閑話 親心

 バタンと閉じた扉が、再び開かれる。

 国王の私室にノックもなく現れたのは、月の女神かと見紛うほどの美女。


「その様子だと、クリスは提案を受け入れなかったようね」


 不貞腐れるようにソファに身を預けていたザイラックは、ふいと顔を背けた。

 情けない姿を愛しく、美しい妻に見られてしまった。

 そんなザイラックにはお構いなしに、王妃キャサリンは彼の隣に座る。


「素直に心配だと言えばいいのに……あなたも本当に意地っ張りな人ね」


 口元に笑みを浮かべながら、つん、と人差し指でザイラックの頬をつく。


「キャシー……あいつは、将来この国の王になるんだ。王は時に個人の判断よりも優先すべきことがある。それを、ちゃんと分からせねぇと……」

「けれど、今はまだあの子は王子で、国王はザイラック、あなたよ」

「それは、そうだが」


 歯切れの悪いザイラックの返事に、キャサリンは小さくため息を吐く。


「せっかくあの子が見つけた道を阻むだけが、父親のすることかしら?」

「俺は父である前に国王だ」

「あら。だったらわたくしも、あなたの妻である前にあの子の母親よ」

「……キャシー」


 咎めるようなザイラックの視線に、キャサリンはにっこりと笑う。

 その笑みに観念して、ザイラックは白状する。


「昔の俺を見ているようで怖いんだ。あの時のようにまた、大切なものを失ったら……」

「ザイラック。きっと、大丈夫よ。クリスには、力になってくれる人がちゃんといるもの。わたくしたちだって。ねぇ、そうでしょう?」


 大丈夫ではなくても、大丈夫にしなければならない。

 そうでなければ、また、大切なものが失われてしまう。

 十年前、大切な友を失った時のように。

 同じ思いを、後悔を、息子にはさせたくない。

 しかし、そうならないように守ればいいとキャサリンは微笑む。


「あぁ、そうだな」


 ザイラックはどこか吹っ切れたような笑みで頷き、愛しい人を抱きしめた。

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