樹にしっかりと抱きついている。いつまでも可愛いままでいて、と強く願う。


 月曜日。春樹を幼稚園に、大輔を保育園へ送ってブイヤベースへ行く。

 ダルマおばぁに野菜を頼み、待っている間に菓子売りの細いおばぁへ市場の取壊しについて尋ねた。おばぁは知らんと言い、それより菓子でも何でも買えとしつこく言ってきた。毎度のことになったら面倒だと思い、私は首を横に振り続けた。

 魚の下処理の仕方、野菜の切り方、煮込む時間、塩やオイルの量、少しずつ変えてみる。どれもそれなりにおいしくできる。けれど、新里さんのブイヤベースとは違う。揚げ物をしていたら食べる前にお腹がいっぱいになるように、自分が作っているブイヤベースだからそう感じるのだろうか。

 15時を過ぎ、厨房から出て、箒と雑巾を持って客席の掃除をした。自分が行くなら、もちろん清潔なレストランがいい。店から海は見えないし、緑で囲まれていたり、外人住宅を使っていたりとお洒落な立地でもない。窓から見えるのは錆びたシャッター、緑色のカビに覆われたコンクリートの壁、元は何色だったか判別できないトタン屋根だ。店の中は別空間にしたいと思いながら机や椅子を拭いていたら、胸にカメラを下げた数人の男性がトタン屋根の下に集まっているのが見えた。

「中に入って市場を撮ってもいいですか?」

 望遠レンズの付いたカメラを手に持った男性がドアを開けた。

「糸満市のカメラサークルの者です。よく撮りにくるんですよ」

「この市場を?」

「那覇の公設市場みたいに、観光客目当てでギラギラしているのはどうもねぇ」

 男性は中へ入り、窓を開けて三角屋根の方へ望遠レンズを構えた。幾度もシャッターを押している。

「糸満の隠れスポットを紹介しているんです。平和記念公園やひめゆりの塔などの戦跡だけでなく、糸満には知られざる名所がけっこうあるんですよ」

「あの、ここが取壊される可能性があることをご存知ですか?」

「古いからなぁ。でも、取壊しはもったいないなぁ」

 店内も数枚撮り、男性は店から出ていった。彼にとって市場の取壊しは他人事だ。ここがなくなったら寂しいと思うかもしれないけれど、彼は困らない。それを言ったら、この市場がなくなって困る人はいるのだろうか。お客は近隣のスーパーへ行けばいい。市場のおばぁ達も暮しに困っているようではなさそうだし。

 カメラマン達がいなくなり、人の姿は一人も見えなくなった。視界で動くものは我が物顔で歩く茶と白の太ったボス猫と、ゆるやかな風に葉を揺らす椰子のような背の高い木だけだ。

 カトラリーを準備し、一週間の仕事の確認をしていたらこども達の迎えの時間になった。鍵を締め、シャッターを降ろす。このままシャッターが上がらなくてもなんの不思議もない。そしたら私は勉強に集中できる。

 でも、と駐車場から市場を眺める。

 ブイヤベースや市場がなくなったら新里さんは悲しむだろう。一真も、たぶん。そういえば今日、彼は珈琲を飲みに来なかった。


 火曜日。近所に住んでいる与那嶺さんが来た。ハンチング帽子をかぶり、襟があるシャツを着て革のポーチを持っている与那嶺さんは、他の常連客から「ジェントルマン」と呼ばれている。退職し、新里さんがいた時は、三日に一回はブイヤベースに通っていた。どうしたら市場を活性化できるか、市役所の人と熱く語っているのを見たこともある。

 与那嶺さんはパン、サラダ、ブイヤベース、珈琲ときれいに食べてくれた。

「前にここで会ったよね。料理が上手なんだね」

 与那嶺さんは革のポーチから財布をだした。他のお客がいたからか、私が厨房に立っていることについて尋ねてこない。さすがジェントルマンだ。

「ありがとうございます」

 笑顔をつくり、お釣りを渡した。

「新里くんは?」

 さりげない言い方だった。けれど、残念に思っているのが伝わってきた。わかっている。ブイヤベースが前と違う味だからだ。

「また、いらしてください」

 与那嶺さんの白いシャツの襟を見ながら言った。それが精一杯で、市場の今後について聞く余裕はなかった。

 

 水曜日。開店と同時に上原のおばぁが来て前回と同じように注文した。

 食後の珈琲を運部と、スープ皿とお金を一緒に押しだしてきた。皿の中には魚や貝が半分ずつ、スープのほとんどが残っている。

「スープの味は、どうでしたか」

 おばぁは私を見上げ、「ミルクと砂糖を持ってこい」と言い、あっちへ行けというように手を払った。

「あの、市場が取壊されると聞いたんですが本当ですか?」

「知らん」

 おばぁはそっぽを向き、珈琲を飲み終ったらいつものように市場の様子を気にしながら帰っていった。

 おばぁが残した皿の中身をシンクのゴミ箱へ一気に捨て、勢よく皿に水を流した。せっかく時間をかけて料理をしたのに。ブイヤベース用に用意してもらった魚なのに。こうして捨てられるのだったら海で自由に泳いでいたかったはずだ。

 お客が全員帰り、時計を見ると15時半を過ぎていた。洗い物を始めようとスポンジに洗剤をつけたとき、「まだ食べるものある?」とみち子さんが店へ入ってきた。彼女も与那嶺さんと同様に昔からの常連客で、総合病院に勤めるベテランの看護士だ。以前、私が一人でブイヤベースを食べていたら話しかけてきた。日勤や夜勤があるのでブイヤベースに食べにくる時間や曜日は決まっていないけれど一週間に一度はこの店に来ているのよ、と言っていた。

 カウンターに座ったみち子さんは、私に店をやることになった経緯を尋ねてきた。患者に病状を聞くときのように丁寧に相槌を打ってくれるので、気づいたら離婚した経緯まで話していた。

「新里くんが作るのと味が違うわね。こっちもおいしいけれど」

 ブイヤベースを半分食べた後にみち子さんは言った。

 けれど、なんですか? 言葉を飲み込む。答えは自分が一番わかっている。

「ねえねえ、あなた。カズくんが教えてくれたんだけれど、珈琲をおいしくいれられるんでしょ。私のスイートポイズンは珈琲なの」

 みち子さんはにっこりと笑った。

「ちょっと身体に悪くて、でも美味しくて止められないもの。人生にはそういう楽しみが必要でしょ」

 患者はきっとこの笑顔を見て癒されるのだろう。私は二人分の豆を挽き、カズとは一真さんのことか、と考えながら珈琲を淹れる。

「今日のケーキは?」

「ティラミスです。濃厚なマスカルポーネと珈琲はすごく合いますよ」

 白いカップではなく、グレーの陶器に珈琲を入れた。ケーキは真白な丸い皿に芽衣が作ったドラゴンフルーツの甘酸っぱいソースを添え、最後にココアパウダーを振って盛りつけた。

「素敵。きれいで食べるのがもったいない」

 今までの褒め言葉とは違い、心から感嘆した声と表情だ。嬉しいけれど、素直に喜べない。

「こんなにおいしい珈琲はなかなか飲めないわ」

「ありがとうございます」

 でも、この店はブイヤベースで勝負をしなくてはいけないんです。

「それで、新里くんはいつ帰ってくるの?」

 帰って来ない可能性が高いんです。みち子さん、お知り合いでレストランをやりたい人はいませんか? 

