第7話 想いには蓋をして

「イザベラ王女、まずは話してくれてありがとう。それと、あなたの事情も知らず、過去に失礼な言動をしてしまっていたら、申し訳ない」

「殿下が謝ることなどありません……! わたくしが愚かだったのです」

「だが、あなたにとって俺は敵だろう?」


 クリストフは、"魔女殺しの国"の王子。

 前世のベラはヴァンゼール王国を憎んで死んだ。

 今世のイザベラは何の因果か、憎んだ相手の子孫と婚約することになった。

 親友が結ばれなかった立場の相手と、引き裂いた自分が婚姻を結ぶなんてあり得ない。

 だから、クリストフを好きになるはずないと確信していた。

 それなのに、今、本人に敵であることを指摘されて、イザベラの心はショックを受けていた。


(どうして、こんなに胸が苦しいの……?)


 クリストフを説得するために、前世のことを話した。

 そうでなければ、過保護に守られて、遠ざけられてしまうと思ったから。

 けれど、今まで優しく歩み寄ってくれていたクリストフにはっきりと一線を引かれた気がして、自分でも驚くほどに動揺していた。

 これでいいはずなのに。

 胸の痛みには気づかないふりをして、イザベラは続ける。


「前世のベラにとっては憎むべき相手でも、今のわたくしにとっては違います。信じてもらえないかもしれませんが、わたくしにはもう人間に対する憎悪はありません。だって、わたくし自身が人間として生まれているのですから」


 イザベラの話を信じてもらえなければ、クリストフが計画の中止を言い出す可能性もある。

 魔女が残した負の遺産を、グリエラが解こうとした呪いを、イザベラが終わらせなければならない。

 どうか、その想いだけでも信じてほしい。

 硬い意思が伝わるように、イザベラは赤い双眸でクリストフを見つめた。


「俺はイザベラ王女を信じる。同行も許そう」


 クリストフはまっすぐにイザベラを見返して、微笑んだ。


「……だが、あなたには前世の責任など感じず、今を幸せに生きてほしい。そう願ってしまうのは、俺の我儘だな」


 この人は、どこまで優しいのだろう。

 縋ってしまいたい。甘えてしまいたい。

 心の弱さも何もかも曝け出して、抱きしめてほしい。

 けれど、そんなことをすれば決意が揺らいでしまう。

 イザベラは、溢れてくる想いに蓋をする。


「クリストフ殿下、ありがとうございます……これは、わたくしが今世を生きていくために必要なことなのです」

「礼を言うのはこちらの方だ。今回の計画への協力、感謝する」

「それでは、お仕事中、お邪魔いたしました」


 話の決着はついた。

 イザベラは一礼し、立ち上がる。

 アルフレッドとシエラも、一緒に退席しようとした。


「イザベラ王女、あなたには個人的にまだ話がある」


 後ろから、クリストフに引き留められた。

 そういえば、告白することがあると言っていた気がする。

 自分の話だけ一方的にして立ち去るのは、失礼すぎる。

 そう思い、イザベラは頷いた。


「それでは殿下、私たちはこれで」


 そそくさとアルフレッドとシエラが執務室から出て行った。

 しかし、個人的な話とは一体何だろう。

 もしかすると、やはり婚約解消について問題があったのだろうか。

 急に二人きりになって、イザベラは落ち着かない心地になる。


「イザベラ王女」

「は、はい」

「少し、散歩をしないか」

「はい?」


 何を言われるのかと身構えていた分、クリストフの誘いは拍子抜けだった。

 間抜けな返事をしてしまったと反省しつつも、何故自分を誘うのかが分からない。


「ずっと執務室にこもっていては息が詰まる。それに、王城に滞在するあなたをもてなすのは俺の役目だ。息抜きに付き合ってくれないか?」

「わ、分かりましたわ」

「ありがとう」


 嬉しそうに笑ったクリストフに、きゅんと胸が高鳴ったのはきっと勘違いだ。

 そうでなければ困る。

 イザベラは表情を引き締めて、クリストフとの散歩に臨んだ。

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