第23話 王女の謝罪
「こんな夜遅くに、お一人ですか?」
刺々しい物言いになってしまうのは、先刻の一件からして許してほしい。
アルフレッドは扉の外に立つイザベラに、冷ややかな眼差しを向けた。
「いいえ。護衛の騎士と共に来ました。ですが、二人だけで話をさせていただけませんか」
「謝罪ならばけっこうです。私も今、かなり混乱しておりますので、イザベラ王女様のお相手はできません」
アルフレッドの中ではあのキスは完全に事故である。
そして、婚約者のいる身のイザベラとて話題にはしたくないだろう。
「でしたら、ここでもかまいませんわ」
イザベラの目は真剣だった。
アルフレッドとしても、まだまとまりきらない思考ではあるが、“魔女の呪い”について確かめたかった。
無言で頷き、了承を示すとイザベラはほっと息を吐いた。
「わたくしが今回【包帯公爵】様にお会いしたかったのは、あなたに会えばわたくしの周囲で起こる出来事が、けっして“魔女の呪い”ではないと証明していただけると思ったからです」
それは、昼食の時にも言っていた。
ヴァンゼール王国のアルフレッドと一緒にいて何もなければ、呪いなど存在しないと証明できるかもしれない、と。
「【包帯公爵】様の恐ろしい噂は、ロナティア王国にまで届いていました。その姿は呪われている、というものもあり、ヴァンゼール王国には呪いが実在するのか、と皆が思っていました。しかし、最近になって社交界に現れるベスキュレー公爵はとても美しい青年で、今までの噂話などまるでなかったかのように振舞われていると聞いて……ヴァンゼール王国の魔女の呪いなんてただの噂話で、実在しなかったのだ、と安心できたのです。そして、その噂話を払拭するために社交界に出ているベスキュレー公爵なら、わたくしの身に起きていることも、“魔女の呪い”などではないと証明してくださるかもしれない……そんな身勝手な願いで、アルフレッド様を呼び出したのです……でもっ、やはりわたくしは呪われている……っ! シエラさんから大切なアルフレッド様の記憶を奪ってしまうことになるなんて……」
イザベラの赤い瞳から、涙がボロボロと零れ落ちる。
アルフレッドはイザベラの言葉を頭に入れながら、あることに思い至る。
「イザベラ王女様、あなたがエドワード王子を避けていたのは、呪いの影響から守るためですか?」
こくり、とイザベラが頷いた。
「シエラをあの場から遠ざけたのも、同じような理由ですか?」
「……おかしな出来事が起きる時、妙な胸騒ぎがするのです。あの時も、胸騒ぎがしました。わたくしと友人になってくれたシエラさんを巻き込みたくはなかったのです。【包帯公爵】様ならば、と勝手に頼りにしてしまいました」
「そうですか……あの接触には何の意味が?」
「あれは、本当にわたくしの意思ではないのです。王女として、あるまじき行為でした。本当に、申し訳ありません……」
そう言って、何度も、何度も謝罪し、イザベラは頭を下げ続ける。
他国の王女にこんなことをさせられない。
「もういいです。頭をあげてください」
アルフレッドはイザベラの華奢な肩に軽く手を添えて、頭を上げさせた。
そうして、涙に濡れたイザベラの赤い双眸と見つめ合う形になる。
「イザベラ王女様は本当に“魔女の呪い”だと感じる何かがあるのですね?」
その問いに、イザベラは小さく頷いた。
しかし、呪いだとするならば、血文字の脅迫状は何だったのか。
アルフレッドが重ねて問おうとした時、近くでカタンと音がした。
「……あっ、ごめんなさい」
音のした方を見ると、シエラが焦ったような表情で謝っていた。
その背後にはメリーナもいる。その顔には怒りが見える。
アルフレッドはすぐにシエラのもとへ行き、その足元に落ちた箱を拾う。
「あなたが謝ることは何一つない。謝らなければならないのは私の方だ」
愛する人の前に跪き、アルフレッドは拾った箱を差し出す。
「……えっと、そちらの方とのお話は終わったのでしょうか?」
シエラが気にしているのは、アルフレッドの客間前で涙を流すイザベラだ。
記憶喪失の影響か、イザベラのことも憶えていないらしい。
しかし今アルフレッドが気にかけるべきはシエラだ。
「大丈夫だ。また後日、伺うことにする。それでいいですよね? イザベラ王女様」
アルフレッドの問いに、イザベラは小さく頷いて護衛の騎士とともに去っていった。
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