第2話

「漫画家さん、あたりけえ?」

 ふと後ろから声をかけられてびくりと肩を震わせてしまった。振り向くとそこには駄菓子屋の店主がひっそりと立っていた。

 俺は腰にへばりついたアイスの残骸を手に取る。甘ったるい匂いが鼻腔を貫いた。嫌いでもないが特段好きなわけでもない。俺はアイスを舐めるようにして完食し、空になった棒を確認する。

「はずれでした」

「どれ、ようみせてみぃ」

 近づいてくる老人に少々たじろぎながらも、俺ははずれと書かれたその棒を見せる。

「ほら、はずれですよ」

「いやあ、当たってる。待っとれ、もう一本やるけえ」

 俺の呼び止めを無視して、もう一本アイスを持ってくる店主。断り切れず、俺は半ば強引に三本目のアイスを食することになった。

 びりりとパッケージを破って、中身を取り出し口に含む。一本目は美味しく感じられたそれも、三本目ともなるとその味覚は変貌を遂げてしまう。不味いとは言わないが、もう当分要らないな、と、勿論声には出さないが、心の中で思った。

「おいしいじゃろ」

「……ええ」

 勿論不味いとは言えない為、嘘をついた。

「ひなはなあ、それが好きでなあ」

「そうでしょうね」

 ここに来ると、ひなは毎回と言っていいほどそれを買う。気に入っているというより、ルーティンになっている感は否めないが。

 店主は、どこか遠くを見るような目で昔話をする。老人の昔話はあまり好きではないのだが、ひなのことは気になるので俺は耳を傾けた。

「ひなのアイス、毎回当たるじゃろ」

「そうですね、不思議です」

 そうなのだ。ひなの買うアイスは毎回当たるのだ。一回や二回ならまだしも、それが継続するとなると話は変わってくる。明らかな不正がこの店では行われているのだ。

「いくら運がいいとはいえ、ありゃあおかしかろ?」

「まあ、そうですよね」

「あれなあ、実は全部はずれなんよ」

「え?」

 思いがけない不正告白に驚いてしまう。

「ひなな、はじめてアイス買いに来た時泣いたんよ」

「どうしてですか?」

「はずれだったから」

 はずれが出て泣いているひなを想像して笑ってしまった。

「それで、どうしたんですか」

 俺は続きを促す。

「それでなあ、どうしても泣き止まんもんで、仕方なくはずれをあたりに変えたったんよ。それからじゃな、あん子がはずれをあたり言い出したんは」

 どしんと床に座る店主にびくりとするが、しかしそれに倣うようにして、俺も隣に座る。店主はそんな俺を見てかすかに笑った後、窓を指さした。

「漫画家さんがどんな思いでここに来とるかは分からんけど、たまにはぼーっと外見るのもええよ」

 ここ、とは勿論駄菓子屋のことではないのだろう。店主が言っているのは、この島のことだ。その言葉をゆっくりと咀嚼して、俺は指された方向をゆっくりと見る。

 太陽が、あった。

 爛々と照り付ける日差しが、俺を包み込んでくれているような、そんな気がした。

 隣に座っている店主を見る。

「ありがとうございます」

 吐き出すようにして感謝の念を述べ、俺は立ち上がる。

 そうだ、俺は何かを見つける為にここに来たのだ。怠惰な生活を送っているままでは、東京にいた時となんら変わらない。

 変わらなければならない。

「あんまり、気負わずにねえ」

「はい」

 頭を下げた。

 そんな俺を見て、「そんなことせんでええよ」と柔和に笑い、続ける。

「そうさねぇ。お礼は、ひなにはずれの真相を言わないってことでええよ」

「わかりました」と答え、俺はアイスを頬張った。

 すべてを食べ終わるころには日も沈み、店主も隣にはいなくなっていた。

 ゴミ箱に捨てようとしたその棒を、ちらりと見る。大きく、アタリ、と書かれていた。

「……。はずれ、か」

 やりとりを思い出し、少し笑って、俺は一瞬迷った後、その外れの棒をゴミ箱へと投げた。

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