聖なる夜の贈り物


 美しい音色と、きらびやかな光景が、ベスキュレー公爵家の音楽ホールに満ちていた。

「アルフレッド、こっちへおいで」

 優しい声に導かれるように、アルフレッドは父の広い胸におもいきり飛び込んだ。

 アルフレッドが飛び込んだくらいではびくともしない鍛えられた体と、背中に垂らした金髪と、我が子をみつめる優しい青色の瞳。

 ベスキュレー家当主センドリックは、わしゃわしゃとアルフレッドの頭を撫でた。せっかく整えていた髪が乱れてしまう。しかし、そんなことはどうでもいい。

 父と同じ金色の髪は、アルフレッドの自慢だった。

「ねぇ、お父様! まだ、プレゼントもらえないの?」

「まぁまぁ、アルフレッドったら、そんなにプレゼントが楽しみなの?」

 おっとりと、口元に柔らかな笑みを浮かべて、母アイリーナが問う。

「だって、聖なる夜だよ。それに、お父様が、今年は僕のためだけに特別なものをプレゼントしてくれるって言ったんだ!」

 聖なる夜。それは、女神ミュゼリアがこの地に降り立った日とされている。

 だからこそ、女神ミュゼリアを信仰し、芸術を重んじるこのヴァンゼール王国では、聖なる夜は一大イベントだ。

 女神ミュゼリアへの感謝と、さらなる芸術の発展のために、貴族だけでなく、平民もお祭り騒ぎでこの日は芸術を楽しむのだ。そして、初代国王がミュゼリアに美しい芸術を捧げたように、恋人や家族の間で芸術品を贈り合うようになった。

(ミュゼリア様の祝福を受けているお父様が、僕のために作ってくれるもの……早く見たい!)

 そして、いつか自分も父と母に素敵なプレゼントを贈るのだ。


 * * *


 幸せな心地で目を覚ます。

 随分と、昔の夢を見ていたような気がする。

 しかし、意識が覚醒しだすと、夢の残像はきれいに消えていった。

「……シエラ?」

 いつも隣で寝ているはずの、愛しい妻の姿がない。

 アルフレッドは周囲を見回すが、どこにもいない。

「おはようございます、アルフレッド様」

 頃合いを見計らったように、ゴードンが紅茶を運んできた。

「ゴードン、シエラはどこにいる?」

「シエラ様なら、音楽ホールですよ」

「そうか。それなら、今からシエラの歌を聴きにいこうかな」

「何を呑気なことを言っているんですか。今日が何の日か忘れたのですか?」

「……今日?」

「いつまで寝ぼけているのですか。今日は聖なる夜ですよ。ベスキュレー公爵家でも夜会を開こうとシエラ様が奮闘していたじゃありませんか。シエラ様は早起きして、音楽ホールの準備をしているのですよ」

 ゴードンに淡々と冷めた目を向けられ、ようやく思い出した。

 〈ベスキュレー公爵家の悲劇〉の前までは、毎年聖なる夜は領民たちや親交のあった貴族を招いて、公爵家では夜会を開催していた。

 毎年、アルフレッドは父からのプレゼントを楽しみにしていたのだ。

(あぁそうか、聖夜の夢だったのか……)

