第2話 コピー機のプロ
朝から皆様にお茶を配るものの、私はすぐトイレに行きたくなるからお茶は飲まない。飲むとしたら鞄の中に入っているペットボトルのお茶だ。
「鈴木さん、これ拡大してでっかいサイズにしてもらっていい?」
九時になり、パートさんが出勤してくる。
「わかりました、すぐやりますね。」
A四サイズのプリントをA三サイズに拡大コピーしただけで、パートさんは喜んでくれる。うん、いい仕事だ。
「ありがとう!さすが鈴木さんね。」
「いえいえ。」
「おい鈴木、資料はどうなってる。」
「今やってます。」
「早くしろ!」
そして一気に気分が変わるのもこの会社のいいところだ。うん、刺激的。
「今から会議資料印刷します、しばらくプリンターが使えなくなります。申し訳ありません。」
声高らかに宣言をし、プリンターに用紙をセットする。何を隠そう、私はコピー機のプロなのだ。
時間の無駄、そして資源の無駄な会議資料を三十人分両面印刷する。この印刷時間の間に自分の机に戻って自分の仕事を進めることができたらどんなにいいことか…。
入社当時、そう思って自分の机に戻ったら空気を読まない数多の社員にコピーを中断させられ、割り込まれたので印刷中はコピー機のそばを離れないようにしている。いや、離れざるを得ないのが現実だ。
「真希子ちゃん、今日も会議だよー。」
「そうみたいですね。」
そしてコピー機はトイレの近くにある、故にトイレに行く用事のある暇な社員の溜まり場でもあるのだ。
「佐々木のやつ今日もウンコかな、さっきからぜんぜん出てこねーんだよな。」
「ははは。」
「俺まじでもれそうなんだけど。」
いっそのこと漏らしてクビになれ、という本音を心の奥底に押し込んで私はただひたすら吐き出されるA四用紙を眺めていた。しばらくすると佐々木が出てきて入れ替わりにその男は消える。
「おせーぞ、ウンコマン。」
「すんません、今日もきばっちゃいました。」
そしてそのまま自分の席に戻ればいいのに、なぜか皆コピー機の前で止まってしまう。
「鈴木ちゃんひどくね?俺だって毎朝ラッシュでがまんして、ここで出してんのにさー。」
「ははは。」
「鈴木ちゃんも快便?今日もがんばろー。」
そして私の尻を一撫でしてから、佐々木も消えていった。
「コピー終了しました。」
最後の一枚が吐き出され、それらを全て抱えて机に戻ろうとすると我先にとコピー待ちをしていた社員たちが走り出す。それを除けながら机に戻り、ホッチキスで止めて、上司のもとへと提出する。
「ん。」
顎で机に置いておけと指示されたので、そのままどんと机の上に置いておいた。
机に戻ると電話が来たので、電話を取る。
「はい、まるまる商社、鈴木でございます。」
取引先の会社が、請求書がまだ届いていないという。
「おい鈴木!」
「今お電話中です。」
「早く終われ、会議資料増えたぞ!」
「ええ、ええ、ですから…。」
「お電話中です。」
「おい佐々木、お前代わりに作れ!」
「えええ、なんで俺が。」
「はい、そうなんですよ…。」
「鈴木さんは今お電話中です。」
「わかりましたー、やりますよー。」
「早くしろ、もう社長部屋につくぞ。」
「へーい。」
「ええ、ええ、さようでございますか…。」
厄介ごとの気配がしたので、メモを取るふりをして別の仕事にとりかかる。
これ以上私自身の仕事を滞らせるわけにはいかない。
「げ、紙切れなんすけどー。」
「…主任、紙ってどこっすか?」
「コピー機の横の棚にあるわよ、ちゃんと見たら?」
「あった、あざーす。」
そろそろ次の仕事にとりかかろうとしたところで、主任がひらひらと手を振る。
「真希子ちゃん、もう行ったわよ。」
「すみません、ありがとうございます。」
長電話で仕事を回避する術も、私は習得した。
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