“包帯”夫婦
それは、ふとした思いつきだった。
「アルフレッド様、わたしにも包帯を巻いてくださいませんか?」
にっこりと微笑む妻を目の前に、夫がぴしりと固まった。
シエラは笑顔を絶やさず、じっとアルフレッドを見つめる。包帯を外した素顔を見るのは、妻であるシエラだけの特権だ。
夫アルフレッドは、見ればみるほどに美しい顔をしている。長年包帯を巻いていたためその肌は透き通るような白、海色のきれいな瞳には自分だけが映っている。それがとても嬉しくて、シエラは笑みを深めた。
しかし、アルフレッドは嘆息を漏らす。
「……いや、それはできない」
かすれたようなアルフレッドの低音にうっとりしかけるも、シエラは理由を問う。
「どうしてですの? わたしもアルフレッド様のように包帯を巻いてみたいのです。名実ともに包帯夫婦になれますわ!」
当然ながら、シエラは包帯など巻いたことはない。だからこそ、アルフレッドを理解するためには必要なことだろうと思うのだ。
(わたしは、妻として、アルフレッド様の善き理解者でありたい)
何もかもを理解したいとは言わない。
いくら愛し合っているとはいえ、二人は他人。同じ人間にはなり得ないのだ。
すべては無理でも、少しずつでも歩み寄れたら……とシエラは思う。
その第一歩として、アルフレッドが常に身に着けている“包帯”に目をつけた。
「この包帯は特別なものだから、いくらシエラでも駄目だ」
「何もアルフレッド様が大切にしている包帯を巻いてほしいとは言っておりません。ちゃんと用意しておりますの。これなら大丈夫だろう、とゴードンが用意してくれましたわ」
「……ゴードン、何してるんだ」
「ゴードンさんは悪くありませんわ。わたしが頼み込んだのですから」
「いや、ゴードンのことだ、喜んで協力したのだろう。それで、どうしてそこまでして包帯を巻きたいと思っているのかな、私のかわいい妻は」
徐々に距離を詰めてきて、耳元で囁くなんてずるい。腰が砕けそうになったシエラをぐっと抱き寄せるアルフレッドに、胸がときめきすぎて思考がまとまらない。
「だって、アルフレッド様を愛しているから……少しでもアルフレッド様のことを理解したくて」
「シエラ、あなたはそんなことを気にしなくてもいい。私の側にいてくれるだけで、愛してくれるだけで、私は本当に幸せなんだ」
ぎゅっと抱きしめられる。
そのぬくもりと優しい声音に身を預けそうになるが、ハッと我に返る。
「もう、アルフレッド様! 話を逸らさないでください!」
「駄目か」
「アルフレッド様と同じものを見たくて、アルフレッド様に包帯を巻いてもらおうとおもいましたが、もういいです。メリーナに包帯を巻いてもらいますわ!」
アルフレッドの腕から抜け出し、つんと背を向ける。
「仕方ない。そういうことなら、私が巻こう」
アルフレッドの言葉を聞いて、シエラは飛び上がる。
「ふふ、それではお願いしますわ!」
そうして。
「……なんだか、不思議な感覚ですわね」
シエラは自分の顔に触れながら感想を述べる。
頭や顔が包帯で覆われている。鼻や口は息ができるようにと巻いてくれているが、喋りにくいし、少し息苦しい。
アルフレッドは毎日この状態でいるのか。
「いいものではないだろう?」
「でも、アルフレッド様とお揃いだと思うと、すごく嬉しいです。それに、またひとつアルフレッド様のことを知ることができましたわ」
本心でにっこりと笑みをこぼすと、アルフレッドは大きな溜息を吐いた。
何か、機嫌を損ねることを言っただろうか。
「包帯を巻いているせいで、シエラの愛らしい笑顔を見ることができないことが悔しい……」
「まぁ。それを言うなら、わたしは毎日同じ気持ちですわよ」
「そうだったな。それなら、私もまたひとつシエラのことを知ることができた訳だな」
「ふふ、そうですわね」
「どうせなら、包帯を巻いたままで街に行ってみるか?」
アルフレッドからのデートの誘いに、シエラは二つ返事で頷いたのだった。
ある日のリーベルトでは、公爵夫妻の噂で持ち切りだった。
いつも包帯を巻いている【包帯公爵】の姿は見慣れているが、可愛らしい花嫁まで包帯を巻いて現れたのだから、目にした者は皆衝撃を受けた。
——それはもう、お似合いの“包帯”夫婦だったと。
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