タピオカンドリーム タピオカに人生を捧げた物語

大鴉八咫

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 タピオカブームを知っているだろうか。


 タピオカとはもともと南米原産の『キャッサバ』と呼ばれる芋の一種であり、その『キャッサバ』の根茎から製造されたデンプンの事を言う。これは菓子の材料や料理のとろみ付け、つなぎなどにも用いられるが、タピオカブームと言う名前から連想されるタピオカは、『タピオカパール』と呼ばれるボール状に感想させたタピオカをミルクティーなどの飲料に居れ、そののど越しともちもちの触感を楽しむ方が正解だろうか。


 タピオカドリンクの発症の地台湾からチェーン店が日本に進出し、第一次タピオカブームが発生した。

 その後、紆余曲折有り、平成も末頃から令和の初期にかけて、第三次タピオカブームが発生した。

 インスタ映え、SNS映えと言った当時のソーシャルネットワークの隆盛と、若い女性層への希求が相まって、当時一大ブームを巻き起こした。台湾発祥のお店だけでなく、日本独自のお店や、既存のコーヒーショップなどもタピオカドリンクを扱う段になって、いよいよブームに終わらずこのまま文化として定着するかと思われたが、いつの間にか第三次ブームも過ぎ去っていった。


 第四次、第五次とタピオカブームが続き、その都度定着することは無かったが、第六次タピオカブームが発生した際に、根本的な構造の変化が起こった。この第六次タピオカブームがある種のターニングポイントとなった。


 第六次タピオカブームが発生した際の売り文句は、『食感から触感へ、飲食から体験へ』がスローガンとなった。


 技術の発展はすさまじく、既存のタピオカドリンクに加えて、タピオカパール入りの入浴剤でタピオカ風呂に入り、タピオカをベースとしたスイーツや料理の数々、ペットボトル入りタピオカ飲料、元のデンプン状態のものを使用したタピオカパックといったエステの類と、まさに食感から触感へと言った様々な方向へタピオカは進出していった。


 そんな中、とある街の路地裏に有るタピオカ屋が若い女性たちの間で静かに噂になっていた。

 そのタピオカ屋では今までに無いようなタピオカ体験ができると言う。

 飲むや食べる、或いは肌に触れると言ったような体験ではなく、まさにタピオカならではのタピオカ体験ができるらしい。

 タピオカならではのタピオカ体験が何かは分からないが、その体験をするともう普通の人生には戻れないと言われている。

 しかしあくまでも噂であり、その噂には信憑性が無く、実際に体験したと言う人が出てくることは無かった。


  *


 フリーライターの霞美也かすみみやはある地域密着型フリーペーパーに毎月原稿を寄稿していた。

 そんな折、その地域に噂のタピオカ屋が有るとの情報が入り、編集者からその確認をお願いされた。

 次の原稿に使おうと、美也は噂の真相を確かめるため、この地域のタピオカ屋を取材していった。


 美也はその地域の様々なタピオカ屋を訪問した。

 噂では路地裏と言うキーワードが有ったが、どこまで信憑性が有るのか分からないため、片っ端から取材を申し込む。

 もちろん噂の真相を突き止められなくても、単純に地域のタピオカ屋の詳細を文字に起こすだけでもそれなりの記事にはなるだろうと言う、いわば保険である。


「すみませーん。○○タウン誌の霞と申しますが、今この地域のタピオカ屋さんの取材をしてるんですけど、お話伺ってもよろしいですか?」


 電話口で開口一番そう告げる。

 最近はどこのタピオカ屋もある程度繁盛しており、突撃取材で営業時間中にうまく話を聞くことが難しい。

 仕方がないのである程度事前に電話をかけアポイントを取る事にしていた。


 とは言え締め切りは待ってはくれないので、空き時間にアポイント無しで突撃することもあるし、タピオカドリンクを飲んでいる若い学生達に話を話を聞く事もある。


 大抵の場合、今までに無いようなタピオカ体験の質問を振っても、分からない、或いは既に既知の情報しか出てこない。

 確かに新しい、と思わせるような情報も、ただの新メニューであったりして、なかなかタピオカを体験すると言う噂の真相には到達しない。


 このまま地域のタピオカ屋マップでも作ってそれを記事にするかと、たまたま入ったタピオカ屋の店内で抹茶フローズンタピオカドリンクを飲みながら、諦め半分で取材内容をまとめていた時に、後ろの席で話す女子高生達の声が耳に入ってきた。