 尋ねることなんてできない。

 なら、あなたはなんでそこにいるの? と訊き返された答えられない。

 自分が客だったら、中途半端な人にお金を払いたくない。

「紗里ちゃんは今日の夜、予定がある?」

「夜はこどもとご飯を食べて、お風呂に入って、絵本を読むくらいですけれど」

「あなたにも関係あるからぜひ来て」

 みち子さんが鞄から出したちらしには、『国際通りフリフリデモ・基地も原発もいらない』と書いてあった。

「デモはちょっと……。こどもがいるので」

「物々しい感じじゃなくて20人くらいで楽しく歩くだけだから。自分達で明るい音楽を鳴らしながらね。新里くんも毎回来てくれたのよ」

 みち子さんは首を傾けて笑顔を見せた。ここで断ったらどうなるのだろう。もう店に来てもらえなくなるのかもしれない。

「何でもいいから音を鳴らす物を持ってきてね」

 私はちらしを見ながらうなずいた。


 国際通りの入り口、県庁前にウサギの耳をつけたみち子さんがいた。隣りにはサンタの服装を着たみち子さんと同年代の女性が立っている。

「紗里ちゃんのこども達、手作りのパーランクーを持ってきてくれたの?」

 みち子さんの視線から逃れるように、春樹は私の後ろに隠れた。パーランクーというのは、沖縄の伝統芸能であるエイサーのときに使われる直系30センチの平たい太鼓のことだ。

「幼稚園や保育園で作ったものですけど」

「いいのいいの。紗里ちゃんもどれかつけて」

 ビニールシートの上には、みち子さんと同じピンク色のウサギの耳、犬の耳、電飾で光るヘアバンドなどが置いてある。

「お母さん、この絵本はさわってもいいの?」

 サンタ服の女性が春樹に『ふたりはいつもともだち』という絵本を渡した。

「きれいな絵でしょう。ジュゴンのセレナが出てくるの。このデモではね、ジュゴンが住んでいる辺野古の海を守ろうって皆に呼びかけているのよ」

「カメさんもいる。お母さん、読んで」

 私は最も無難そうな犬の耳を選んだ。

「読んで読んで。僕、ジュゴンや辺野古って知らないし」

 春樹が絵本を差し出してきた。私達以外にデモに参加しそうな人は集まっていない。ここでもう少し待つのかもしれない。読もうか、と絵本に手を伸ばしたとき、「お母さん、トイレ」と大輔が股を押さえながら言った。

「トイレはあそこなの」

 サンタ服の女性は広場のむこう側に建っているビルを指さした。

「お母さん、大ちゃんと行ってくるけれど春樹も行っておく?」

「いい。僕はここで待っているよ」

「一人で平気?」

「大丈夫」

「早くお母さん、もれちゃうよ」

「春樹、絶対にここから動かないでね」

 わかった、と春樹は絵本をめくった。みち子さん達に声をかけ、春樹が知らない場所で一人で待つなんてめずらしいと思いながら、もれるもれると騒ぐ大輔を抱いて走った。

 19時ちょうど、サンタ服の女性の合図で出発した。

「基地はいらない。原発いらない。ちゅら海、こどもを守りたい」

 みち子さんがハンドメガホンを、サンタ服の女性が大人用のパーランクーを持ち、二人でリズムよく声を出す。私と同年代の女性が三人、高校生らしき男の子が二人、小学生のこどもがいる家族、年配の夫婦がみち子さん達のコールを繰り返す。春樹と大輔は飲食店や土産物屋が連なる国際通りの賑やかさに目を奪われ、あれ何? を繰り返している。本物の豚の顔だよ、珊瑚を使ったアクセサリーだよ、こどもの質問に答えることで私はコールを言うのを避けていた。

 どんな目で見られているのだろう。基地はわかるけれど、原発のない沖縄で原発いらないと叫んでどれだけの意味があるのだろう。

 折り返し地点に来て一行は立ち止まった。サンタ服の女性がハンドメガホンを使って話しだした。

「沖縄の電気は火力発電で作られています。しかし私達は原発維持のために毎月お金を払わされているのです。電気使用料金の明細書を見てください。電源開発促進税とあります」

 抱っこ、と大輔が手を伸ばしてきた。太鼓を春樹に持たせて大輔を抱く。大輔は私の犬の耳をさわっている。

「九州電力に問い合わせたところ、促進税は安定した電力維持のために使っていると説明されました。原発維持のためには使用されていないんですね? と尋ねたら、使用していないとは言いきれない、と彼らは言いました。今回の福島の事故で原発は安全でもないし、安価でもないことがわかっています。原発のない沖縄へ移住してきた人も多くいます。今日はその中の一人、藤丘さんがフリフリデモに初めて参加してくださっています。藤丘さん、どうぞ」

「紗里ちゃん、一言お願い」

 みち子さんが振り返った。待って待って、事前に何も聞いていない。

「お母さん、呼ばれているよ。お母さん」

 春樹が袖を引張り、

「お母さんの出番だってぇ」

 抱かれている大輔の目がなぜかキラキラと光っている。

「藤丘さんは三ヶ月前に東京から移住してきたそうです。原発への考えを聞かせてください」

 一緒に歩いてきた人達の目が私へ注がれている。

 行かないわけにはいかない。

 私は大輔を抱いたまま、彼らの間を塗ってサンタ服の女性の方へと歩いた。すぐにハンドメガホンが渡される。

「藤丘紗里です。ええと、私は東京から」

「紗里ちゃん、短くていいから」

 横でみち子さんがささやく。

「あの、原発は、放射能は怖いのに、目に見えなくて、目に見えないことが何より怖かったです。基地は目に見えます。だからどうだって言うわけではないのですが、でも、安全に、平和に、食べるものの心配をせずに、こども達と楽しく暮らすのが私の願いです」

 拍手、とみち子さんが手を叩き、他の人達が拍手をしてくれた。大輔がメガホンをさわって耳障りなサイレン音が響き、道行く人が私達の方へ視線をむけた。慌てて止める。お約束だね、とみち子さんが笑った。

「藤丘さんは現在、糸満漁港の近くでブイヤベースというレストランをやっています。みなさん、ぜひ一度食べに行ってください」

 サンタ服の女性が言い、

「沖縄の魚と野菜を使っています」

 私は地声で付け足した。

 来た道を戻っていく。観光客、呼び込みをしている店員が手を振ってくれている。がんばって、と言ってくれるおばちゃんもいる。他の人よりも、私への声かけが多い気がする。大輔を抱いているからかもしれない。ちゅら海、こどもを守りたい、とこどもの春樹が大声を出しているからかもしれない。ちらしを受けとってもらえると嬉しい。温かい目で私達を見てくれるだけで嬉しい。だんだんと声を出せるようになってきたとき、「お母さん、トイレしたい」と春樹が言った。

「今? あと少しで最初のところに戻るから我慢できない?」

「もう漏れそう」

 春樹は涙目になっている。どうしてさっき、と言うのを堪え、近くの土産物屋に三人で飛び込んだ。


 木曜日。店を開けて四日目。

 朝ご飯にパンが食べたい、僕のズボンは走ると落ちる、大ちゃんが大事なものを取った、と春樹は朝から文句ばかりだ。昨日のデモで疲れているのかもしれない。こういう日は自分がキレないように要注意、と思いながら朝の家事をする。

 毎朝、今日こそは早めに迎えに行こうと思う。

 でも、店の厨房に立っていると明日のためにあれもやっておこう、これもやっていこうと思いつく。帰る時間が30分、また30分と遅くなっていく。

 大輔の保育園へ先に迎えに行く。沖縄の六月の陽は長く、19時前でもまだ明るいけれど、園庭で遊んでいるこどもは数人しかいない。大輔は園庭の砂場で一人、砂遊びをしていた。

 大ちゃん、と声をかけたら、ぱっと顔を上げて勢よく走ってきて抱きついてくる。

 ごめんね、遅くなって。もっと早く来たかったのだけれど

 言葉を飲み込む。もっと早く来ようと思えば来られる。この時間に迎えに来ることを選んでいるのは自分だ。

「お母さんの、世界で一番好きな大ちゃん」

 強く抱きしめると大輔はえくぼを見せた。三歳の、こんなにかわいい時期は今しかないのに。

 春樹は学童の大部屋でパズルをしていた。他には小学生の女の子が一人いるだけだ。

 春樹は私の顔を見て、すぐに視線を外した。荷物を取りにいき、黙って靴を履く。

 赤いTシャツを着た園長が横の小部屋から出てきて大輔にバナナを一本差しだした。

「さっき、にいにもあげたんだよぉ。これを食べて、お母さんがご飯作っている間、ちゃんと待っているんだよぉ」

 園長は大輔の視線に合わせて屈み、頭をなぜてくれた。

 大輔は小さな声で「あーと」と言い、「車で食べていい?」と聞いてきた。その間に春樹は先生と手をタッチしながら、「春樹くん、また明日、遊びましょうね、ばいちゃ」とさよならの挨拶をしていた。春樹と先生の目があっていない。先生の目を見て、と言いいたいが口に出せない。

