第18話 親子喧嘩
「父上、いい加減にしてください。あの森の呪いは、王家がもたらしたもの。この国を守るために、我々が動かなくてどうするのですか」
呪いが王国にもたらす災厄を思えば、関わるななどとは言えないはずだ。
クリストフは真剣な表情でザイラックに訴える。
「それが駄目だと言っているのが何故わからんのだ!」
つい先ほどまで浮かべていた笑みは消え、為政者としての圧力に気圧される。
しかし、クリストフも負けてはいられない。
魔女の呪いを解くために、大切な友も、愛する人も、先祖も、皆がクリストフを信じてくれているのだ。
「何故、駄目なのですか? 俺は、父上よりも知っています。魔女のことも、あの森の呪いのことも!」
「だったら、これは知っているか? あの森の呪いは、王家が関われば関わるほどに力を増していく。それに比例するように、呪いを抑える女神の加護が薄れていっていることを」
「……それは、どういう」
初耳だった。
そんな話はラリアーディスからも聞いたことがない。
文献にも書かれてはいなかった。
クリストフの側で、ラリアーディスも訝しげな顔をしている。
「過去の王家が、国に害をなすかもしれない呪われた森をただ放置していたとでも思うのか?」
ザイラックの問いに、クリストフは息を呑む。
"呪われし森"は昨日今日できたものではない。
数百年前からずっと、ヴァンゼール王国に存在する。
クリストフと同じように、魔女の呪いを解こうとした者が一人もいなかったと言い切れるだろうか。
「お前も調べたなら、魔女が呪っているのが誰かは分かるな?」
父よりも呪いに関しての知識はあると自負していたはずなのに、簡単に答えられるはずの問いに口が渇いていく。
「初代国王――ラリアーディス陛下、です」
「そうだ。つまり、魔女たちが呪っているのは、国民たちじゃない。俺たちヴァンゼール王家というわけだ」
ザイラックは頷いて、グラスに注がれた真っ赤なワインを一口で飲み干した。
「お前がもし魔女なら、呪いたい対象が目の前に現れたらどう思う? それも、今までずっと呪いの届かない安全な場所にいた相手が、自分から現れたら」
ザイラックが言っていた意味を理解した。
これまでのヴァンゼール王家が、"呪われし森"を立ち入り禁止とし、できるだけ関わらずにいたのはそれが理由だったのだ。
王家が関われば、呪いの力が増す。
そのことをクリストフも経験していたはずだった。
「ついこの間、アルフレッドが呪われた時、てっきりお前なら理解して諦めると思っていた」
たしかにあの時、クリストフはもう誰も巻き込みたくないと思った。
しかし、魔女の呪いを解くことを諦めるつもりはなかった。
「ですが! 呪いの対象であるヴァンゼール王家の血を引く俺が立ち入っても、呪われたことはありません」
拒絶反応なら、何度も経験したが、女神の加護のおかげなのかクリストフが呪われたことはない。
「クリス、やっぱりお前はまず愛を学ぶべきだ」
「は? いや、この流れで何故そうなるのですか!」
わざとらしく盛大なため息を吐かれて、クリストフはかっとなる。
「初代国王は魔女に愛を囁いて、あの森へ誘い出した。たとえ男の愛が嘘だったとしても、魔女が本気で愛していたからこそ、魔女族は滅んだ」
『嘘ではない! 私は本気で彼女を愛していた……!』
ザイラックの言葉を強く否定するようにラリアーディスが叫んでいるが、当然父の耳には届いていない。
「いくら呪いたいほど憎くても、愛した男の血を引くヴァンゼール王家の者を害することは出来ないんだろう。その代わり、近くにいる人間は呪いを受けてしまうがな」
だから、父は呪いに近づくなと言うのだ。
「女神の加護を利用すれば、王家に災厄が……ってのも、魔女を女神様の力で封じ込めることはできたが、結局ヴァンゼール王国は長年にわたって魔女の呪いに蝕まれることになった。だから、女神の加護を利用することは禁忌とされている」
同じ過ちを繰り返さないために。
それに、女神の加護は気まぐれで、再びあの森の呪いを抑えてくれる保証などない。
「これ以上呪いを刺激するよりも、お前は自分の守るべき者のことだけを考えろ」
ザイラックの言葉に、クリストフはぐっと拳を握る。
「……もしかして、父上はそのために、イザベラ王女の滞在を受け入れたのですか? 俺が彼女への想いを燻らせていると知っていたから?」
愛する女ができれば、魔女の呪いに関わるのをやめるだろう。
そう思われていたのだろうか。
今回のイザベラの来訪が告げられなかったのも、反応をみるためだったのかもしれない。
一度失った彼女に再び会えた時の、恋する男の姿を。
まんまと父の掌の上で転がされていたのかと思うと、悔しくてたまらない。
しかし、そんな父でさえも知り得ない情報をクリストフは持っている。
「生憎ですが、俺は手を引く気はありませんよ」
「イザベラ王女との結婚は望まないと?」
「魔女の呪いを解くことが、彼女の望みですから」
愛する女性がどれだけの覚悟を持っているのか。
それすら分からないほどの愚か者ではない。
クリストフは驚く父ににっこりと微笑みかけ、今度こそ部屋を出ていった。
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