第13話 レストランデート(1)
空には星がきらめき、街には街灯が灯りはじめる。
夜の王都といえば、シエラにとっては仕事の記憶がほとんどだ。
【盲目の歌姫】として、クルフェルト楽団の一員として、劇場やオペラ座、時にはレストランでも歌っていた。
それらの場所は結婚後に訪れる機会もなかったが、自分が歌っていた場所には純粋に興味があった。
そして、アルフレッドが連れてきてくれたレストランもそのうちの一つ。
一緒に来ていた姉がレストランというよりまるで美術館のようだと評していたから、とても気になっていたのだ。
「シエラ、足元に気を付けて」
「ありがとうございます」
アルフレッドのエスコートで馬車から降りると、まず目に入ってきたのは乳白色の大理石の建物。
優美な曲線を描く柱と重厚な樫の扉には凝った装飾がされている。
(お姉様が言っていた通りだわ……!)
建物全体の壁だけでなく、窓枠にまでこだわりを感じる。
赤い絨毯が入口に向かって伸びており、白いエプソンをしたウェイターの姿が見えなければ、美術館か何かだと勘違いしてしまいそうだ。
このレストラン自体が一つの芸術品として献上されてもおかしくないくらい、とても美しい。
「アルフレッド様。わたし今、とても感動しています。ヴァンゼール王国が芸術の国だと知ってはいましたが、こんなにも目に映るものすべてが美しいだなんて思ってもいませんでしたわ」
「それはよかった。このレストランは内装も美しいから、楽しんでもらえると思う」
「まぁ、本当ですか? 楽しみです!」
「では、早速店内に入るとしよう」
アルフレッドは柔らかく微笑み、シエラの腰を抱く。
心なしかその声は弾んでいて、シエラも嬉しくなる。
(アルフレッド様も楽しんでくれているようでよかった)
久しぶりのデートに浮かれているのは、シエラだけではなかったのだ。
大好きな人とは一緒にいられるだけでいい。
そうは思っても、やはりいろんな思い出が欲しいと欲は出てくる。
夫とのレストランデートを精一杯楽しもうとシエラは改めて意気込む。
アルフレッドのエスコートで店内に入ると、ウェイターが出迎えてくれた。
「わぁ……本当に、とても素敵ですね!」
天井には輝くシャンデリアと優美な装飾。
白と青を基調とした落ち着いた店内では、多くの人が食事を楽しんでいた。
深い青の絨毯に描かれた幾何学模様。
店内の随所を飾る活き活きとした花と、それらを引き立てる陶磁器の花瓶。
どこを見ても美しくて、シエラは感嘆の声を上げる。
思わずアルフレッドの腕にぎゅっとしがみつけば、さっと顔を逸らされてしまった。
「あ、わたしったら、ごめんなさい……」
はしゃぎすぎてしまった、とシエラが反省していると、慌ててアルフレッドが否定する。
「違う! シエラがあまりにも可愛すぎて、人の目があるのに襲ってしまいそうだったから……あなたは悪くない」
――しいて言うならば、可愛すぎるのが悪い。
と耳元で囁かれてしまえば、ボンっと爆発したようにシエラの全身がいっきに熱くなる。
(アルフレッド様こそ反則ですわ……!)
気を抜けば愛しい低音に簡単に腰を砕かれてしまう。
シエラはドキドキする胸を押さえる。
いちゃつく二人を予約席まで案内するウェイターまでもが、聞こえないふりをしながらも赤面していた。
アルフレッドの色仕掛けに耐えている間に、半個室のテーブル席についていた。
テーブルの上には花瓶が飾られ、食器とカトラリーが準備されている。
「なんだか、ここが王都の街中だとは信じられません」
装飾も雰囲気も一流のものばかりで、宮廷晩餐会に参加しているような気分になる。
シエラが虹色の目を輝かせていると、アルフレッドがふっと笑う。
「だが、ここはレストランだ。メインは料理だということも忘れないでやってくれ」
「あっ、そうですよね! すみません、素敵すぎてつい……」
「私が初めてここに来た時のことを思い出すな」
「アルフレッド様は、ここには何度か来たことがあるのですか?」
「あぁ。子どもの頃に一度だけな。私もシエラと同じように壁や天井の装飾ばかりに気を取られていたら、ここはレストランだと父に注意されてしまったよ」
そう言って、アルフレッドは穏やかに目を細める。
遠い思い出をたどるように。
優しい声音の中には、寂しさと切なさが感じられた。
シエラは、表情の変化よりも声音の変化の方をより敏感に感じ取れる。
表情は取り繕えても、声に乗せる感情までをも誤魔化すことは難しい。
(アルフレッド様……)
シエラの胸がぎゅっと切なさに締め付けられる。
けれど、こうしてアルフレッドが子どもの頃の話をしてくれるのは珍しい。
それに、シエラが知らない子どもの頃のアルフレッドの話をもっと聞きたかった。
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