 余った魚、野菜、パンが入った大きなクーラーボックスを肩にかけてアパートの階段を昇る。

「お母さん、待ってー」

 一段ずつゆっくりと昇っていたが、大輔はついてきていない。

「待っているよ、おいで」

 私が立ち止まると、大輔も歩くのをやめる。自分がいる場所まで戻ってきてほしい。抱っこか手をつないでほしいと思っているのだろう。

「大ちゃん、お母さんは重い物を持っているの。自分で歩いて」

 大輔は動かない。肩に食い込むクーラーボックスの紐が痛い。

「もう、早く来てったら」

 声が大きくなってしまった。みるみるうちに大輔の顔が崩れていく。

「ごめん、大ちゃん。強く言い過ぎた。荷物をうちに置いてくるからそこで待っていて」

 急いで階段を昇り、家にクーラーボックスを置いて大輔のところへ戻った。

「大ちゃん、はい」

 手を差しだしたが大輔は泣き止まない。

「ごめんね。お母さん、次からは優しく言うから」

 大輔は大声で泣き続けている。近所迷惑だ。泣きたいのはお母さんだよと思いながら、いやいやをする大輔を無理に抱っこして連れて帰った。

「いんちき。お母さんはいっつも大ちゃんばかり」

 先に家へ入り、リュックから汚れた服を出していた春樹が言った。

「いんちきって言わないで。自分も抱っこしてほしいって言って。ほら、大ちゃんは降りて」

 床に下ろしたが、大輔は私の胸から離れようとしない。

「抱っこしてほしいって言ったって、抱っこしてくれないじゃん。お母さんの嘘つき」

「ねえ、お母さんは嘘つきって言われるの、すごく嫌なんだけれど」

 春樹はこちらを見ずに、洋服を洗濯籠に投げ入れた。

「お腹ぺこぺこ。ご飯なに?」

「魚と野菜とパンだよ」

「また?」

 かちっと頭で音がした。

「またってなに」

 叫んだように聞こえたかもしれない。私を見る春樹の目が怯えている。

「ごめん、春樹。お願いだから文句はやめにしよう。お母さんも疲れているから」

 春樹は小さくうなずき、茶碗や皿を出し始めた。 

 夜ご飯をテーブルに並べ、さあ、いただきますをしようと手を合わせたときだった。

「僕の魚、大ちゃんより小さい」

「そんなことないよ。春樹に一番大きいのを入れたよ」

 春樹は自分の皿にあるシーラのバター焼きと大輔のを見比べている。大輔は気にせずに好物のイカから食べ始めている。

「魚のここが切れている。やだ」

 春樹は魚が盛られている皿を私の方へ押しだした。私の皿と春樹の皿がぶつかり、春樹のシーラがテーブルに落ちた。

「何も食べなくていい。むこうへ行って」

 春樹の目が赤くなり、涙が溜まっていく。

「早く行って」

 春樹は畳の部屋へ行き、布団に突っ伏して泣きだした。

 私は箸を持った。春樹は怒られて当然だ。私は悪くない。気にせずにご飯を食べよう。謝ってくるまで放っておこう。

 春樹の泣き声が大きくなっていく。アピールするためにわざと大声で泣いているように思える。

「にいに、いけないね。悪い子だね」

 同意を求めるように大輔が言った。こんなことを弟に言わせてはいけない。わかっているのに席を立てない。朝から押さえ続けていた蓋が外れ、中から嫌な感情が溢れだす。

「早く来られるときは、なるべく早く迎えに来て甘えさせてあげてくださいね」

 大輔を預けるときに友子先生から言われた。大輔の様子がおかしいんですか、私は甘えさせてないんでしょうか。訊けなかった。

 仕入れのときに一真が店のことを聞いてこない。話したいのに。市場のことや新里さんのことを。

 上原のおばぁは皿とお金を毎回、無言で押しだしてくる。おばぁが残した魚やスープをゴミ箱に捨てるときの気持ち。

「お母さんの嘘つき。こわく言わないっていったじゃん。嘘つき、嘘つき」

 春樹は枕を拳でたたいている。

 私は箸を投げるように置き、席を立った。

「お母さんは人のことをいんちきとか嘘つきとか言ったり、食べ物に文句をつける人と一緒にいたくない。出ていって」

 布団部屋へ入り、春樹の腕をつかんで引張った。春樹は引きずられながら、いやだいやだと泣き叫ぶ。玄関から外の廊下へ無理やり春樹を連れ出し、ドアを締めて鍵をかけた。すぐに春樹は玄関を叩き、蹴った。

「開けて、お母さん。ごめんなさい。開けて」

 春樹は叫び、手紙を入れる細長い隙間から泣き顔をのぞかせた。それでも許せず、私は玄関に立っていた。

「ごめんなさい。もう言わないから。ごめんなさい。お母さん、中に入れて」

 目を閉じる。春樹がここを出て、他に行けるところなんてない。それを知っていて外に出している。春樹はただ単にお腹が空いていらいらしているだけなのに。春樹の使った言葉に深い意味なんてないのに。わかっている。でも、許すことができない。

「ごめんなさい。もうしません」

 春樹は繰り返している。このままずっとこうしてはいられない。私は鍵を開け、ドアを細く開けた。

「お母さん、仕事で疲れているの。それで春樹たちを怒るのは本当に嫌なの。にこにこで暮らしたい」

 春樹は開いたドアの隙間に身体をねじこませて中へ入り、抱きついてきた。

「お母さん、ごめんなさい。お母さん、ごめんなさい。もうしません。許してください」

 春樹の頬は涙で汚れ、目の周りが赤くなっている。アレルギー反応をしたときのように腫れている。こんな怒り方をしてはいけない。怒られた理由を春樹はわかっていない。ただ、私が怖いから謝っているだけだ。こんなの、八つ当たりでしかない。自分と春樹と大輔だけしかこの家にいないから、自分の気持ちをこどもにぶつけているだけじゃないか。

「お母さん、もう怒らないで。ごめんなさい」

 春樹はしゃくりあげながら、私の胸で声を絞り出した。もう二度とこんなふうに怒りたくない。こんなのは最低の母親がすることだ。

「お母さん、春樹のことが大好きだよ」

 春樹の背をなぜる。

 それは本当だ。

 でも、私はこどもよりも自分のやりたいことを優先している。


 金曜日。朝の仕込みをしていたら隣りの白塗りおばぁが入ってきた。掛け時計を見たら10時過ぎだった。おばぁが店を開けるのは昼過ぎなのに。

「あんたも出てきてぇ。通り会の会議だから」

「会議? あの、仕込みがまだあって」

「みんな同じよぉ」

 きっちりとソバージュがかかった髪をひるがえし、おばぁは出ていった。蒸した芋を切って冷蔵庫に入れ、包丁を洗い、火が点いていないことを確認して店から出る。

 三角のトタン屋根の下に長机とパイプ椅子が並べられ、おばぁが三人、それぞれ距離をとって座っている。移動式のホワイトボードが設置され、ボードの前にスーツ姿の若い男性とハンチング帽を被った与那嶺さんが座っていた。雑貨店のおばぁは、お茶の入ったコップと菓子を与那嶺さんや他のおばぁ達に出している。

「あんたはあっちの人達に声をかけてぇ」

 白塗りのおばぁが顔をむけたのはA棟だった。今日もボスがどっしりと腰をおろしている。

「私、あそこの人達のことをよく知らないのですが」

「いいのいいの。どうせ来ないんだから。声をかけないと後でうるさいのよぉ」

 白塗りおばぁは言い、アンマー市場と言われている魚市場の方へ歩いていった。私は狭い道路を渡ってA棟に入り、最も手前にいた蒲鉾売りのおばちゃんへ、通り会の会議が始まるそうです、と伝えた。おばちゃんは数回うなずき、ボスをちらと見た。弁当売りのおばちゃんは無言で首を振った。おばちゃんもボスも三角屋根の下に長机が並べられているのはわかっている。それでも来ないのだから来たくないのだろう。菓子売りのおばぁはいない。ダルマおばぁは笑みを浮かべて私を見上げた。会議がありますよ、と言ったが通じなかった。最後に、ボスの前に立った。

