第11話 オリディアの店で

 王都一の人気を誇る婚礼衣装を取り扱うブランド「オリディア」は、商業街の中心ではなく端に店を構えている。

 何本もある通りの中でも、比較的人通りの少ない場所だ。

 「オリディア」と刻まれた小さな看板を見つけられなければ、ここが「オリディア」の店であると気づかずに通り過ぎてしまいそうなほど、店構えは控えめだった。

 それでも「オリディア」というブランド名が有名になり、王都一と謳われるようになったのは王妃の婚礼衣装を手掛けたことがきっかけである。

 しかも、当時の「オリディア」のドレスは“女神の加護”を得ていた。

 「オリディア」で婚礼衣装を頼めば、国王夫妻のように幸せな結婚ができると噂になり、たちまち注文が殺到するようになったのだ。

 王妃の結婚から約三十年経った今も、「オリディア」の名声は健在だった。

 それは、「オリディア」の仕事ぶりにたしかな信頼が寄せられていたからに他ならない。

 未だに王妃からドレスの発注がかかることも大きいだろう。

 そして、そんな有名な「オリディア」の応接スペースに案内され、アルフレッドと二人でソファに座るシエラは緊張していた。


(す、すごい……ここが、あの「オリディア」の店なのね!)


 完全オーダーメイドを売りにしている「オリディア」には、既製品が存在しない。

 だから、店内にあるのはドレスの型や生地、レースなどの見本品ばかり。

 世界にひとつだけの、自分だけのドレスを作ってくれるのだ。

 胸がときめかない女性はいないだろう。

 シエラとて、例外ではない。

 歌姫として様々な社交界に出ていれば「オリディア」の名は何度も聞いたことがあった。

 アルフレッドと結婚式を挙げられるだけでも天にのぼる気持ちだったのに、まさか憧れの「オリディア」でドレスを作って貰えるなんて。


「アルフレッド様、これは夢ではありませんよね?」

「夢にされては困る。これからシエラのために最高のドレスを作ってもらうのだから」

「アルフレッド様……ありがとうございます」


 アルフレッドからのサプライズに、シエラはまだ頭が追いついていない。

 こんなにも幸せでいいのだろうか。

 頬がだらしなく緩むのを抑えられない。

 そんなシエラを見て、案内してくれた車椅子の女性がくすりと笑う。


「ふふ。とてもかわいらしい花嫁さんですわね」


 ついさっきも、アルフレッドと一緒にいて顔を真っ赤にしていたところを見られてしまったのだ。

 思い出したらまた恥ずかしくなって、シエラは両頬をおさえる。


「あぁ。私の妻はとても可愛いから、どんなドレスでも似合ってしまうから困る」

「もう、アルフレッド様……!」


 アルフレッドは、頬を染めるシエラに愛しさを込めた眼差しを向ける。

 初対面の人の前でも甘い言葉を当たり前のように吐く夫に、シエラの心臓はいくつあっても足りない。

 そんな夫婦のいちゃいちゃを目の前で見せられた女性は、笑みを浮かべて名乗った。


「申し遅れました。私は「オリディア」の代表をしております、サイラと申します。この度は、幸せいっぱいのお二人の婚礼衣装を任せていただけるなんてとても光栄ですわ」


 まさか「オリディア」の代表直々に出迎えてくれていたとは思わなかったため、シエラは驚く。

 それに、「オリディア」の代表がこんなにも若い女性だったとは。

 見た感じ、サイラの年齢は二十代後半だ。

 黒茶色の長い髪を結い、分厚い眼鏡の奥にあるのは青色の瞳。

 サイラのおっとりした喋り方と柔らかな声音に、シエラは好ましさを感じていた。


「サイラ様。こちらこそ、「オリディア」でウェディングドレスを作っていただけるなんて感激です! どうかよろしくお願いいたします」


 シエラが目を輝かせて頭を下げると、サイラも同じように頭を下げた。

 アルフレッドまで頭を下げたものだから、全員がお辞儀をし合っている不思議な光景ができあがる。


「あらあら、皆様揃って何をなさっているんです? 時間は限られているのですから、早速始めていきますよ」


 そう言って登場し、テキパキと紅茶を淹れ、紙とペンを用意したのはサイラの助手であるミレ。

 ミレは三十代半ばのキリッとした女性で、おっとりしたサイラとは真逆の雰囲気を持つ。

 ミレとの挨拶を手短に終えると、サイラがパンと手を叩いた。


「それじゃあ、はじめましょうか」


 にっこりと穏やかな笑みを浮かべたサイラの一言で、全身の採寸からドレスのデザイン、素材選びまで急ピッチで進められた。

 アルフレッドとのデートだと浮かれていたが、すべてを決め終える頃には夕陽が沈みかけていた。

 街を散策する時間はとれそうにない。

 しかし、目的だったウェディングドレスはサイラのおかげで最高のものに仕上がりそうだ。


「サイラ様、今日はありがとうございました。完成がとても楽しみです!」

「こちらこそですわ。かなり無茶なスケジュールではありますが、シエラ様が世界一幸せな花嫁になれるお手伝いを全力でさせていただきますわ」


 帰り際に改めて礼を言えば、サイラは「お任せください」と笑顔をみせる。

 車椅子を押すミレも大きく頷いてくれた。

 そんな二人を見て、アルフレッドも礼を口にした。


「本当に感謝する。無茶を言って申し訳ないが、どうかよろしく頼む」


 できるだけ早く結婚式を挙げたい、というアルフレッドの意向で本来であれば結婚準備に一年かけるところを半年に短縮しているのだ。

 人気ブランド「オリディア」のスケジュールを押さえるのも大変だっただろう。


「当然ですわ。だって、ベスキュレー家には恩がありますから」


 そう言ったサイラの言葉に、シエラだけではなくアルフレッドも不思議そうな顔をしていた。

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