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それからの数日間、美也は情報収集に費やした。
教えられた電話番号はその後、公衆電話や固定電話など様々な方法で掛けて見たが、一度もつながる事は無かった。
電源が切られているのか、既に解約しているのか分からないがもう繋がる事は無いだろう。
番号自体は知人の警察官に詳細を隠して確認してみたところ、飛ばし携帯の可能性が高いとの事だった。
一方で指定された住所にも事前に出向いてみたが、シャッターが下りたままのこじんまりとしたビルが有るだけだった。
一日丸まる使って確認して見たが、そのビルに出入りする人物などは一人として現れなかった。
並行して対象のビルの登記簿謄本を取得しビルのオーナーなども確認したが、特に問題となる様な情報は出ていなかった。
近くのタピオカ屋や、タピオカドリンクを飲む客などにも精力的に声を掛けて話を聞いたが不思議とあの日以上の情報は得られなかった。
何の成果も無いと言う事が分かった数日間だったが、逆にそれだけ情報を隠蔽できるだけの組織が絡んでいるかもしれないと言う、逆説的な意味である程度相手の組織が分かってしまう気がする。
現在の時刻は午後九時四十五分、約束の日の当日、美也はシャッターの降りたビルの前に来た。
実際は一時間以上前にこの場所に来ていたが、近くの喫茶店で時間を潰していた。
スマホを確認しながら時間を潰していると、一台の黒塗りのセダンがこちらに近づいていた。
ここから何処かへ連れていかれるらしい。
現場はここでは無いのだろう、色々と手を打っていたが多くが無駄に終わったかもしれない。
美也は覚悟を決めて黒のセダンに近づいて行くと、車は停車し、後部座席の扉が開いた。
黒いスーツに身を包んだ男性が車から降りてくる。
きっちりと左右に分けた頭髪と、銀縁の眼鏡、細身の体はどちらかと言うとそちらの筋と言うよりは研究者と言う方がしっくり合う様な様相だった。研究者と違うのは白衣では無く、黒いスーツに身を包んでいる所か。
「ようこそお出で下さいました」
慇懃な形でお辞儀をする相手に対して、警戒した姿勢を崩さず周りに注意を向ける美也。
「霞美也様、本日は一名ですか?」
「えっ、そうですけど……」
「いや、失礼。自分で言うのも何ですけど、このような怪しい誘いに妙齢の女性が一人で来るとは思ってみなかったもので」
その話を聞いた時、美也は少し後悔した。確かに電話口では一人で来いとは言われていなかった。ボディーガード代わりに友人の警察官などに声を掛けて置けば良かったか。
正直失敗した、と思った。
最近はタウン誌の情報欄への寄稿ばかりが多かったためか、感が鈍っていたようだ。
昔の自分ならもう少し危機感を持ちながら対応していたはずだ。
いくつか手を打ったとはいえ、これでは武器も無く生身で敵陣の中へ突っ込むようなものだ。
「ここに来たのは一人ですけど、一応何かあった場合に連絡が行くようにはなっています」
効果が有るかどうかは分からないが、精いっぱいの虚勢を込めて一応ブラフを入れておく。
「そうですか。まあ、そうですよね。あ、とりあえず車にどうぞ」
特に気にした風も無く頷くと、後部座席の奥へ通される。
その後ろから研究者風の男が入ってきて扉を閉める。
車はスゥっと音も無く滑り出すように発進した。
左右の窓にはスモークが入っているが、特にこちらを目隠しするなどはしない様だ。
「キョロキョロして、目隠しでもされるかと思いました?」
心の中を見透かされたかの様な言葉にどきりと心臓を高鳴らせる。
「い、いえ。そんな事は……」
「ははは、良いんですよ分かってますから。自分らが周りからどう見られてるかって事は」
懐からハンカチを取り出し、眼鏡を拭きながら研究者風の男は続ける。
「それに、霞美也様のお噂は色々と伺っていますよ。『T島町猟奇殺人事件』のルポとか面白かったですよ、良く調べて有った」
「ご存じなんですか、私の事」
「それは調べますよ、噂にもありませんでしたか? 選ばれた人だけが招待されるって」
クックックと、可笑しそうに口元を隠しながら笑う男の方を見ながら、美也は背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