 シエラが言い出さなければ、これからもアルフレッドは夜会など開催しなかっただろう。

 思いつきもしなかったのだ。

 悲劇が起きる前までは当たり前だったことを、無意識に避けていたのかもしれない。

 幸せだった日々が失われたことを、実感するのが怖くて。

 それでも、今は怖くない。

 アルフレッドの隣には、シエラがいてくれるから。




 領民たちを招待した、聖なる夜を祝う会。

 皆で楽しく歌い、笑い、食べ、こんなにもにぎやかな聖夜は久しぶりだった。

 なにより、包帯公爵の隣で幸せそうに笑ってくれるシエラが愛しくてたまらなかった。

 夜会がお開きとなり、領民たちを見送った後。

 シエラがアルフレッドの腕を引いて、音楽ホールのある場所へと案内する。

 そこには、大きなもみの木に、金や銀、赤のオーナメントや可愛らしいリボンなどが飾り付けられ、立派な聖夜のシンボルツリーがあった。

 アルフレッドの仕事が忙しく、夜会の準備の指揮はほとんどシエラが行ってくれていたのだ。

「あの、これ作ってみたんです……」

 おずおずとシエラが指した先には、掌サイズの人形が二つぶらさがっていた。亜麻色の髪に虹色の瞳のピンク色のドレスを着た人形と、包帯を巻いて黒の紳士服を着ている人形。

 これは間違いなく、シエラとアルフレッドを模した人形だ。

「アルフレッド様のように器用ではありませんけれど……少しでも、二人のこれからの未来が明るく幸せなものであるように祈りを込めて」

 たしかに少し歪な出来だが、他のどのオーナメントよりも素晴らしい。

「ありがとう、シエラ。君のような素敵な花嫁をもらえたことが、私にとって何よりの奇跡であり、幸せだ」

「それを言うならわたしこそ、アルフレッド様に愛していただけることが何よりの幸せですわ」

 頬を桃色に染めながら、シエラがにっこりと笑う。

 その瞬間、アルフレッドの理性は飛びそうだった。

「シエラ、そんな可愛いことを言わないでくれ。今すぐ夫婦の部屋に閉じこもりたくなるだろう?」

 彼女の耳元でわざと低い声で囁く。

 シエラがアルフレッドの低音に弱いことはすでに知っている。

「……ひゃっ!? アルフレッド様こそ、ず、ずるいですわよ?」

 桃色から真っ赤に頬の色が変わり、シエラは分かりやすく狼狽えた。可愛すぎる。

 とうとう我慢できなくなって、アルフレッドはシエラの唇を奪った。

「甘いな、シエラは。日を追うごとに甘くなっている気がする」

「もう、甘いのはアルフレッド様の方ですわ」

「あぁ、そうかもしれないな」

 シエラを抱きしめながら、アルフレッドは夢の続きを思い出す。

 あの日、父がアルフレッドにくれた贈り物。

 それは、大切な人を幸せにするための、ベスキュレー公爵家ならではの贈り物だった。


「シエラ」


 愛しい妻の前に跪き、顔に巻かれた包帯を解く。


「これが私からの愛を込めた贈り物だ。受け取ってくれるか?」


 差し出したのは、小さな箱。その中には、オパールを加工したネックレス。

 光の加減で色を変えるオパールは、シエラの美しい虹色の瞳を思わせる。


 父がアルフレッドにくれたのは、ベスキュレー公爵家に代々受け継がれる工房の道具だった。

 その中には金属加工ができる道具もあり、アルフレッドは夢中になって父から技術を会得した。

 自分の手で、初めて何かを生み出せた時の感動が、蘇る。

 父のようになりたい、と追い求めた技術。

 父や母に、いつか贈りたいと思っていた。

 きっと、喜んでくれただろう。褒めてくれただろう。アルフレッドを信じて、愛してくれた人たちだったから。


(父上と母上のおかげで、愛する大切な人に出会えることができました)


「アルフレッド様、嬉しい、です……本当に、ありがとうございます」


 シエラの目には、きれいな涙が浮かんでいた。潤む虹色の瞳から、目が逸らせない。


「シエラ、愛している。ありがとう、私を見つけてくれて」


「アルフレッド様、私も。光を、希望を見せてくれて、ありがとうございます。これからもずっと、愛していますわ」


 シンボルツリーの下、アルフレッドとシエラは愛を伝えるための、優しくて穏やかなキスをした。



 聖なる夜、困難を乗り越えた二人の愛は、女神ミュゼリアへの最大の贈り物となっただろう。



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