第16話 妻としてのサポート
「ら〜らら〜♪」
シエラは今日も愛しい夫と職人たちへの差し入れを手に、ご機嫌だった。
領地へと戻ってきたアルフレッドは早速職人たちと打ち合わせを行い、作成した図案を具現化すべく作業を開始した。
あれから一週間。
ほとんどアルフレッドは屋敷に戻ってこないが、そんなことは最初から分かりきっていたこと。
シエラも、彼らの働きを全力でサポートすると決めていたから、今回ばかりは寂しいなんて気持ちは抱かなかった。
皆が作業に集中するあまり体を壊さないようにということだけが心配だった。
だから、定期的に差し入れをして、様子を見ることにしたのだ。
(ふふ。お仕事をしているアルフレッド様を近くで見られるなんて、毎日幸せ過ぎるわ)
普段、アルフレッドが仕事をしている様子をシエラが見ることはない。
しかし、作業場への立ち入りを許されている今回は言うなれば見放題である。
そのため、思わずスキップをしてしまうほど、シエラは浮かれていた。
「奥様、その緩みまくった表情をなんとかしてください」
「えっ?! わたし、そんなに顔に出ていた?」
同行してくれているメリーナに冷静に指摘され、ハッとする。
作業場まで送ってくれている護衛騎士にも、微笑ましく見守られていた。
「えぇ。顔にも、歌にも」
「そ、そんなぁ……」
「まぁでも、奥様のそういうところが旦那様の癒しになると思いますけれど、あまり浮かれ過ぎると怪我をしてしまいますからね。ほどほどになさってください」
これから行く場所は、慰霊碑の制作現場だ。
危険な工具もある。
むやみに歩き回らないこと、工具に勝手に触らないこと、何があってもアルフレッドの指示に従うことを条件に作業場への出入りを認めてもらっているのだ。
浮かれてその言いつけを破ってしまっては大変だ。
シエラはメリーナの忠告を真剣に受け止める。
「ありがとう、メリーナ。気をつけるわ。実は、妻として仕事中のアルフレッド様に差し入れできることがまだ慣れなくて、浮かれていたの」
「それは、奥様だけじゃあないかもしれませんけれどね」
「――え?」
メリーナの言葉にどういうことかと首を傾げたところで、領地にあるベスキュレー家の巨大な工場が見えてきた。
屋敷の地下にも簡単な作業場はあるが、やはり大きな石材などを使う制作現場としては小さ過ぎる。
かつての造船の部品の制作などはこの工場で行い、王都の造船工場で最終的な組み立てを行ったのだとか。
「公爵様〜! 奥様が来ましたよ〜!」
解放された出入口のおかけで、中にいる職人たちがシエラを見つける方が早かったらしい。
「今日の差し入れはなんだろうな」
「奥様が持ってきてくれる差し入れは本当に癒しだよなぁ」
「あぁ。疲れた体に沁みる」
我先にとシエラが待つ外へやってくる。
作業場で食べるわけにはいかないので、工場の外に食事スペースは作られていた。
長テーブルの上にシエラは今日の差し入れを並べる。
栄養満点の野菜スープと、ジューシーなロースカツサンド。
そして、疲れた体でも食べやすい果実入りのゼリー。
メリーナとゴードンと一緒に作った自信作だ。
「皆さま、作業お疲れ様さまです。しっかり食べて午後からの作業も頑張ってくださいね」
テーブルについた職人たちは目を輝かせながら、ロースカツサンドをほおばり、野菜スープを口にしている。
しかし、シエラの一番のお目当ての愛しい人は、まだ中にいるらしい。
「アルフレッド様?」
荒削りの石材の前でチョークを持ち、アルフレッドは真剣な表情で考えこんでいた。
考え事の邪魔をしてはいけない。
シエラは後ろからそっと見守る。
(アルフレッド様の手つき、無駄がなくて洗練されていて、本当にすごいわ!)
アルフレッドは熟考の後、石材に迷いなく目印をつけていく。
そんなアルフレッドの姿に見惚れて、シエラは胸をときめかせる。
今のところ、大きな問題はなく作業は予定通り進んでいると職人たちは話していた。
「ふぅ。こんなところか……」
アルフレッドの集中が途切れたところで、シエラは改めて声をかける。
「アルフレッド様、昼食の差し入れに参りましたわ」
「シエラ。いつもありがとう」
優しい笑みで礼を言われるだけで、シエラの胸は満たされた。
「いえいえ。さぁ、アルフレッド様も皆さまと一緒に食べましょう」
そう言って、シエラはアルフレッドにハンカチを手渡す。
チョークの粉で手が白くなっていたからだ。
素直にハンカチを受け取りながらも、アルフレッドは心配そうにシエラに問う。
「とても助かっているが、毎日だと疲れないか?」
「アルフレッド様のお顔を見られるチャンスですもの。それに、わたしの料理の腕も上がってきましたから、これからはアルフレッド様の胃袋も掴んでみせますわ」
にこっと笑えば、アルフレッドは口元をふっと緩めた。
「本当に、あなたには敵わないな」
すでにシエラにすべて奪われていると思っていたのに、まだ先があるなんて。
アルフレッドは幸せそうに笑った。
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