第24話 記憶はなくても
アルフレッドは室内にシエラとメリーナを招き入れる。
そうして、シエラとテーブルを挟んで向かい合う。
「シエラ、もしかして思い出したのか?」
少しの期待を込めて口にした問いは、シエラの申し訳なさそうな表情を見て答えは明らかだった。
「……それなら、どうして私のところへ会いに来てくれたんだ?」
記憶喪失の原因を作った、酷い夫のところへなど。
それに、メリーナには、アルフレッドのことは教えなくてもいいと伝えていたはずだ。
いけないと分かっているのに、期待が膨らんでいく。
「知りたかったのです。わたしの……初恋の人である、あなたのことを」
ぎゅっと胸の前でこぶしを握り、シエラは震えながらアルフレッドを見つめた。
無理をしているのだとすぐに分かった。
“魔女の呪い”が本物である可能性が出てきた以上、記憶喪失以外にもシエラに異変があるかもしれない。
そう思うと、まだアルフレッドはシエラの側にいるべきではないような気がした。
会いに来てくれたことは嬉しい。顔が見られてほっとした。
シエラを諦めるつもりはない。
しかし、今はまだ動けない。
イザベラにかけられた呪いがどういうものなのか。
何らかの発動条件があったのか。
イザベラの話を聞かないことには判断もできない。
それに、アルフレッドとてグリエラを知っているというだけで、魔女や呪いに詳しい訳ではないのだ。
イザベラはアルフレッドの存在で呪いの存在を否定しようとしていたようだが、【包帯公爵】そのものが呪いの産物である。
アルフレッドは、シエラを守るどころか危険にさらしてしまうかもしれない。
「それならば、知る必要はない。私は、あなたを傷つけた。きっと、記憶が戻れば顔も見たくないと思うほど嫌われているという自信がある。これ以上、私はあなたを傷つけたくはない。体調が回復したら、あなただけでも先にヴァンゼール王国へ帰れるよう手配しよう」
今は、シエラを遠ざけることが最善だ。
アルフレッドは感情を殺して、淡々と言葉を吐く。
「……こへ――?」
「シエラ?」
薄桃色の唇がかすかに動くが、聞き取れない。
「……どこへ帰れというのですかっ!?」
虹色の瞳に大粒の涙を浮かべ、シエラは叫ぶ。
「わたしは、あなたを忘れてしまったから……もういらない妻なのですか?」
「それは違うっ!」
「じゃあ、さっき泣いていた女性のためですか!?」
「そんなことはあり得ない!」
「だったら、どうして……わたしを遠ざけようとするのですか? わたしが帰る場所は、夫であるあなたの側ではないのですか?」
シエラは不安そうな表情でアルフレッドに問う。
(記憶を失っていても、シエラはシエラなのだな……)
結婚当初、シエラを遠ざけようとしていたアルフレッドに対しても、シエラは何度も想いをぶつけてくれた。
今も、アルフレッドのことを忘れているはずなのに、会いに来て、知ろうとしてくれている。
シエラはアルフレッドから逃げずに、いつも向き合ってくれる。
側で寄り添おうとしてくれる。
だったら、アルフレッドも理屈や建前は抜きにして、本音を打ち明けるべきだろう。
「……怖かったんだ。また、シエラを傷つけてしまうことが」
「アルフレッド様は、わたしのこと――」
「愛している、心から。私が愛する人はシエラだけだ。だからこそ……あなたを失うことが怖い」
愛しているから、傷つけたくない。傷つけた自分が許せない。
シエラは少しだけ目をそらして、思いついたように手に持った木箱をテーブルに置いた。
「このオルゴール、アルフレッド様が作ってくださったのですよね?」
よく見れば、それは以前アルフレッドがシエラのために作ったオルゴールだった。
先ほど拾った時はとっさのことで気づかなかった。
「わたし、自分の荷物の中でこれを見つけて、嬉しかったんです。何も覚えていないけど、ちゃんと愛されていた証があったから」
そう言って、ふわりとシエラが微笑んだ。
オルゴールの底蓋を外すと、アルフレッドからシエラへのメッセージが見えるようになっている。
『この音色がこの先もずっとあなたと共にありますように――妻を愛する夫より』
しかし、隠していたこの仕掛けに、記憶を失う前のシエラはまだ気づいていなかったように思う。
「よく気づいたな……」
「実は、どうやって音を鳴らすのかが分からなくて、色々試していて……それでこの底蓋が外れることに気が付いたんです」
シエラは底蓋に白い手でそっと触れて、もう一度アルフレッドに目線を戻した。
「これ、鳴らしてみてくれませんか?」
アルフレッドはオルゴールを見て少しだけ逡巡し、首を横に振った。
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