「ねえねえ、聞いた? 真理子の噂」

「真理子って、先週から学校来てない2組の子?」

「そうそう。あの子、例のタピオカ屋に行ったらしいよ」

「えっ、あの噂の?」

「そうそう、あの噂のタピオカ屋」


 もしかして例のタピオカ屋だろうか。

 美也は後ろの女子高生達の会話に耳を澄ませた。


「あの子タピオカ狂いだったからねぇ、毎日飲んでたし」

「そうそう、最終的にタピオカになりたいとか言い出して、頭おかしいんじゃないかと思ってた」

「やだ、てことはあの噂本当だったのかな」

「タピオカ新体験、今まで味わえなかったタピオカ体験をあなたに、だっけ?」

「そうそう、うちのとこにはメール来なかったけど、お姉ちゃんの所にはそのスパムメール来たよ」

「えー、マジで」

「マジマジ、うけるー」

「ねえ、ちょっと良いかしら」


 美也は振り返って女子高生達の方を見ると、その輪に入るように身体を入れて声を掛けた。


「えっ、何?」

「えっ、えっ」

「いきなりゴメンね、私こういうモノなんですけど」


 そう言うと、タウン誌では無く、フリーランスで使っている方の名刺を取り出して彼女達に渡す。

 女子高生が相手の場合、少しくらいミステリアスな方が彼女達の興味を引けると思っての選択だ。


「フリーランスのジャーナリスト?」

「ええ、週刊誌とか新聞とか、そう言ったところで記事を書いているフリーの記者です」


 少し実績を誇張する。


「そのジャーナリストさんが一体何を?」

「今お話していたタピオカ屋さんの事について少しお話を伺わせて貰っても良いかしら」


 女子高生達はお互いに顔を見合わせ、手元の名刺を確認し、そして何か期待するような顔をして頷いた。

 学生と言うものは、日常よりも非日常にあこがれるものだ。普段出会わないようなフリーのジャーナリストに話を聞かれると言った行為は彼女たちの中での非日常になるのだろう。何かを期待したような目でこちらを見てくる。

 逆に大人になると非日常よりも日常が恋しくなる。

 日々過ぎ去る日常が愛おしく、そしてなかなかそれが難しい。


「タピオカ屋さんの話って、さっき話していた真理子が行ったタピオカ屋の話でいいんですか?」

「そうそう、それ。お姉さん、今その謎を解明するために取材してるんだよね」

「えー、でもただの噂ですよー」

「瓢箪から駒って事もあるでしょ、実はすごい犯罪なんかが絡んでるかもしれないわよ」

「ひょうたんってなんですか?」

「やばい、うけるー」


 ジェネレーションギャップに少しがっかりする。いやしかし、そもそも瓢箪から駒なんてことわざ、自分の親世代以前しか使ってないかもしれないと思いなおして心を落ち着ける。

 その間も、美也はがっかりした感じを表面上は出さずに、彼女達から話を聞き出そうと色々と誘い水を出す。


「私が知ってる範囲だと、その謎のタピオカ屋はどこかの路地裏に有って、今までに無いようなタピオカ体験ができるって事と、そこに行くともう普通の人生には戻れないって事かな。海とも山とも知れない話過ぎて、正直どうやって手を付ければいいか分からなくて……」

「あー、良く聞く噂っすねー」

「あたしもそれは聞いた聞いた」


 女子高生達が話に乗ってくる。

 後は特別こちらから気を使わなくても、めいめいがそれぞれ知っている情報を面白おかしく話してくれた。


「あたし、そのタピオカ屋に行くには条件が有るって聞いた」

「条件? 何々?」

「たしかね、タピオカが好きすぎて、毎日でも飲みたい人じゃないと駄目なんだって」

「えー、流石に毎日タピオカはお腹たぴおかじゃね」

「何お腹たぴおかって、うけるー」


 変な坪に入ったのか、女子高生達の笑いが止まらない。


「それで場所とか、連絡方法とか、そう言うの知ってる人いない?」


 笑い出した女子高生達を落ち着かせるベく、手元に有る飲み物を勧めて再度質問する。


「あー、なんか選ばれた人だけに連絡が来るって話は聞いたかも」

「そう言えば真理子もなんか特別な電話番号貰ったとかなんとか言ってなかったっけ?」

「その電話番号知ってる?」


 勢い込んで聞いてみるが、答えは芳しくなかった。


「いやー、うちら真理子とそんなに親交ないしー」

「誰にも教えてないんじゃないかなー。あたしだけ選ばれたんだから、誰にも教えないけど自慢だけはするみたいな」

「そんな子だったかもー」


 有用な情報が得られずがっかりするも、そう言った事が有ると分かっただけでも大分先に進んだような気がする。


「それで、その真理子って子は学校来てないの?」

「そうそう、その辺の話が出た後、先週位からかな、学校来てないって2組の知り合いが行ってた」

「家にも帰ってなくて、親が捜索願出したとかも聞いたよ?」

「うっそー、そんな大ごとになってるの。こわーい」


 失踪に関しては警察も情報を得ていると考える方が良いけど、知り合いの警察官に聞いてもきっと大した情報は今の段階では得られないだろう。

 しかも、ただの女子高生の失踪、そこにタピオカ屋と言うキーワードが出ているかも怪しいし。


「そう言えば最近学校来なくなる子増えたよねー」

「そうかな? うちら一年の時とか結構いなかった?」

「夏休みデビューして学校来なくなる子とか結構いたっしょ」

「いたいた」


 既に女子高生達の話題は別の事に移行していた。


「有難うね。色々有用な情報が得られたわ」

「まじっすか」

「そりゃよかったっす」

「またねー、お姉さん」


 小さく手を振りながら女子高生達のテーブルを後にする。

 飲み切ったタピオカドリンクのカップを店内のゴミ箱に捨てながら今後の事を考える。


 選ばれた人だけに伝えられると言う連絡先。

 どうにかそれを手に入れられないか。

 方向性としてはタピオカ屋に取材をするよりも、タピオカ屋に来ている若い客を捕まえて話を聞く方が良さそうだ。

 よりタピオカを愛していそうな、タピオカに魅入られている人を探す方向で行動しよう。

 

