第44話 消したかった記憶
エドワードに手を引かれ、イザベラが訳も分からず到着したのは、王城内にある歌劇場だった。
ここで何をするというのか。
イザベラは警戒心を剥き出しに、ステージに立つアルフレッドとシエラを睨む。
アルフレッドはグリエラの包帯を巻き、銀色のスーツを着ている。シエラは白地に花模様が可愛らしいドレス姿で微笑んでいる。
あんなことがあったのに、どうしてイザベラに笑いかけることができるのか。
二人がステージ上で華やかな衣装を着ている意味も分からない。
「イザベラ王女様、エドワード王子様、どうぞお座りください」
落ち着いた声で、アルフレッドが座るように言った。
イザベラは座る気なんてなかったが、またもやエドワードに手を引かれて、強引にステージがよく見える中央の席に座らされる。
「お兄様、一体どういうおつもりですの?」
「僕は彼らを信じている。イザベラも、もう少し素直になってみたら?」
怒りを露わにしたイザベラに対し、エドワードは有無を言わさぬ笑顔を返す。
こうなった兄に何を言っても無駄だとこれまで過ごした時間で、イザベラは知っている。
(あの二人、お兄様に一体何を吹き込んだのかしら……)
兄の前では、どうしてもイザベラは魔女の話もあの森で話したことも口にできない。
「エドワード王子様、イザベラ王女様。私たちからの友好の証として、音楽を贈ります。今宵の贈り物が、イザベラ王女様のお心に響くものであることを願います」
そう言って、アルフレッドはグランドピアノの前に座った。
シエラは、ステージの真ん中に背筋を伸ばして立っている。
二人で目を合わせ、アルフレッドの指が鍵盤に触れた。
嫌な予感がした。女神の加護を受けた歌など、聞きたくはない。
しかし、逃げることはできない。
イザベラの手は、しっかりとエドワードに握られている。
――ベラ、もういいのよ。
かつての友の声が頭に響く。
届いたメロディは、ロナティア王国では有名な友情の歌。
互いの友情は唯一無二で、永遠に変わらない。
これまで共に過ごした日々、支え合い、培ったものは、なにものにも引き裂くことはできない。
シエラの美しい歌声が、イザベラの心の奥まで入ってくる。
イザベラの胸は、ぎゅうぎゅうと締め付けられる。
動悸が激しくなり、息が苦しい。
心の奥底から、もう一人の自分が叫んでいる。
――違う、違う……すべて、私のせいなのに!
ハッとした。すべて覚えていると思っていたのに。
どうして、忘れていたのだろう。いや、忘れていたかったのだ。
すべてを、他人のせいにするために。
あぁ、なんという罪を自分は犯していたのだろう。
***
「グリエラ、君を迎えに来た! 返事をしてくれ」
閉じられた森の中、出口を捜していたベラの耳に聞こえてきた男の声。
聞き覚えのない声が、親友の名を呼んでいる。
グリエラをたぶらかした人間の男であるとすぐにピンときた。
「グリエラなら来ないよ」
ベラはラリアーディスの前に姿を現し、睨みつける。
ラリアーディスは森の外――女神の加護の境界線の外側からこちらを見ていた。
「私はグリエラに会わなければならない。今回のことを説明しなければ」
「説明だと? グリエラを騙し、我ら魔女を葬り去ろうとしたことのか!」
「私は魔女との共存を諦めてはいない!」
「黙れ! 我らをこの場に封じ込めている人間のいうことなど誰が聞くものか!」
「それは、これ以上戦争が激化するのを防ぐためだ。この森の加護は、人間への憎悪を抱えた者だけを封じ込める力を持つ。だからこそ、これからが大事なのだ。そのために、グリエラと話がしたい。どうか、私を信じてグリエラを呼んでくれ。国王である私が自由にできる時間は少ないのだ」
「グリエラはお前のせいで、皆から何度も殺されかけた。お前はグリエラを裏切った。グリエラはもう、お前を愛してなどいない。二度と顔も見たくないと恨み言を言っていたぞ。会ったところで、お前の言葉に何の意味もない。今すぐ失せろ」
いまだに必死で言葉を重ねようとするラリアーディスに背を向ける。
忌々しい気持ちで炎の壁を作った。
この森の中では魔法など意味をなさないが、それでも牽制にはなる。
しばらくすると、ラリアーディスは去っていった。
もう二度とグリエラに会わせるものか。その言葉を信じるものか。
ベラはグリエラには何も告げず、再びラリアーディスが来た時のために、森の境界線を見張るようになった。
「ねぇ、ベラ。どうしていつも怒っているの?」
ラリアーディスの姿を見た後はいつも、怒りが湧いてきた。
親友を人間の男に弄ばれたのだ。
どうしたって怒りを抑えられなかった。
「グリエラが哀れだからよ。どうして、私に何も言わずに人間の男なんかに会っていたの」
「…………」
グリエラは何も言わない。ただ、哀しそうな顔をしている。
「もしかして、まだ信じているの? あの男がグリエラとの約束を守ってくれるなんて」
目を覚まさせてあげなければならない。
ベラには親友を正しい道に戻してあげなければという使命感があった。
それが正義であると、信じていた。
「グリエラは、あの男に利用されたの。魔女なんて使い捨ててもいいと思われているのよ」
ベラは呪詛のような言葉を毎日のようにグリエラに吐き続けた。
その言葉が少しずつ、グリエラの心を消耗させていたとは気づかずに。
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