第41話 望んでいたことは
「……違う。わたくしは、ヴァンゼール王国が、人間が憎くて、滅んでしまえばいいと思って……っ! だから、お前たちを利用したのよ!」
首を大きく横に振り、イザベラは否定する。
「グリエラはこんなこと望んでいない」
「どうして分かるの!?」
「あなたを止めるように頼まれたからだ」
アルフレッドは、イザベラがずっと手にしている包帯を見つめた。
その白い包帯は、きれいなままだった。
「そんな、はず……だって、グリエラは、あの男に裏切られて……人間を恨んでいるはずよ」
「それは違う。私が“呪われし森”で出会ったグリエラは、長い年月をかけて森に宿った魔女の呪いを解こうとしていた。その包帯をくれたのも、私の呪いが解けなかったからだ。イザベラは、私の幸せを願ってくれたよ。本当に人間を恨んでいるなら、私を助けたりはしなかっただろう」
愛する人に裏切られ、同族には裏切り者扱いされ、どれだけ心細かっただろう。
それでも他人を思いやれる優しい心を持つ人だった。
だから、真実を見つけたいと思う。
「ラリアーディス様は、きっとグリエラさんを愛していたはずですわ。女神ミュゼリアの加護は、愛を持つ者にしか与えられないのです。魔女側からは見えなかった何か事情があるのではないでしょうか」
女神の加護を持つシエラの言葉に、イザベラは表情を歪めた。
「……あり得ないわ。だって、愛していたなら何故、あの森にグリエラを閉じ込めたまま一度も会いに来なかったの?」
イザベラの問いに、沈黙が落ちる。
どうしてラリアーディスは愛する者を守れなかったのか。
しかし、彼が決断したからこそ、ヴァンゼール王国は平和と芸術を愛する国となった。
そこには、どれだけの覚悟が必要だっただろう。
「ラリアーディス様の事情は、私には分からない。イザベラ王女、魔女の生まれ変わりであるあなたなら、“呪われし森”に行けば、何か分かるかもしれない。だがそれも、あなたが言うようにヴァンゼール王国が戦争で滅んだなら、その真実はずっと分からないままだ」
「……それで、わたくしをヴァンゼール王国へ嫁がせようと言うの? 絶対に嫌よ!」
――親友グリエラが手にすることができなかった、ラリアーディスの子孫に嫁ぐことなんて。
がくん、とイザベラの膝が頽れた。
人間には過ぎた魔力を使った反動がきたのだ。
「イザベラ様っ!」
すぐに駆け寄ったのはシエラだ。
「触らないで!」
そう言いながらも、イザベラはシエラを振り払う力さえ出ないようだった。
「あなた、馬鹿なの? 自分が何をされたかも忘れたの? わたくしが許せないでしょう?」
「たしかに、怒っていますわ。勝手に人の記憶を奪うし、わたしの大切な人を傷つけて……でも、わたしはすべてを失った訳ではありません。ちゃんと心がアルフレッド様のことを覚えていたし、アルフレッド様はわたしの側にいてくれます。それに、わたしたちはお友達じゃありませんか」
シエラはイザベラの手をぎゅっと包み込み、微笑む。
その言葉に大きく目を見開き、イザベラはぽつりと言葉をこぼした。
「……同じようなこと、言わないでよ」
グリエラも、ベラを許した。
許されないことをした親友を、それでもまだ親友だと呼んでくれた。
「イザベラ様、顔色がとても悪いですわ。早く、戻りましょう」
「……本当に、このまま戻ってもいいのかしら? わたくしは、包帯公爵に誘拐されたせいで体調を崩したと言うわよ?」
冷や汗をかきながら、青白い顔をしていても、イザベラは脅す言葉を口にする。
「かまいません。こんな状態でイザベラ様を放っておく訳にはいきませんもの。ね、アルフレッド様?」
「あぁ、そうだな」
可愛い妻に言われては、逆らうことなどアルフレッドにはできない。
アルフレッドは、力の入らないイザベラの身体を背負い、歩き出す。
シエラは、イザベラが少しでも楽になるように、と彼女の背を撫でながら優しいメロディを口ずさむ。
「では、“今”のイザベラ様の居場所へ帰りましょう」
前世の深い悲しみを背負う薄暗い森の中から、明るい太陽が降り注ぐ森の外へと。
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