第10話 浮かれる心


 この日、シエラは朝から浮かれていた。

 何故なら、アルフレッドと一緒に王都一のデザイナーのもとへ出かけるからだ。

 これはもうデートと言っていいだろう。

 王都に来てからお互いに忙しくて、デートをする暇もなかった。


「奥様、はしゃぎすぎて転ばないようにしてくださいよ?」


 鼻歌を口ずさむシエラの身支度を整えながら、メリーナが心配そうに言った。


「ふふ。そうね、気を付けるわ」

「まぁ、奥様が転ぶ前に旦那様が守ってくださると思いますけれど」


 アルフレッドへの信頼が厚いのは喜ばしいことだが、シエラ自身の気を付けるという発言をまったく信用していない。

 シエラが拗ねたように唇を尖らせると、メリーナは笑みを浮かべ、亜麻色の髪に髪飾りをあてがった。

 金の装飾に虹色の宝石が埋め込まれた髪飾りは、アルフレッドからの贈り物だ。

 とても美しくて、身に着けるのがもったいないくらい。


「……似合うかしら?」

「えぇ、よくお似合いですよ」

「ありがとう」


 アルフレッドと出かけるのであれば、貰った髪飾りを付けた方がいいと提案してくれたのはメリーナだった。

 部屋の中に飾って、眺めるばかりだったシエラを見かねてのことだったのだろう。


(アルフレッド様のつくった芸術品がわたしに似合うのか不安だったけれど……)


 羽を模した金の装飾は柔らかな曲線が美しく、優し気で、シエラの亜麻色の髪によく馴染んでいた。

 虹色の宝石は光を受けて光を放ち、見る角度によって色が変わる。

 アルフレッドがシエラのためにつくってくれたものだ。

 シエラに似合わないはずがなかった。


「それにしても、旦那様は本当にすごいですね。女性の装飾品にも精通しているなんて」


 というメリーナの感想に、シエラは全力で頷いた。

 女神の加護を得ることができたのは、シエラのおかげだとアルフレッドは言ってくれる。

 けれど、シエラ自身には何かをしたという自覚があまりない。

 それを伝えると、アルフレッドはいつも側にいてくれるだけで力になっていると愛しい低音で言うのだ。

 その上、感覚を忘れたくないからと毎日何かしらを仕事の合間につくっており、頻繁に贈り物をくれる。

 この髪飾りもそのうちのひとつだ。


「わたしも、アルフレッド様のために何か贈り物がしたいわ」


 誰かに用意してもらうのではなく、シエラにしかできないことで。


(アルフレッド様を絶対に喜ばせてみせるわ!)


 ここ最近は、心配事も増えてきた。

 公爵としての仕事に加えて、王子の側近としての仕事、そして今は魔女の呪いのことも。

 今日の予定が終われば、今度は領地へ帰って石碑の制作に入り、休む暇もないだろう。

 疲労が溜まっているであろうアルフレッドのために、シエラも妻として力になりたい。

 アルフレッドと王都に向かう馬車の道中も、シエラの頭の中はそのことでいっぱいだった。


「シエラ?」

「は、はいっ!」

「何かあったのか?」


 アルフレッドに顔を覗き込まれ、心臓がはねる。

 いけない。

 目の前に大切な人がいるのに、考え事に夢中になって心ここにあらずだった。


「いいえ! どのようなドレスなのか、とっても楽しみです!」

「あぁ。私も楽しみだ。だが、あまりきれいすぎると誰にも見せたくなくなってしまうな」


 そう言って、アルフレッドは眉間にしわを寄せて真剣に悩んでいる。

 そんな彼の様子に思わず笑みをこぼす。


「でも、わたしはアルフレッド様の衣装の方が楽しみですわ」


 シエラが嫁いだ時、花嫁衣装を着ていたのは自分だけだった。

 アルフレッドは結婚自体するつもりがなかったのだから当然である。

 だからこそ、結婚式で二人で対の衣装を着て未来を誓い合うことが楽しみで仕方ない。


「私は着飾っても楽しくないと思うが?」

「そんなことはありませんわ! アルフレッド様は誰よりもかっこいいので!」


 全力でシエラが訴えると、アルフレッドの頬が少し赤く染まった。

 そして、ふいっと顔を背ける。


(もしかして、アルフレッド様が照れてる? か、かわいい……!)


 いつも真っ赤な顔で照れるのはシエラだったから、こんな風にアルフレッドが照れているのを見るのは新鮮だった。


「アルフレッド様、こっちを向いてくださいませ」

「いや、今はダメだ」

「アルフレッド様の全部がみたいんです!」


 ぐいっとシエラが体を近づけると、こちらを振り返ったアルフレッドと至近距離で見つめ合うことになる。

 愛しい気持ちが溢れてきて、シエラの方からちゅっとキスをする。


「シエラ、あなたという人は……」

「ふふ。だって、アルフレッド様が大好きですもの!」

「私も、シエラを愛している」


 王都の目的地に着くまで、馬車の中はとびきり甘い空気に包まれていた。

 おかげで、大人気デザイナー「オリディア」の店に入る前に火照った顔を冷ます必要があった。

 出迎えてくれた車椅子の女性に、「お熱くて何よりですわ」と微笑まれたので、あまり意味はなかったけれど。

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