第12話 受け継いでいるもの
「それは、どういう……?」
アルフレッドはサイラの言葉の意味が分からず、思わず問うていた。
すると、サイラは穏やかに目を細め、自身が座っている車椅子の肘掛をさすった。
「車椅子を発案したのは、先代のベスキュレー公爵様ですよね?」
「えぇ。たしかに、車椅子は父が発案し、作ったものです」
「私は数年前に事故に遭ってこんな体になりました。足が不自由になった時は絶望しましたが、この車椅子のおかげで行きたい場所に行くことができています。今は発案された当時よりもさらに改善されているのですよね? 現ベスキュレー公爵であるアルフレッド様の手によって」
サイラの青色の瞳が、まっすぐにアルフレッドに向けられる。
そこには、今まで【包帯公爵】に向けられていた畏怖ではなく、父センドリックが向けられていたような感謝と尊敬が込められた眼差しがあった。
「車椅子がなければ私は母が築き上げた「オリディア」を続けていくことができなかったでしょう。ですから、いつかベスキュレー公爵様にはお礼をしたいと思っておりましたの」
父センドリックが残したものを、アルフレッドは確かに受け継いでいる。
車椅子の改良もそのうちの一つ。
座面やタイヤの素材を変えてみたり、構造を見直してみたり、少しでも使用者が快適に過ごせるようにと改良を進めた。
多忙な日々の中で現場に行くことが難しく、書面によるやり取りがすべてだった。
だから、こうして誰かの助けになれているのだということを今、サイラの言葉でアルフレッドは初めて実感した。
「ベスキュレー公爵様、本当にありがとうございます」
サイラはそう言って、深々と頭を下げた。
「頭を上げてくれ。私はやるべきことをしただけだ。それに、礼を言うのは私の方だ。今の車椅子にはまだ改良の余地があることにあなたが気づかせてくれた。次はもっと作業がしやすい車椅子をつくってみせよう」
ウェディングドレスの完成時期までに、サイラのように机に向かって仕事をする人向けの車椅子の改善案をまとめて試作品を作ることをアルフレッドは心に決めた。
笑顔で「オリディア」の店を出ると、シエラが興奮気味にアルフレッドの腕に抱き着いてきた。
「さすがアルフレッド様です!」
虹色の瞳をキラキラと輝かせ、シエラが見上げてくる。
あまりに純粋無垢な眼差しを向けられて、アルフレッドは少しだけ居心地が悪い。
「少しは私も人々の役に立てているのだろうか」
「もちろんです! アルフレッド様が作ってくださるものは、人の心に寄り添った素敵なものばかりですもの。きっと、サイラ様にもアルフレッド様の優しいお心が届いていたのです」
自信満々に胸を張って、シエラが断言した。
その様子があまりに可愛くて、アルフレッドは思わずシエラを抱きしめた。
人通りが少ない場所ではあるが、ゼロではない。
だからか、シエラは「アルフレッド様!?」と慌てたように名を呼んだ。
離すつもりはまったくないが。
「それもすべて、人を愛する気持ちを教えてくれたシエラのおかげだな」
ぎゅうっと抱きしめたまま、シエラの耳元で囁く。
小さくてかわいいシエラの耳はみるみるうちに真っ赤に染まった。
やりすぎてしまったのか、シエラの腰が抜けてしまう。
腰を抱いて、そのまま抱き上げると、シエラの小さな悲鳴が上がった。
「しっかりつかまっているんだ」
「あの、アルフレッド様。恥ずかしいです」
「それなら、私だけを見ていればいい」
通行人を気にしているのが面白くなくて、大人げないことを言ってしまった。
他の誰でもなく、自分だけを見ていてほしい。
アルフレッドがシエラだけしか見えていないように。
「……もう。わたしはいつもアルフレッド様のことしか見ていないのに」
ぷうと頬を膨らませて拗ねながらも、シエラの瞳には変わらずアルフレッドが映っている。
虹色の瞳に映る自分はいつも幸せそうな表情をしている。
愛しい存在を腕に抱いているこの時間が永遠に続けばいいと心から願う。
しかし、現実は願い通りにはいかないもので、馬車を待たせている場所まであっという間に着いてしまった。
シエラを腕に抱いたまま、馬車を走らせようとも思ったが、心臓がもたないと可愛いことを言われたので渋々下ろす。
この日の予定はまだ終わっていないのだ。
アルフレッドは隣に座るシエラの手を取り、確認する。
「お互いに忙しくて王都を楽しむ時間がなかったから、今夜はレストランでディナーにしようと思うのだが、疲れてはいないか?」
思っていたよりも、ウェディングドレスの打ち合わせに時間がかかってしまった。
シエラが疲れているのならば、無理にレストランに行く必要はない。
王都に来る機会はこれから先、何度でもあるのだから。
「ぜんっぜん疲れていません! ぜひ行きましょう!」
ぶんぶんと大きく首を横に振って、シエラはアルフレッドに是が非でも行きたいと目でも訴えていた。
可愛すぎる!
今すぐに押し倒したい衝動を堪えて、アルフレッドは紳士的に対応する。
「それならよかった」
御者に行先を伝え、馬車が動き出す。
王都は夕闇に染まり、街灯の炎が揺らめいていた。
車窓から見える景色は、いつもより美しく見えた。
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