第17話 父王からの提案

 アルフレッドがシエラとともに領地へ戻り、慰霊碑の制作を始めた頃。

 公務を終えたクリストフは、国王である父ザイラックに呼び出されていた。

 てっきりいつもの執務室か謁見の間かと思っていたが、私室に来いということだった。


「国王ではなく、父として話があるということだろうか……」

『うむ。いい加減、そなたの父も魔女の呪いを解くために協力すればいいものを……』


 クリストフがひとりごちると、ラリアーディスが文句を言いながら姿を現した。


「父上は豪快なようでいて意外と慎重派ですからね」


 突然現れたラリアーディスに対して、クリストフは小声で答える。

 初代国王の霊体が側にいることにすっかり慣れている自分にも驚いてしまう。

 しかし、ここ最近で最も驚いたことといえば、イザベラの前世が魔女だったことだろう。


「……そういえば、イザベラ王女に魔女と近いものを感じるって、彼女の前世が魔女だと気づいていたなら教えて欲しかったです」


 事前に知っていれば、もう少し話の内容や接し方も考えることができたのに。

 今更後悔しても遅いと分かっているが。


『確信はなかった。それに、私にとって大切なのは、愛する彼女だけだ』


 愛する魔女への心残りでこの世にとどまっている彼にとって、その他の情報は曖昧になるのかもしれない。

 何百年も、ただ一つの想いだけを魂に刻み、霊体となっているのだから。

 執念に近いその愛は、果たして呪いの元凶となった魔女に届くのだろうか。


「でも、やっぱり俺の告白がなかったことにされたのは、魔女の呪いが関係しているよな……」


 玉砕した自分のことも思い出してしまい、クリストフはため息を吐く。

 イザベラの前世が魔女だと告白されて、"呪われし森"に同行したいという申し出を受け入れた。

 そして、いい加減自分の気持ちに素直になろうと覚悟を決めた告白はなかったことにされた。

 あの時はショック過ぎて寝込むかと思ったが、イザベラの気持ちを考えれば当然のことかもしれない。

 今まさにクリストフたちが直面している問題は、魔女の呪いだ。

 イザベラも前世でこの呪いに関わっている。

 前世でも今世でも一度は憎んだクリストフに告白されても、真剣に考えられるはずもない。

 ただイザベラの笑顔が見たいなんて甘ったれたことを口にした自分が馬鹿過ぎて、あの時間を巻き戻したい。

 あれから、あまりに自分が情けなくて、イザベラとは顔を合わせていなかった。


『だが、相手に伝えたい想いを伝えることができたのなら、十分ではないか』

「俺の想いを聞き入れてもらえなくても、ですか?」


 かなり不貞腐れた言い方になってしまったが、ラリアーディスは怒るでもなく頷いた。


『私は彼女に真実を伝える機会すらなかったからな。そなたの声は届いていたのだろう?』


 その言葉にハッとした。

 たしかに、イザベラには聞かなかったことにすると言われたが、届けられなかったわけではない。

 忘れられてしまうとしても、クリストフの気持ちは伝えることができた。

 今はそれでよしとしよう。


「ヴァンゼール王家って、魔女に嫌われる運命なんですかね」


 大きくため息を吐きながら、クリストフは言った。

 初代国王は愛する魔女に愛を伝えられず、あろうことか魔女殺しの王として名を残している。

 クリストフの愛する女性は前世が魔女であるために、愛を聞き入れてすらもらえない。


『そなたと違って、私は彼女から愛されていたがな』

「裏切り者だと思われて、王国に呪いまで残されてる男がよく言いますね」


 そんな不毛な言い合いをしているうちに、クリストフは父ザイラックの部屋の前まで来ていた。

 一度深呼吸をして、扉をノックして名を告げる。

 「入れ」という声で扉を開けば、ソファでくつろいだ様子の父に手招きされた。


「クリストフ。今、誰かと話していたか?」


 廊下で一人喋っていたことを思いきり父に怪しまれていた。

 さすがの父も、初代国王の霊と話をしていたなんて信じられないだろう。


「いいえ。それで父上、話とは?」


 おおかた予想はついている。

 何もなかったかのような笑みを浮かべて、クリストフは本題を促す。

 その様子に軽くため息を吐きながらも、ザイラックは真剣な表情でクリストフを見据えて言った。


「お前、イザベラ王女に振られたのか?」

「は?」


 予想外の質問に、クリストフは思わず呆けてしまう。

 何故、父にまで傷口を抉られなければならないのか。

 クリストフは真顔で「そういうお話なら失礼します」と立ち上がった。

 しかし。


「待て待て。ラブラブのベスキュレー公爵夫妻は誰のおかげで結婚したと思っている。俺があの二人の恋のキューピッドだぞ? 息子の恋も応援させてくれよ」


 自信満々に笑みを浮かべている父は、とても楽しそうだ。

 本気で傷心の息子の恋を応援しようと思っているのかは怪しい。


「イザベラ王女との婚約を解消したのは他でもない父上ですよね? それに、俺はきっぱり振られていますから、放っておいてください」

「政略結婚の婚約は解消したが、恋愛結婚で互いの意思があれば、俺はいつでもお前の婚約を認めるが?」

「! でも、イザベラ王女は」

「俺の息子だろ。口説き落とせばいい」


 にやりとザイラックは勝気に笑う。

 さすが、一目惚れした母に愛を乞うて結婚にまでこぎつけた男だ。

 国王夫妻の仲は良すぎるくらいだが、実を言えば完全に王妃である母の尻に敷かれている。

 それがまた幸せそうだから誰も何も言えないのだが。


「は、はは……さすが、父上ですね。それで、イザベラ王女との結婚を認める見返りは何ですか?」


 王侯貴族の結婚は、国王が認めなければならない。

 正直、国王である父が味方してくれるのはありがたい。

 だが、このタイミングで話を持ってきたということは。


「以前から忠告していることだ。"呪われし森"にはもう関わるな」

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