「通り会の会議が始まるそうです」

 ボスは顔を斜めにして私を見た。下から睨むように。三白眼が私の全身を調べている。この圧迫感はなんだろう。どうして私がこんな思いをしなくてはいけないのだろう。私は意味のない会釈をし、ボスの前から離れ、雑貨店のにこにこおばぁの隣りに座った。

「通り会って、この市場で店を出している人の集まりなの?」

 おばぁはうなずいた。スーツの男性が『糸満公設市場の老朽化に伴う諸問題について』と題されたプリントを配り、文面を読み上げている。

「通り会には何人いるの?」

「全部で50人くらいかねぇ」

「それでここにいるのはたった6人?」

 雑貨店の隣りにある豆屋からおじぃが出てきて、スーツの男性の隣りに座った。

「孝(たかし)さんが会長さんよぉ」

「孝さんって豆屋のおじぃ? あの若いスーツ姿の人は市役所の人?」

「そうよぉ。かわいいねぇ」

 真新しいスーツ、ニキビ痕が残っている肌。雑貨店のおばぁから見たら孫のようなものだろう。  

 一通り彼の説明が終わり、豆屋の孝さんが立ち上がった。

「ええと、通り会としては取壊しではなく建替えの方向で役所に話を持っていきましたが、前回、役所側から言われた建替えの場合の条件について意見はありますか」

 おばぁ達の反応はない。

「店を続けていきたいんだったら意見を出していかないと」

 与那嶺さんが私も含めて6人の店主へむけて言った。真中に座っていた白塗りおばぁが手を挙げる。

「どうせ市長が変わったら、また一からになるのよね? それよりトイレを何とかして。あんな古いトイレに客も行きたくないってぇ。それからシャッターが錆びて重いのよ。トメさんなんて腰を悪くしたのだから」

「あの、この会はそういうことではなくて、今後の市場の方向性について」

 だからね、と白塗りおばぁは役所の男性の言葉を遮った。

「あんたが産まれる前から、私達はここで店をやってるの。今までだって何回も話し合いはしてきて、このままなのよ。市場はあと回し。何も決まらないうちに市長や課長が変わっていくの」

 時々、与那嶺さんが建設的な意見を言うが、白塗りおばぁと役所の男性の言っていることはかみ合わない。おばぁは自分の主張を繰り返すばかりだし、役所は市場があってもなくても正直どうでもいい。ただ形式を踏んでいるだけだ。こういうやり取りが今まで何回も、何時間も、数十年に渡って行われたのだろう。話し合いに参加する人の数が少ないのもわかる気がする。

「私、店に戻って仕込みをしてきていい?」

 雑貨店のおばぁは菓子とさんぴん茶を勧めてきた。

「お客さんが来たら困るから」

 そっと椅子から降り、白塗りおばぁの視界に入らないように屈んで後ろ側を進んだ。

「そんなに言うんだったら、この場に現市長のコウイチを寄越しなさいよ」

 白塗りおばぁの興奮した声が三角屋根の下に響いた。


 起きてから眠るまで常に動いている気がした。家にいるときは家事とこどもの世話を、店にいるときは店のことを。次はこれをやろう、これとこれを一緒にやろうと考えていた。どうやったら時間を短縮できるか、昨日よりも動きが良くなるか。

 客が一段落したら音量を上げて厨房を出る。奥の広いテーブル席に座り、前日に残った魚と野菜、パンを食べる。一日の中で一息つける初めての時間であり、唯一の時間。最初の一口が胃に入った途端にもっと欲しいと身体が催促する。ゆったりとした曲を聴きながら、一口ずつ、よく噛んで食べた。窓から見える市場に猫の姿はあっても人影はない。赤い実をつけた植物と古びたコンクリートが強い太陽の光に照らされている。

 今日、来てくれたお客様。一目で沖縄の人だとわかるカップルが二組、年配の三人組の女性客、年配のご夫婦、一人で食べにきた女性客が二組来た。夫婦の男性以外、皆がブイヤベースを注文した。このレストランへ、お客はブイヤベースを食べに来る。車で一時間以上かけて来る人もいる。買い物や何かのついでというわけではなく、ただブイヤベースのためだけにここまで来る人もいる。

 みんな、それなりに満足している。食べている様子、空になった皿、会計のときに感じる。

 けれど、それなりは所詮それなりだ。新里さんが作っていたブイヤベースは、自分もそうだったように、もう一度食べに来たい味だった。今、自分が作っているブイヤベースはそうではない。どうしたらいいのだろう。このスープに私ができることはなんだろう。

 固くなりかけたレーズンパンをかじり、携帯をエプロンのポケットから出した。

 誰からも着信やメールがきていない。

 窓の外を白塗りおばぁが歩いていく。市場共有のトイレへ行くのだろう。おばがこちらをむいたので、私は座ったまま頭を下げた。おばぁは顔を逸らし、通り過ぎた。

 携帯の画面に視線を戻す。珈琲を飲もうと言えば彼は来てくれるだろうか。営業時間中に誘うのはおかしいだろうか。不機嫌そうな声であっさりと、行かない、と言われるかもしれない。

 皿を下げようと立ちあがったとき、雑貨店から一真が大股で歩いてくるのが見えた。私は入り口のドアを勢よく開けた。

「なんだよ。いつから自動ドアになったんだよ」

「見えたから。こっちに来るのが」

 一真はいつものベンチシートに座った。

「この店に来るとは限らないだろ。隣りでファッショナブルな服を買うかもしれないし。珈琲だけちょうだい」

「ケーキは?」

「ビストロ光(こう)でフルコース食べてきたからいらない。デザートは山盛りアイスにチョコケーキ、パイナップルが四分の一さぁ。こんなでかいハンバーグにライスの大盛りを食べた後だったから、さすがの俺も喰いきれるかどうかだった」

 一真は両手を広げてハンバーグの大きさを示した。県道沿いにあり、古くから営業しているビストロ光。ブイヤベースセットの半分の値段で定食が食べられる。珈琲は100円で出している。ビストロなのに沖縄そば、ゴーヤチャンプルーもある。

「うちで食べてくれればいいのに」

 カウンターの中で、ミルと豆が入った瓶を手に持った。

「俺がどこで食べようと勝手だろ」

 一真は足を組み、雑誌を広げた。

「そうだけれど、ブイヤベースがどんな味が気にならない?」

「ならない。なんくるないさぁ、てぇげぇぐわぁね」

 適当にやればなんとかなるということだろうか。一真は完全にカウンターに背をむけた。うちの子だったら人と話す時ときは相手の顔を見て、と注意するのに。豆を二人分より多めにすくう。特別に苦い珈琲が飲みたい。

 女の子がドアの向こうから店内を覗いていた。目があい、カウンターから出てドアを開ける。

「ま、まだやっていますか?」

 ささやくような声だった。チェックのスカートに白のブラウス、真面目な女の子という感じで、まだ若く、二十代前半に見える。

「ええ、開いていますよ」

 笑顔で伝えると、彼女は迷わずに窓際の席に座った。以前にも来たことがあるのかもしれないと思いながら、水とメニューブックをテーブルに置いた。

「ブ、ブイヤベースの、セ、セットをください」

 彼女はメニューを開かずに言った。

「わかりました。少々お待ちくださいね」

 私と視線を合わせずに、ドアの方をむいたまま彼女はうなずいた。

「珈琲は後でいいから、先に茜(あかね)ちゃんに出せよ」

 女性ボーカルのジャズに曲を変えていたら、一真が厨房へ顔をだした。

「知っている子?」

 そう、と彼は言い、ベンチシートへ戻った。

 皿を並べて冷蔵庫から野菜を取り出す。茜は真っ直ぐに前を見て料理が運ばれてくるのを待っている。本を読んだり、窓の外を眺めたりせずに。

「今日のサラダです。旬の島南瓜が甘くておいしいですよ」

 彼女は初めて私と目をあわせた。

「あ、ありがとうございます」

 数秒後に彼女は言った。けれどフォークを持とうとしない。私が近くにいたら食べづらいのかもしれない。テーブルを離れようとしたら、あの、あの、と彼女は言った。

「あの、はし、箸、ください」

 申し訳なさそうな顔をしている。今、お持ちしますねと伝え、カウンターの外から手を伸ばして箸を取ってナフキンの上に置いた。

「あ、ありがとうございます」

 茜に笑顔を返し、厨房に戻った。彼女の食べる様子を見ながらブイヤベースを作る速度を調節する。彼女は葉野菜を口に入れ、目を閉じて噛んでいる。回数を数えているように正確なリズムで噛み、飲み込む。南瓜も、芋も同じように食べている。サラダを食べきるのにかなり時間がかかるだろう。でも、あんな風に食べてくれたら南瓜も他の野菜も収穫されたことを納得するはずだ。