 そう考えた時、少し美也は可笑しくなった。

 タピオカを愛しているとか、タピオカに魅入られるとか、いつの間にタピオカと言うものはそう言う存在になったのだろうか。

 昔はただの珍しい飲み物だったと思ったが、より真剣にタピオカの事を考える人が増えて来たのか、最近は一過性のブームでは無く文化として根付いている感じが少ししている。


 そんな事をつらつら考えながら店を出ると、タピオカ屋の店員に呼び止められた。


「お姉さん、忘れ物」


 後ろから忘れ物と声を掛けられて、つられて自分の鞄を覗いてしまう。

 スマホ、メモ帳、財布に定期、その他もろもろ、特に忘れ物をしているようなものは無いが。

 おかしいなと思い振り向くと、店員(ネームプレートに店長と書いてある)がニコニコしながら名刺を手渡してきた。


「忘れ物、ですか?」

「ええ、コレ忘れてましたよ」


 そう言って店長が手渡してきたのは、美也が取材時に渡した美也の名刺だった。

 何で渡した名刺を返すのか、少し不機嫌になりながら受け取る。


「それでは、確かに渡しましたよ」


 何か念を押すように言うと、店長はそのまま店内の接客に戻っていった。

 返された名刺を再び名刺入れに入れようとして、裏にマジックで書かれた文字に気が付いた。


 050-XXXX-XXXX


 それは携帯電話の番号だった。

 美也はもう一度名刺の裏表を見ると、接客をしている店長の方を見た。

 彼は既にこちらには注意を向けておらず、むしろ極力こちらを見ない様にしている様でもあった。


 美也は急く気持ちを抑えながら取り合えずこの場を立ち去る。

 通り近くの裏路地に入り込むと美也はすぐさまスマホを取り出し名刺に記載された電話番号に電話を掛けた。


 トゥルルルルルル


 無機質な呼び出し音が耳の奥に響く。

 気が急いているためか、数秒が随分長い様に感じてしまう。

 何回かの呼び出し音の後、ついに誰かに通話が繋がった。


「も、もしもし」


 心の準備は出来ていたはずだが、思わず上ずった声が出てしまう。


「……」


 相手からの応答は無い。

 まるでこちらの出方を伺う様に沈黙を守っている。

 しかしこの電話の先に確かに誰かが居ると言う空気感が感じられる。


「あの、実は○○と言うタピオカ屋からこの電話番号を聞きまして……」


 相手側の出方を確認してから本題に入りたかったが、相手が沈黙していので仕方がない。

 こちらから本題を振ってみる事にした。


「霞美也か……」


 見知らぬ人物に自分の名前を言われて、一瞬心臓が縮むような感覚を受ける。

 しかしよく考えれば名刺は方々に配りまくっているし、恐らく先ほどのタピオカ屋から事前に連絡が行っていたのだろう、こちらの情報がある程度伝わっていると考えた方が良いかもしれない。


「……そうです」


 絞り出すように声を出す。

 一瞬たりとも相手からもたらされる情報を得ようと、神経を研ぎ澄まして受話口に意識を集中する。


「何が知りたい」


 相手からの質問にはっとする。

 美也は改めて考える、何を知りたいのだろうと。

 元々は地元のタウン誌のいちコーナーに載せるだけの面白可笑しい記事を書くだけだった。


 巷ではやっている噂を、それっぽく解説し、玉虫色の調査結果としてそれっぽい記事を書くだけで良かった。

 しかし、今では噂になっているタピオカ屋のすべてを知りたいと思っている。

 謎の高揚感が彼女を突き動かしている。


「真実を」


 思わず美也の口を付いて出た言葉は、しかし彼女の心の中にあるジャーナリストとしての矜持がそう言葉を発させた。

 電話口の向こうの人物はそれを聞き、笑うでもなく関心した声を漏らす。


「そうか、それなら今週金曜日の午後十時に、今から指定する場所に来い」


 そう言うと、電話口の向こうの人物はとある住所を口にした。

 慌ててメモ帳を取り出し、不安定な姿勢のまま口にされた住所を慌ててメモに取る。

 相手はそれを口にすると早々に通話を打ち切った。


「あっ、ちょっと」


 慌てて声を掛けるが既に電話は切れた後だった。

 もう一度同じ番号に掛け直してして見るが、「おかけになった電話番号への通話は、お繋ぎできません」と無機質な応答メッセージが流れてくるだけだった。


「仕方ない、当日まで少し情報を集めておくか」


 そう呟くと美也は大通りの方へ戻っていった。

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