第42話 王子との約束

「イザベラ王女様っ!」

 外に出ると、王女を捜索していた騎士たちにすぐ見つかった。

 イザベラはアルフレッドの背で意識を失っている。

「早く寝室にお運びして」

「すぐに医務官を」

 他にも複数人、近くにいた者たちが集まってくる。

 イザベラは私室に運ばれ、誘拐犯の疑惑がかけられているアルフレッドは拘束された。

「違うのです! アルフレッド様はイザベラ様を誘拐などしておりませんわ! 森の中で倒れていたイザベラ様を助けたのです!」

 シエラが必死に説明するが、騎士たちは硬い表情を崩さない。

 アルフレッドを見つけたら拘束するよう命じられているのだろう。

「エドワード王子を呼んでくれ」

 アルフレッドは抵抗せず、腕を掴んでいる騎士たちに頼む。


(信じてもらえるかは賭けだが、エドワード王子には話しておく必要があるだろうな)


 前世の魔女ではなく、イザベラとして共に過ごした兄エドワードなら、彼女を止められるかもしれない。

 騎士たちが顔を見合わせ、沈黙した時。


「何事だ」


 今まさに呼び出そうとしていた人物――エドワードが険しい表情で現れた。


「エドワード様、イザベラ様が見つかりました。そして、王女を連れていたベスキュレー公爵を捕らえたところでございます」

 騎士の報告を顔色変えずに聞いていたエドワードが、冷ややかに命じた。


「ベスキュレー公爵の拘束を今すぐに解け」


「しかしっ! この状況を見れば彼が何等かの形で関わっていることは明らかで」


「聞こえなかったのか? 僕はベスキュレー公爵を解放しろと命じている」


 高圧的な王子の言葉に遮られ、騎士は口をつぐむ。

 そして、アルフレッドを拘束していた騎士たちがその手を放す。


「すまなかったね、ベスキュレー公爵。イザベラを救い出してくれたにも関わらず、失礼なことをしてしまった。ベスキュレー公爵夫人にも、度重なる無礼を詫びる」


 感情を無理やり抑えた、淡々とした口調でエドワードが頭を下げた。

 王子が謝罪したことに、周囲がざわつく。

 それだけで、アルフレッドを見る目が変わる。

 本当にただの冤罪であったのではないか、と。

 エドワードがイザベラの思惑とは違う行動をしていることに、アルフレッドは内心で確信する。


(やはり、イザベラ王女はエドワード王子には何の暗示もかけていない)


 エドワードのことは遠ざけただけだ。

 それは、魔女としての自分の姿を見られたくなかったからではないか。

 真っ先に味方につけておくべきは、王太子であるエドワードだろうに。


「いえ、疑われても仕方のない状況だったと自覚していますから」


 アルフレッドは、エドワードの頭を上げさせる。


「寛大なベスキュレー公爵に感謝する」


 エドワードは顔を上げ、いまだこの状況を見ていた騎士や侍女たちに、持ち場へ戻るように命じた。

 そして、周囲に人がいなくなってようやく表情を和らげた。


「少し、話したい。いいかな?」

「はい。私も、イザベラ王女様のことでお話があります」


 そうして、アルフレッドはシエラとともにエドワードの私室へと向かった。




 エドワードの私室に入ると、すぐに紅茶と軽食が用意された。

 正直、朝からまともに食べないまま、あの森にいたので、ありがたかった。

 ツナサンドを一つ食べ、温かい紅茶を飲んで、ようやくアルフレッドはほっと息をつく。

 肉体的な疲れよりも精神的な疲れの方が大きかった。

「あなた方には、色々と迷惑をかけてしまったな」

 頃合いを見て、エドワードが口を開く。

「いえ。私こそ、エドワード王子との約束を果たせそうにありません」

 呪いがないことの証明など、アルフレッドにはもうできない。

 イザベラの呪いは存在したのだから。

 前世の記憶、という呪縛が。

 アルフレッドは目を伏せた。

 隣に座るシエラが、そっとアルフレッドの手を握る。


「……イザベラは、本当に魔女の生まれ変わりなのか?」


 ぽつり、とエドワードがこぼした問いに、アルフレッドとシエラは顔を見合わせる。


「何故、エドワード王子がそのことをご存知なのですか……?」

 イザベラは、エドワードには隠し通してきたはずだ。

 そうでなければ、エドワードがヴァンゼール王国との縁談に前向きであるはずがない。

「実は、見ていたんだ。いや、覗かせてもらった、というべきなのか……」

 言葉に迷いながら、エドワードが話す。

 シエラが歌劇場で歌い、女神の加護でアルフレッドのもとへ現れた時。

 忽然と姿を消したシエラに驚くエドワードの目の前――舞台の壁に、不思議な光が差し込んで、森の中を映していたという。

 その光景を幻かと思っていると、黒いドレスを身にまとい、雰囲気のがらりと違うイザベラを見た。

 シエラの歌に加護を与えた、女神ミュゼリアの力だろう。

「イザベラが話していることも、ベスキュレー公爵が話していたことも、理解できなかったが……今までイザベラが我儘を言わなかった理由も、ここ最近僕を避けていた理由も、すべて説明できるものだった」

 いきなり映し出された光景に、魔女の生まれ変わりだという非現実的な事実に、エドワードはさぞ困惑したことだろう。

 しかし、今のエドワードにはその動揺は見られない。

(さすがだな……)

 自分の常識にはないものを受け入れるというのは、簡単なことではない。

 しかし、一国を背負う王子として、エドワードは柔軟な思考を持っている。

 それは決して、芯がないということではない。

 自分の理解が及ばないものをすべて否定していては、大切なことを見失うこともあるから。

「イザベラ王女の前世が、“呪われし森”で死んだ魔女というのは本当だと思います。だからこそ、ヴァンゼール王国を憎んでいる。ですが、イザベラ王女が望んでいることはヴァンゼール王国を滅ぼすことではないと思うのです」

「イザベラの本当の望みは、前世の無念を晴らすための復讐ではない、と?」

「はい」

 アルフレッドはイザベラとのやり取りを思い出しながら、確信していた。

 そして、シエラも大きく頷く。


「あの、わたしにひとつ提案があるのですが……」


 と、シエラが言い出した提案は、実に彼女らしい優しいものだった。

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