 珈琲をおとすだけにしてから、茜のブイヤベースを運ぶ。テーブルに料理を並べたり下げたりするたびに、茜は私の目を見てお礼を言った。私も意識して茜と目をあわせ、笑顔を返した。

 繰り返される、ありがとうございますと笑顔。

 店の中が、心が温かくなっていく。

 カウンターに戻って湯を沸かし直した。蒸らすために沸騰した湯を少量垂らすと、フィルターの中央部分の粉が湯を含んでふっくらと盛り上がってくる。おいしい珈琲の証拠だ。

「今日も良い香りだな」

「いつの間に?」

 一真はカウンター席に移っていた。

「もっと客の動きに敏感になれよ」

「珈琲に集中していて」

 一真はにやっと笑った。

「ハンドドリップしている間は店員に話しかけるなっていう店もあるらしいよ。何でもいいんじゃん。てぇげぇぐわぁさぁ」

 適当、適当と歌うようにつぶやく彼の言葉は流し、茜を視界に入れながら珈琲をおとす。彼女はブイヤベースのスープも、口に入れた分を完全に食べ終えてから、もう一口分掬っている。大切なもの、貴重なものを味わい、少しずつ身体に入れている感じだ。背筋を伸ばして食事をする彼女が気高く見える。

 淹れたての珈琲をゆっくりカップに注ぎ、カウンター越しに一真に渡した。茜にはダージリンの紅茶をいれた。珈琲の香りは消え、紅茶の優しい香りが広がる。私は料理をすること自体も好きだけれど、自分が設えたものを人が食べているのを見ることも好きだ。おいしそうに嬉しそうに食べてくれたら自分も満たされる。

「あ、あの、す、すごくおいしかったです」

 会計のときに茜が言った。

「ありがとうございます。また、ぜひ来てくださいね」

 茜のためにドアを開けて通りやすいように押さえた。茜は少し歩いてから振り返り、会釈をしてからまた歩きだした。茜の姿が完全に見えなくなってからドアを閉めた。

「あの子は近くの福祉作業所で働いていてさ、月一回の貴重な外食にブイヤベースを選んで来てくれるってわけ」

 うなずき、店内を見渡した。茜が残した柔らかい雰囲気が残っている。

「ねえ、一真さん。私、自分なりのおいしいブイヤベースを作っていくって決めた。あと自分しか作れない、新しいメニューを考える。それと、できるだけ他のお客様にもおいしい珈琲や紅茶を自分でいれようと思う。機械じゃなくて」

「いいんじゃない? そうしたいなら」一真は珈琲を飲んだ。「紙に書いといてやろうか?」

「自分で書くからいい」

「出た。負けず嫌い」

「負けず嫌いとは違うような」

 茜が使ったグラスやカップを盆に乗せ、カウンター前のシンクで皿を洗った。目の前で一真がカップを持ち、珈琲を飲み干した。

「せっかくだからケーキを食べようかな」

「さっき、あれだけお腹いっぱいって」

「うまい珈琲をもう一杯飲みたいし」

「この洗い物が終わったら座れるから、一緒にゆっくり飲もう」

 一真はまじまじと私の顔を見た。

「その顔。ほら、外国の女優。名前なんだっけ? ジャッキー・チェン、じゃないし」

「またそれ? そういえば最近、映画を見ていない」

「誘ってる? 今から俺んち来て観る?」

 時計を見た。店を片付けて映画に二時間、それからお迎えへ行く。

「無理。時間がない」

「あっそ。映画は誰かと話しながら観るのが好きなんだけどな」

 誰かって誰だろう。一真には一緒に映画を観るような人がいるのだろうか。指輪はどの指にもつけていない。彼はアクセサリーを付けるのを好まないだけのような気もする。

「また船に乗りたい?」

 等間隔に響くエンジン音。身体を通り抜ける風。360度、海だけの世界。フィルターを折り、新しいカップを出しながら、また船に乗りたい、とつぶやいた。

「わかりやすいなぁ」

 いつかのように顔の表面温度が上がった気がした。

「次はさっきより深煎りの豆でいい?」

「人がいれてくれたらなんでもいい。俺は誰かみたいな変なこだわりないし」

「変なって失礼じゃない?」

 常連客と店主みたいだ。仲の良い友達、恋人同士のような雰囲気でもある。もちろん、言えないけれど。


 土曜日。布団の上で頭だけが先に目覚めた状態のとき、今日でブイヤベースの一週間が終わる、とまず思った。新鮮な魚、野菜、パン……、自分が作れて、客がもう一度食べたいと思う料理と考える。思いつかない。意識して瞼を持ち上げ、春樹と大輔の寝顔を見てから思いきり身体を伸ばす。

 12時になり、店の音楽をボサノヴァに変えたときにメールが届いた。なんとなく携帯へ手を伸ばしたくない。でも、今、見ないと次に見られるのはいつかわからない。思いきって携帯を開いたら、メールは明からで題名はなかった。あぁ、ここで働いているのがばれた。このまま携帯を閉じてなかったことにしたいが、そうはいかない。息を吐いてから本文をクリックした。

『話があるから、帰りに寄るように』

 今の時間、私が外にいるのを明は知っている。この店で働いているのもわかっているのだろう。さっきより重く息を吐いてからマナーモードにし、携帯を棚に置いた。どこからばれたのだろう。春樹が幼稚園の預かりを止めて学童に通うようになったからか。それとも誰かが明や雅子さんに伝えたのか。

 カウンターを出て『Bouillabaisse』と描かれた看板を持ち上げる。いつも看板を置いている場所に猫達が寝そべっていた。お願い、と言っても、手で払っても、どいて、と声を大きくしても動こうとしない。いっそのことを猫の上に看板を置いてしまおうかと思ったが、気持ち良さそうに軀を伸ばしている猫にそれもできない。

 猫達がさっと動いた。隣りの店から出てきた白塗りおばぁは手に煮干しを持っている。礼を言うべきだろうか。おばぁはこちらへ視線をむけずに猫をなぜている。話しかけられたくないかもしれない。私は薄汚れたコンクリートの上に看板を置き、店内へ戻った。


「お前、自分の状況をわかっているのか」

 明の前にはオリオンビールの瓶とコップが、私の前にはさんぴん茶が入った琉球グラスが置かれている。

「そんなことで試験に受かると思っているのか。今年しかチャンスはないんだぞ」

 明はビールに手を伸ばそうとしない。

 私は、上部が赤で下部が黄色のグラデーションになっている琉球グラスを見ていた。もし試験に受かるとは思えないと言ったら、今すぐ店を辞めろと言われるだろう。だからといって試験に受かると思うとも言えない。ブイヤベースを始めてから全く勉強していないのだから。

 雅子さんはこども5人を連れて近所の公園へ遊びにいった。明の家がこんなに静かなことはめったにない。

「いつから店を開けているんだ」

「先週の土曜日から。今日で一週間」

「紗里はいつも動いてから俺に報告だよな。もちろん母親には話していないんだろ」

 明が一塊の息を吐いた。

 ここの食卓机はいつ見ても大きい。明の家族5人とうちが3人、一緒に座れる。多くの人が集える机はいいな、と考えていたら、

「紗里のことを心配しているんだぞ、俺は」

 明が強い口調で言った。

 わかっている、地震のときは明兄の助言に真先に従ったよ、そう言おうとした。

 でも、夫と住んでいた家を出て行ったときは、ホテルに着いてから明に電話をかけた。大学時代、小料理屋のアルバイトは夜が遅いからと反対され、隠れて始めた。高校時代、学校でアルバイトは禁止されていたのにこっそりとファミレスで働いた。明や母親の意向に沿わないことをするときは勝手に始めて別のところからばれ、明も母親も渋々納得、というか事後承諾するというパターンだった。いや、ファミレスのバイトは辞めさせられたんだった。

