第22話 失いたくない幸せ


 幸せは、いつも突然奪われる。

 〈ベスキュレー家の悲劇〉――あの日から、アルフレッドの幸福はきっと長続きしないものになってしまったのだろう。

 シエラに出会って、少しは変わったと思っていたが、そうではなかった。

 ――やはり、私には幸せを手にする資格などない、ということだろう。

 瞼を閉じる度、シエラの笑顔が浮かぶ。

 しかし同時に、拒絶の涙を浮かべた、彼女の傷ついた顔も。

 胸が痛い。苦しい。

 十年前から一度も流れることのなかった涙が頬を伝う。

 アルフレッドは一人、シエラを思って泣いていた。

 新婚旅行で、二人の愛を深めるはずだった。

 それがどうしてこうなってしまったのか。

 頭では理解していても、感情が追い付かない。

 だって、つい昨日までは二人で愛を紡いでいた。

 それが突然、こんな風に変わってしまうなんて。

 

 ――魔女殺しめ。


 ふいに思い出す。

 イザベラを目の前にして聞こえた、美しくも恐ろしい声。

 その言葉には、恨みが込められていた。

 あの声は、一体何だったのか。

 何故、アルフレッドだけに聞こえたのだろうか。


 “魔女殺しの国”から来た、【包帯公爵】。

 “魔女殺しの国”に呪われた、王女イザベラ。

 【包帯公爵】を忘れた、【盲目の歌姫】。


 何かが、引っかかる。

 共通点は、“魔女”と“呪い”。

 魔女と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、グリエラの顔だ。

 黒髪に、赤い瞳。優しく、穏やかな魔女だった。

(イザベラ王女も、同じ特徴だ)

 魔女とロナティア王国に、何らかの繋がりがあるのだろうか。

 しかし、イザベラの周囲で起きる不吉な出来事は“呪い”ではない。

 いや、“呪い”であってはならない。

 〈呪われし森〉の外に、魔女の痕跡を見つけるなど、あってはならないのだ。

 だがもし、その前提が、間違っていたのなら。

 あり得ないはずのことが、起きているのだとすれば。


「イザベラ王女の呪いは、本物、、なのか……?」


 取り戻せるかもしれない。

 シエラとの日々を。シエラの愛情を。

 そう願いたいだけだということは分かっている。

 それでも、アルフレッドは知っている。

 魔女が実在したことも、その呪いは本物だということも。

 愛する人の幸せのためなら、自分はどうなってもかまわない。

 だから、アルフレッドが側を離れることが本当にシエラの幸せになるのなら、黙って身を引く。

 しかし、何もせずに諦められるほど、シエラへの愛情は薄くない。


 ――せっかくあなたを手に入れたのですもの。わたしが手放すはずないじゃありませんか。


 あの時のシエラの笑顔と言葉が、アルフレッドにとっての真実だ。

 十年間、アルフレッドのことを想い続けてくれた彼女のために、今度はアルフレッドが想いを貫こう。


「私も、シエラを手放したくないからな」


 唇に薄く笑みを浮かべ、アルフレッドは呟いた。


 ――コンコン。


 頃合いを見計らったように、ノックの音が響く。


「【包帯公爵】様、あなたに謝らなければなりません」


 アルフレッドの客間を訪れたのは、黒髪に赤い瞳を持つ、呪われた王女イザベラだった。


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