こちらの情報は全て筒抜けで有ると思ってよさそうだ。
恐らく交友関係や家族関係も洗われていると思って行動をした方がいいだろう。
高々タピオカ屋の怪しい噂に対してどれだけのバックが付いているのだろうか。
軽々と仕事を受けてしまった自分に対して後悔の念が募る。
「しかし、あなたは面白い。たかがこんな噂に対して『真実』を知りたいと言ってくる。巷で流行っている都市伝説の類を本気で追おうなんて、誰が考えますか」
「でも、ただの都市伝説、では無いんですよね」
こちらが縮こまって何も話せないと思っていたのか、男は一瞬驚いた様な顔をした。
もう破れかぶれだ、今後の行動は慎重に行う事とするが、今はこの男から真実を聞き出す事に専念しよう。
これでも昔は事件記者だった。
それなりに対処は行えるはずだ。
「その通り、都市伝説の噂はまあ、カモフラージュと言う所でしょうか」
「なぜ、私を受け入れてくれたんですか? 私はこう見えてもジャーナリストです、全ての真実を知ったらそれを記事に起こして然るべきところに発表しますよ」
「ええ、そこなんてすよ。我々も実は行き詰っていましてね、あなたに我々の事業の宣伝をしていただこうかと思いましてね」
「宣伝を……?」
「ええ、宣伝です。高々タウン誌の記事じゃ少し弱いですけど、あなたなら何とかなるかと思いましてね」
宣伝とは、てっきり違法的な行為でも行われているのかと思っていたが、そうではないのだろうか。
何を宣伝すると言うのか、男の口ぶりだけでは良く分からない。
「宣伝と言われましても、私は見たままの事実を書くだけですよ。あなた方の提灯記事など書く気は有りません」
「ははは、確かにそう思われても仕方ないですね。安心してください、真実だけを伝えて頂いて問題ありませんよ。何せただのタピオカ屋ですからね。あ、そうです、タピオカドリンク飲みます? 我々の店の一番人気なんですよ」
そう言うと男は身を乗り出して助手席に置いてあったクーラーボックスから器用にタピオカドリンクを取り出すと美也に手渡した。また、もう一つ手に取り自分でもストローを差し飲み始める。
「うん、タピオカドリンクはやはりオーソドックスなミルクティーが一番美味しいと思いませんか?」
男に話を向けられ、思わず手に取ったタピオカドリンクを飲む。確かに一番オーソドックスなミルクティーだが、なかなか美味しい。甘すぎず、味わい深いミルクティーの中に、もちもちのタピオカが流れ込んできて、両者の混ざる口の中に新たな風味が生まれる。
「確かにこれは美味しいですね」
「そうでしょう、スペシャルトッピングを入れてますからね」
「スペシャルトッピングとは……」
「残念ながら秘密です。まあ、これから見学するところでおいおい分かるかもしれませんが」
意味深にそう言うと、ズズズズズとタピオカを啜る。
「さて、そろそろ到着しますよ」
そう言うと車はとある施設の様な所に入る。
年季の入った建物は、古ぼけた病院か研究所の様に見える。
車はそのまま玄関口では無く裏に回り止まる。
「到着しました。どうぞお降りください」
そう言って男は車の外に出る。
美也も反対側のドアを開け同じく外に出ると、寒々しい空気が美也の身体に吹きかかる。
まだ、残暑の季節だと言うのにここは随分と涼しい。
それもそのはず、車は高速に乗り、北関東の有る山の上の方まで来ていたからだ。
正確な場所は分からない。
スマホで地図を確認しようと、美也は鞄からスマートフォンを取り出す。
「おっと失礼、美也様、こちらではスマホは禁止となります。申し訳ありませんが、係の者に預けてもらいます」
男はそう言うとやんわりと美也の行動を遮った。
ここでの事を記事に書いても良いと言葉巧みに言うが、そうは言うモノのここでは恐らく違法行為、或いは限りなくグレーな行為が行われているのだろう。
「写真、を取り出いんですけど」
「デジカメをお持ちでは? そちらをお使いください」
内心舌打ちをしながら鞄の中のデジカメを取り出し、スマートフォンを仕舞った。
「それではご案内いたします」
そう言うと男は美也を先導し、裏口から建物の中へ入った。
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