「明兄、ごめんなさい」

「何に対して謝っているんだって」

 ビール瓶とコップが汗をかき、下に水が溜まっている。扇風機は回り、玄関や窓は網戸になっているので風は通っているはずなのに家の中は熱気がこもっている気がした。私は立ち上がって台拭きを取り、机に溜まった水を拭いた。栓抜きでビールを開けて明のコップへ注ぐ。明は黙っている。コップをさわろうとしない。早くこの時間が終わってほしい。

「勉強もちゃんとする。私、あの店がなくなってしまうのはどうしても嫌なの。一ヶ月だけ。それまでになんとかする」

 明は私から視線を外してコップに手をかけた。

「今すぐ辞めろといってもできないんだろ」

 その通りだ。けれど、すぐにうなずいたら余計に明を怒らせる。

「あのとき、俺が沖縄に紗里達を呼んだのは間違いだったのかもしれない」

「そんなことはない。明兄には感謝している。こうして沖縄にいられて幸せだよ」

「お前は口だけだ。俺に感謝しているなら隠れてやるべきではないし、なにかあってから話すんじゃ遅い」

 机の下で親指の爪をひっかいていた。その通りだ。どうして言えないのだろう。一真に海へ投げれたときに感じたことを話せばいい。けれど、話せない。言い負かされるのが、そんなのは現実を見ていないだけだと言われるのが怖いのか。

 ケッケッケッとヤモリの鳴く声が聞こえた。地震後の一ヶ月間、明の家に泊まっているときは毎日のようにこの声を聞いていた。

「どれだけ勉強したかも大事だけれど試験に望む気持ちも大事だろ。その店は今の状態の紗里がやらなければいけないのか? 店を始めたこの一週間はどれだけ勉強したんだ」

 茶を口にふくむ。冷たく、おいしい。

「ちょっとやせたんじゃないのか。紗里は食べることが好きな割には全然太らないんだよな」

「そんなことない。元気だよ」

「紗里が元気でも、こども達には寂しい思いをさせているだろ」

 ケッケッケッとまた鳴き声がした。もしかして私のことを笑っているのかもしれない。

「料理をやりたい。前からずっと思っていたの」

「わかっている」

 明は大きな声を出し、ビールを注いで一気に飲んだ。ビール瓶から直接飲んだほうがいいような勢いだった。

「いいか、冷静に考えろよ。この前も言ったけれど、今、お前は何をするべきか、何を優先すべきか。俺はさ、紗里をこっちに呼んだ責任がある。紗里に何かあったらこどもの面倒もみるし、紗里が幸せに暮らせるように協力もしたい。紗里だっていつまでも一人で春樹と大輔を育てる気じゃないだろう」

「再婚ってこと? 今は考えていないよ」

「なんにしても紗里が店をやるのは賛成できない。勉強や子育てと両立できるわけがない。店がどうなろうとお前にはなんの関係もないんだし」

 お茶をもっと飲みたかったが席を立てない。明は長い息を吐き、窓の方を眺めた。明は苛立ち、傷ついている。原因は私だ。店は辞めて勉強に集中するからと言いたい。嘘でもいいから。

 居間の窓の外にはウッドデッキのテラスが広がっている。夏になると、こども達がビニールプールで遊んだり西瓜の種の飛ばしっこをしたりする。そのむこうの道路ではサッカーをしたりボールを投げたり。こどもが育つには最高の環境だ。

 明は口を開かない。ヤモリも鳴かないから家の中は重い空気で満ちている。声を出して、この空気を打ち破りたいが、何を言っても火に油を注ぐだけのような気がする。

「そろそろご飯にしない?」

 雅子さんがつばの広い帽子を取りながら入ってきた。

「お母さん、オンブバッタを捕まえたよ。見て見て」

 玄関で春樹が虫籠を持ち上げている。私は立って虫籠の中を覗いた。10匹以上のバッタがプラスティックの虫籠に入っていた。

「すごいね、楽しかった?」

 春樹は笑顔を見せ、外へ飛び出していった。黄色のTシャツが汗で色濃くなっている。

「国際通りのデモに参加していた親子、私の知り合いなの。フェイスブックに写真を載せていたから。紗里ちゃん、デモや集会にこどもを連れていくのは反対よ」

 雅子さんはエプロンを付けて冷蔵庫を開けた。

「こどもは何が良いか悪いか判断できないのに、大人の一方的な価値観を押しつけるのはよくないわ」

「そうかもしれないけれど、誘ってくれたのはお店の常連さんで」

「うまいな。雅子が作ったのか?」

 明は落花生で作ったジーマミー豆腐をつまんでいる。

「簡単よ。落花生は中国産だけれど有機だし。買うと高いしね」

 雅子さんは大鍋を乗せたコンロに火を点けた。

「明が反対しても、紗里ちゃんはやるんでしょう?」

「他に従業員がいるわけじゃない。紗里一人でどれだけのことができるんだよ」

「それは紗里ちゃんが考えることだし、好きなようにさせれば?」

 明は豆腐を全て食べ、ビールを飲んだ。

「俺は応援する気はないからな。うちには迷惑かけるなよ。紗里、本当に一ヶ月なんだな?」

 玄関でうなずく。

「勉強はちゃんとする」

 ごめんなさいと言ったときには涙声になった。二人は私が立っている玄関へ視線をむけなかった。


「お母さん、見て見て、見てったら」

 私が顔を上げたのを確認してから、春樹は縄跳びで前跳びを始めた。

「一、二、三、四……」

 真剣な顔で、春樹には長めの縄跳びを腕いっぱい使って回し、身体全体で跳んでいる。大輔は私の横に座り、むしった草や野花を虫のいない虫籠へ入れている。曇り空、沖縄の大きな太陽は隠れていたが、目に見えない陽の光に腕や首がじりじりと焼けている。普通の公園の10倍以上の面積を誇る城趾公園に来ていた。私達以外に人はいない。沖縄の一般的な家庭の休日の朝は遅い。八時はまだ早朝だ。

「お母さん、数えてた?」

「え?」

「もう、人が一生懸命にやっているんだからしっかり数えて」

 春樹が頬を上気させて縄を構え、飛ぶ。私は一、二、三、と数えた。雅子さんの言う通りだ。こどもはしたいことをしているのが一番楽しい。デモに連れていくのは止めよう。あれは社会を創っている大人がすべきことだ。

「今、見ていなかったでしょう。10回できたのに」

 春樹は肩で息をしている。

「ちゃんと数えてよ。いくよ」

 春樹が再び跳び始める。一回ずつ高く跳ぼうとしないで、膝を深く曲げないで、姿勢よく。口にだすのを堪える。

「やった、13回跳べた。すごいでしょう」

「すごい。どんどん跳べるようになるね。ちょっと休んで水でも飲めば?」

 うん、と、春樹が私の横に座った。水筒のコップいっぱいに水を入れ、喉をならして飲んでいる。

「お母さんもいる?」

 春樹から水筒を受け取って水を注ぐ。

 この子は本当になんでもよく食べるよぉ。食べる子は安心さぁ。

 昨日の夕方、学童に迎えにいったときに赤いジャージを着た園長から言われた。園長は学童の給食の残りを土産に持たせてくれた。ジューシーといって昆布や三枚肉を細かく切ったものと人参などの島野菜を入れた沖縄風の炊き込みご飯だった。大輔はジューシーが大好きなので「まくどうご飯、まくどうご飯」と学童をまくどうと言いながら、自分で茶碗に山盛りによそって食べていた。

