第6話 王女の告白

「お二人のお仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい。でも、もうすぐシエラさんとアルフレッド様は領地に帰ってしまうと聞いて、今しかないと思ったの」


 突然のイザベラの登場に、クリストフの笑みは引きつっていた。

 告白の決意を本人に聞かれていたのだから、内心穏やかではないだろう。

 そんなクリストフの代わりに応接スペースへ案内し、アルフレッドは侍従に茶の用意を頼んだ。

 そして、ようやく落ち着いて向かい合って話ができる状態になったわけだが。


「仕事はちょうどひと段落したところだったので問題ありません。そうですよね、殿下?」

「あ、あぁ……」


 クリストフがまだ平常運転に戻っていない。

 せっかくイザベラの方から会いにきてくれたというのに。

 どうしたものか。

 アルフレッドが悩んでいると、シエラがアルフレッドの方に近づいて、耳打ちする。


「あの、アルフレッド様。わたしもついてきてしまったのですが、大丈夫でしょうか?」

「あぁ。それに、シエラがいてくれた方がイザベラ王女も心強いだろう」


 同じようにシエラの耳元で返事をすれば、その可愛い顔が真っ赤に染まる。

 思わず抱きしめそうになったが、ここは第一王子の執務室で、クリストフとイザベラの目の前だ。

 そう言い聞かせ、アルフレッドは堪えた。


「クリストフ殿下」


 イザベラがクリストフを見つめ、名を呼ぶ。

 凛としたその声に導かれるように、クリストフはイザベラの赤い瞳を見つめる。


「わたくしを"呪われし森"に連れて行ってくださいませ」


 ある意味で、イザベラの申し出はアルフレッドにとっては予想ができるものだった。

 しかし、クリストフにとっては衝撃以外の何ものでもないだろう。

 友好国の王女――それも好意を寄せている元婚約者が危険極まりない場所へ行きたいと言っているのだから。

 クリストフが否定の言葉を口にしようとする前に、再びイザベラは口を開いた。


「わたくしの前世は、"呪われし森"で死んだ魔女なのです」


 まさかイザベラが前世のことを持ち出すとは思わず、アルフレッドとシエラは息を呑む。


「それも、親友を裏切り、呪いを生んだ原因を作った魔女。わたくしがこの記憶を持って生まれてきたのは、きっと前世での罪を償うため。つまり、呪いを解くためですわ。魔女の名を知るわたくしがいなければ、慰霊碑による鎮魂はできないでしょう」

「ちょっと待ってください。ということは、イザベラ王女を連れて行かなければ魔女の名を教えていただけないのですか?」


 口を挟むつもりはなかったが、慰霊碑に関係することであれば話は別だ。

 アルフレッドはイザベラの意図を理解するために問う。


「アルフレッド様、図案を拝見しましたわ。魔女のために素晴らしい慰霊碑をありがとうございます。けれど、魔女の名を刻むのは、わたくしに任せてもらえないかしら?」

「気持ちは分かりますが、石に名を刻むのは簡単ではありません」

「だからこそ、"呪われし森"に連れて行ってほしいのです。あの場所なら、わたくしは魔法が使えるはずですもの」

「イザベラ王女に危険はないのですね?」

「えぇ、もちろん。自分の身は自分で守れますし、"呪われし森"で皆様のことをお守りすることができるのはわたくしだけですわ」


 そう言って、イザベラはにっこりと微笑む。

 強い決意と自信に満ちた魔女の言葉に、アルフレッドは負けた。


「たしかに、"呪われし森"のことを一番よく分かっているのはイザベラ王女ですし、拒否する理由はないか……殿下はどう思われますか?」


 クリストフはイザベラの告白から、じっと黙り込んだまま。

 イザベラの話を聞いて、何を思っているのだろう。


「……イザベラ王女、前世が魔女というのは本当のことなんだな?」


 クリストフの問いに、イザベラは頷く。


「その様子だと、アルたちも知っていたようだな」

「はい。私の判断で告げてもいい内容ではなかったので、黙っていました。申し訳ございません」

「いや、それは分かっている。ただ確認したかっただけだ」


 自分だけが、元婚約者の置かれた状況を知らずにいた。

 クリストフは感情的になるのを堪えるように何度か深呼吸を繰り返す。


「前世での名を聞いてもいいか?」

「……ベラ、ですわ」

「そうか……ラリアーディス陛下を門前払いにした魔女はあなただったのか」


 その言葉に、今度はイザベラがハッと息を呑む。

 前世の後悔を思い出したのか、イザベラの表情が陰る。

 そんなイザベラの反応を見て、クリストフは「そういうことか」と呟いた。


「イザベラ王女は俺が嫌いなのではなく、ヴァンゼール王国との婚約自体が受け入れられなかったんだな……」


 最初から幸せになれるはずのない婚約だったのだ。

 始まる前から決まっていた不幸。

 クリストフの想いが伝わろうが伝わるまいが、歩み寄ることなんてできなかったのかもしれない。

 そんな諦めがクリストフには感じられた。


「えぇ。ですからわたくしは、ヴァンゼール王国へ復讐するつもりでした」


 隠していたその事実をイザベラは淡々と話す。

 クリストフはただ黙って彼女の話を聞いている。

 今この場に自分たちがいてもいいものか。

 アルフレッドとシエラは張り詰めた空気の中、息を殺して二人の会話を聞いていた。


「けれど、シエラさんとアルフレッド様が前世の憎しみに囚われていたわたくしを現実に引き戻してくれたのです」


 不意に自分たちの名が出て、アルフレッドは慌てて首を振る。


「私は何もしていません。すべてはシエラがいてくれたおかげです」

「そんなっ、わたし一人では何もできませんでしたわ……」


 実際、あの時のアルフレッドはシエラが記憶喪失になったこともあり、イザベラのことを救う気などなかった。

 シエラだけが、イザベラの本心に寄り添おうとした。

 だからこそ、前世のベラの後悔がどこにあったのか。

 魔女の呪いの真実を知ることができたのだ。


「とにかく、わたくしは二人のおかげで大きな罪を犯さずにすみました。けれど、ヴァンゼール王国に害をなそうとしたわたくしには、殿下の婚約者としての資格はありません。殿下はいつもわたくしに優しくしてくださったのに、婚約解消という形でご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございません」


 イザベラは黒く長いまつ毛を伏せる。

 友人から――というクリストフの言葉に甘えていた。

 本当はずっと隠したまま、優しい関係のままでいたかった。

 しかしクリストフの庇護下にいるだけでは、何もできないと気付いた。


「だからこそ、わたくしは今回の件でお役に立ちたいのです。どうか、"呪われし森"への同行をお許しください」


 イザベラは深く、クリストフに対して頭を下げた。


「クリストフ殿下、わたしからもお願いいたします」


 イザベラの隣で、シエラも同じように頭を下げた。

 ぎゅっと拳を握ったその手が震えているのをアルフレッドは見逃さなかった。


「殿下、私もイザベラ王女の同行が必要だと思います」


 妻の願いは自分の願い。

 それに、アルフレッド自身、もし魔女の名を教えてもらったとしても、思い出があるのはグリエラだけ。

 どれだけの想いを込めて刻めるかは未知数だった。

 しかし、イザベラは違う。

 一人ひとりの顔や声などの現実を知っているのだ。


「皆、顔を上げてくれ」


 ため息混じりにクリストフが頭を下げている三人に声をかけた。

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