「ブランコへ行ってくるね。お母さん、って呼んだら押しに来てよ」

 春樹が坂道を下っていく。

「自分で漕ぎなよー」

 春樹は振りむかない。大輔も兄の後をついていった。

「お母さん、お母さーん。押してー」

 ブランコに乗った春樹が叫んだ。押してーと大輔も真似して言う。今、行くーと返事をしてから坂道を下り、10回ずつね、と大輔から背中を押した。

「いんちき。僕が頼んだのに」

「また? ねえ、春樹、いんちきって言うのはやめて」

「だってさぁ」

「小さい子からだよ」

 大輔が勝ち誇ったように言う。

「春樹は自分で漕げるじゃん」

「お母さんに押してほしいの」

「そういうもの?」

 春樹の後ろへ移った。背中を押された春樹は、伸ばして曲げてと声にだしながら勢いよくブランコを漕いでいる。

「高すぎない? 怖くないの?」

「気持ちいい」

 止まりかけているブランコに乗っている大輔も兄の真似をして、気持ちいー、と叫んだ。ブランコは春樹の心配性が出ないんだ。もしかして春樹は心配性ではないのだろうか。夜中に家から連れ出される。父親とはそれ以降、会っていない。大きな地震。自分達だけ迎えが来ない。連れ去られるように沖縄へ。このくらいの年齢でそんな体験をしたら誰でも心配性になるのかもしれない。

 滑り台、蜘蛛の巣と呼ばれているロープタワーで遊んでから木のベンチに座り、昨日の残りのパンを食べた。朝、おにぎりを3個ずつ食べたのに二人ともパンを奪い合って食べている。

「お母さん、これ食べたら優美んちに行こう」

 眼下に広がる森、遠くににある水色の海を見ながら、私は首を横に振った。

「なんで? なんで行かないの?」

「明兄達は家族の用事があるんだって」

「なんで? なんで?」

 大輔が春樹の真似をして、なんで? を繰り返す。

「あのね、家族だけがいいときもあるんだよ」

「なら、ジュゴンを見たい」大輔が言い、

「僕も行きたい。鳥羽水族館ってところにいるんだよね」春樹が続けた。

「鳥羽水族館は飛行機に乗っていくんだよ。気軽には行けない」

「あのときのお姉さんが、辺野古にいるって言っていたじゃん。辺野古って沖縄でしょ?」

「今から出たら、辺野古へ行くだけで三時間はかかるの。お母さんにはそんな元気は残っていません」

 話に興味がなくなった大輔はパンをちぎり、強く握って団子状にしてから口に押しこんでいる。

「大ちゃん、普通に食べて。そういえば昨日、園長先生が春樹は好き嫌いせずによく食べるって褒めていたよ」

「僕さ、給食ではカレーが一番好きなんだ。お母さんは?」

「春樹、ちゃんと飲み込んでから話して」

 ごくり、と春樹は口の中にあったパンを飲み込んだ。

「お母さんの頃は給食あった?」

「あったよ。ちゃんと。お母さんも給食のカレーは好きだったな」

 春樹は紙袋の中をパンを探っている。私が通っていた小学校の給食は、春樹の幼稚園のように給食センターから運ばれてくるものを温め直すのではなく、学校の給食室で作っていた。五目ラーメン、トマトシチュー、かぼちゃコロッケなど、家では食べられない手が込んだメニューも出た。私は給食の時間を一番の楽しみに学校に通っていた。月に一回配布される給食便りを朝と夜に眺めてその日のメニューはもちろん、一週間分のメニューを完全に暗記した。

「いんちき。僕が食べようとしていたのに」

 大輔が春樹からパンの袋を奪ったようだ。

「一人二個ずつだから、ゆっくり食べて」

 これが僕の、こっちが大ちゃんの、と春樹はパンを分けている。私は五年生で給食委員会に入り、六年生のときには委員長まで務めた。委員長になれば調理員と話す機会が増えると知っていた。六年生のときに初めて給食に出された魚のホイル焼きがおいしくて、放課後に給食室まで作り方を訊きにいった。まさしく給食のおばさんという感じの年配の人が多かったけれど、一人だけ若くて茶色の髪がきれいなお姉さんがいた。私は彼女に憧れていた。用があるときはできるだけ彼女と話せるようにタイミングを図った。魚のホイル焼きの作り方も彼女に教えてもらった。お姉さんはその場で紙にレシピを書いてくれた。

「お母さんと作ってね。聞きにきてくれて嬉しい」

 その瞬間に、私は給食のおばさんになると決めた。おいしいものをいっぱい作るんだ、と。

「もうないの?」

 春樹が言い、二人とも期待をこめた目で私が手にしているパンを見ている。

「お母さんの分を半分ずつ食べていいよ」

 やったーと叫ぶ二人。

「こういう時はなんて言うの?」

 春樹まで「あーと」と言った。

 そうだ、魚のホイル焼き。ホイルだと家庭でも作れるからパイ包み焼きはどうだろう。女子はバターをたっぷり使っているパイ生地が好きだ。パイの中で魚に火が通り、一真が捕った魚の旨味が濃縮されて、ダルマおばぁのおいしい野菜が旨味を吸い込む。いいかもしれない。私は春樹の縄跳びを手に持った。パンを食べる二人の前で得意の二重跳びを連続で跳び、こども達の歓声を受けた。


「おいしいと思うけれど」

 芽衣は首を傾け、カウンターの内側に立つ私を見上げた。

「何か足りない気がするんだよね」

「そう? 私、パイって好きだよぉ。紗里ちゃんの出したいメニューを出すのが一番いいよ」

 トマトソースが薄く残った皿を下げ、水を流す。

「でも新メニューを出すならすごくおいしくないと、結局ブイヤベースみたいに」

 待って、と芽衣が開きっぱなしになっている入り口のドアを見た。

「海生(かいせい)の声がしたような」

「そうだよ。早く車に戻らないと」

 そろそろ行かないとねぇ、と芽衣は紅茶が入ったカップを持った。

「紗里ちゃんも、こどもが寝ているのって起せなくない? 寝顔って本当にかわいいしねぇ。天使って感じがするよねぇ」

 私はカウンターから出た。芽衣が持ってきた二日分のパンがテーブルに並べられている。ライ麦、全粒粉、ドライフルーツ入りのパン、ミニフランスパン、フォカッチャ。焼きたてのパンの香りはどうしてこんなに人を幸せな気持ちにするのだろう。

「今日から仕入れる量が減ってしまってごめんね。ここにあるパンは必ずお客様に食べてもらうから」

「仕方ないって。余ったら春くんと大ちゃんにあげていいからね」

「でも、これだけ作るのに何時間かかるの? 時給にしたらどれくらい?」

「考えたことないよぉ。そんなことを気にしていたらパン屋なんてできないって」

「スーパーに入っているパン屋やチェーンのパン屋は出来合いのをただ焼いているだけなんだよね。砂糖や油がたっぷりで、保存料とか添加物も入っているし。きちんとパンを作っているパン屋さんがもっと増えればいいのに」

 まあねぇ、と芽衣は笑って紅茶を飲んだ。

「みんなはそこまで知らないしねぇ。安くておいしい物は私も好きだしねぇ」

「私、ちょっと車を見てこようか?」

「大丈夫だよぉ。鍵は開いているし窓は全開だから、泣いていたら近くのおばぁがあやしてくれるって」

「でも、なにかあったら」

 そうだねぇ、と芽衣はゆっくりと席を立った。

「芽衣ちゃんの友達でブイヤベースをやってくれそうな人はいた?」

「いないの。一人で店をやろうと思える人ってなかなかいないよ。カフェに憧れていても、自分の責任でやるとなると急に腰が引けちゃうの。紗里ちゃんはえらいよね」

「えらいというか。あれ? 海生くんの泣き声?」

 二人で店の外へ出ると、はっきりと泣き声が聞こえた。芽衣は走るでもなく、雑貨店の弁当や菓子を見ながら駐車場へ歩いていった。


 いつもより早く目を覚ました。以前は試験勉強をしていた机の上で経費や売り上げをまとめる。新里さんのファイルに書いてある数字と比べると売り上げは落ちている。来店した観光客の数に大きな変化はない。差は常連客の数だ。

 上原のおばぁは三日に一回は食べにきた。毎回ブイヤベースを注文し、パンやサラダは全て食べるがブイヤベースは半分以上残す。珈琲をハンドドリップでいれたら、お湯で薄めろと言われた。上原のおばぁの姿を目にしたら、残った魚やスープを捨てるときの自分が浮かぶようになっていた。前回は、1500円を押しだしながら、ダメだな、とおばぁは言った。お前にはこの店は貸さんと言われる日も近いのだろう。

 与那嶺さんが来るのは週に一回くらいになり、みち子さんはすっかり珈琲とケーキ派になってしまった。この前来たときは何も食べずに、次回のフリフリデモのちらしを置いていった。

 店を開けてから三週間。まだ三週間なのか。もう、なのか。

 黒のボールペンを机に放り投げ、両手を組んで上半身を伸ばす。陽が出るのは五時半頃だ。太陽が昇る直前の、薄い朱色の空がベランダのむこうに広がり、横に細長い雲が海の少し上に浮かんでいる。似ている。ハワイのコテージのベランダから眺めた空と海に。ああ、ハワイへ行って朝から夕方までこども達と海で遊びたい。亀と一緒に泳ぎ、夜はアメリカンレストラン、チャイニーズのおいしいテイクアウトもあったし、生米を持っていって備えつけの簡易炊飯器で炊くこともできる。スーパーで売っている牛肉のサイズにこども達は驚くだろう。organicの文字がある肉も野菜も驚く程ボリュームがあり、日本よりも安く手に入る。

 音を立てないように歩き、ベランダに出て柵にもたれた。波の音、鳥がさえずる音が聞こえる。こどもが泣く声や人が生活している音はまだ聞こえてこない。

 ハワイへ行くなんて今の収入だったら夢のまた夢だ。このままだったら試験にも受からないし、いつかは貯金もなくなる。まだパイ包み焼きはお客に出せるレベルではない。ということは、今日のブイヤベースをできる限りおいしく作るしかない。

 大きく息を吸い、海にむかってゆっくりと吐いた。太陽はまだ姿を見せない。雲が厚い。曇り空を映している海は青というよりも灰色に近く、所々に白い波がたっていた。


 閑散とした市場は薄暗かった。太陽の光がないと錆びた柱や汚れたコンクリートが余計にみすぼらしく見える。猫の姿もない。屋根の下に置かれた、いつもは誰かがゆんたくしている古びた木の机で私は待っていた。

 『平和食堂』のむこうに真青なTシャツが見えた。

「なんでここにいんだよ。仕込みは終わったのか?」

 一真は魚貝が入ったシルバーのトレイを差しだした。

「あのね」

「なんだよ。今日は店を閉めて約束のドライブ? それとも海を見ながらバーベキューでもするか。炭火で焼いたら何でもうまいぞ。あぁ、ダメだ。これからマコトさんの街頭演説があるから盛り上げないと。そんな辛気くさい顔してるんだったら、お前も店閉めて行くか?」

 私はトレイに並べられた魚を見ていた。腹の中央部に黄色い細い線が入り、ラメのように煌めいている水色のグルクン。私が作るスープではなく、新里さんが作る夕陽色のスープの中で泳ぎたいはずだ。

「早く言えよ。面倒な話は嫌いなんだって」

「明日から、魚の量を減らしてほしいの」

「どのくらい?」

「だいたい、三分の二くらいに」

「わかった。また明日」

 一真が背をむけた。

「待って。店の」

 店のことが心配じゃないの? 仕入れの量が減るということは客の数が減っているということだよ。

「最初からうまくはいかないさぁ。なんくるないさぁ」

 一真は振りむき、軽い口調で言った。

「でも、悔しくて」

 そうか、悔しかったんだと口にして初めてわかった。

「だから? 期限付きとはいえ、ここはお前の店だろう」

 電話のときのような低い声だ。一真の目は笑っていない。私は入り口脇に置いてある『Bouillabaisse』の看板を見た。

「大丈夫。ごめん」

 なにが大丈夫なのか、なにがごめんなのか、自分でもわからなかった。店へ戻り、厨房に立った。研いだばかりの包丁を持ち、セロリをみじん切りにする。沖縄のセロリは茎の部分が細く、葉は生野菜としても食べられる。上の方をちぎって口に入れる。噛む程に青い味が出てくる。

 最初からうまくはいかないさぁ

 なんで一真は他人事みたいに言えるのだろう。次は細長くて黄色い島人参だ。一般的な橙色の人参よりも甘みが強い。一本、何もつけずにかじりながら、皮は剥かずにみじん切りにしていく。

 ここはお前の店だろう

 そうだけれど、でも、もう少し親身になってくれてもいいのに。最後は玉葱。県産の玉葱は小粒で外側の茶色い薄皮が剥けにくい。強い辛味はなく、生で食べたらほんのり甘い。芋やかぼちゃ。トマトや茄子、きゅうり。瓜だったら、冬瓜に赤瓜(モーウイ)に西瓜、忘れてはいけない苦瓜(ゴーヤ)。豊富なフルーツ。沖縄にはなんでもある。なのに、どうして涙が溜まるのだろう。わざわざ取り寄せをしなくても安全な野菜、果物が簡単に手に入る。それで好きな料理ができて充分、幸せじゃないか。

 突き放すような一真の目が残っている。彼は時々、ああいう目をする。みじん切りが終わり、まな板の上にある玉葱を包丁でまとめようとしたときに手が滑った。包丁を固定してまな板を押さえようとしたが、まな板とともに玉葱が全て床に落ちた。

 動けない。今日の分の玉葱はこれしかない。ゴミや埃と混ざった玉葱を料理で使うことはできない。

 今日は店を閉めようか。まな板に水を流す。電話をかけ、明るい声でドライブへ行こうと言えば一真は来てくれるだろうか。床に散らばった玉葱を集めて袋に捨てる。

 でも、今日仕入れた分が無駄になる。この店を目指して遠くから来るお客もいる。市場の駐車場に車を停め、きれいとは言えない市場の中を歩き、やっと辿り着いたら臨時休業の紙が貼ってある。自分だったら、もう二度と来ない。

 厨房を出て財布をポケットに入れてA棟へ走った。ダルマおばぁと菓子屋のおばぁの姿はない。車線のない道路を渡り、大城青果店に入った。

「県産の玉葱? 今の時期は扱ってないさぁ。中国のだったらあるよ」

 丸椅子に座っていた男性は、親指で大きな冷蔵室をさした。

「ありがとうございます。他の店も探してみます」

 A棟のボスが行ったり来たりする私を見ていた。彼女の前には玉葱が山と盛られている。ボスに近づき、三個ずつ袋に入っている玉葱を手に取った。きれいなものだった。三つとも大玉で泥一つ付いていない。でも値札も付いていない。ボスの野菜だけでなく、市場で売られているものに値札は付いていない。おばぁ達は客の顔を見て値段を決める。百円高くしたり十円安くしたり。

「これはいくらですか?」

 ボスは三白眼を私にむけた。すみませんと理由なく謝り、踵を返したくなるような存在感に圧倒される。パンチパーマが伸びたような髪型のせいかもしれない。いや、やはり目だ。

「500円」

 吐き捨てるようにボスが言った。私は玉葱をもう一度見た。いくら大玉といっても高い。ダルマおばぁの無農薬の玉葱でも中玉一つ100円もしない。

「どこの玉葱ですか?」

 ボスは舌打ちをした。

「中国産」

 すみません、と玉葱を元の場所に置いた。

 今日の分の玉葱はどうすればいいのか。もう一度ボスの前を通って大城青果店へ行って買うのか。手を洗いながら、唇を噛む。ブイヤベースの甘みを出すのに必要な玉葱。どうしてダルマおばぁから多めに買っておかなかったのだろう。おいしい玉葱。安心して食べられる玉葱。沖縄で作られた、できれば自然栽培の。雅子さんの顔が浮かび、携帯を手に取った。

「今から? そこからだったら県道311を下って10分ぐらい走ったところにかりゆし市っていう農家直営の市場があるから。そこで森谷っていう人のを買えば自然栽培だよ。玉葱もたぶんあったと思う」

「ありがとう」

「今から買いに行って間に合うの?」

「わからないけれど行ってくる」

 紗里ちゃん、という声が聞こえたが電話を切った。困ったときだけ連絡をよこしてと雅子さんは思うだろうか。電話があったことを明にも伝えるのだろうか。店の電気を消してドアに鍵をかける。雨を降らせているであろう黒い雲が遠くの空に見えた。

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