第18話 とばくとこうかい

 立っていた。

 アイリスの奥深くに佇む違法賭博場の目の前に。

 やはり何度見ても賭博場だとは思えない構えの扉に、少しだけ気が抜けてしまい、ふうと声が漏れる。

「通しなさい! 私を誰だと思っているの!」

「そうですよ! メイ達は客ですよ! お金も持っているのですから!」

「また貴方方ですか……帰ってください」

「いいえ帰らないわ! というか貴方、私達を通すことになるわよ。覚悟しなさい」

 何の覚悟だ。とは口に出さなかった。

 なぜなら今から俺がするのは、それこそ脅しまがいの行為だからである。しかし、罪悪感はない。そもそもこの賭博場は違法なのである。毒を持って毒を制すとはよく言ったものだ。

 俺は衣嚢から一つ紋章を取り出す。できればこれは使いたくなかったのだが、ここまで来ては仕方がない。二人が何か面倒事を起こすよりも、幾分マシだと判断した結果である。

「これ、分かるよな?」

 エリス達の間を割って入る。「っとと」などという間抜けな声が後ろから聞こえるが、そんなものはどうでもよかった。

 黒服の男の眼前に、紋章を突き立てる。


「俺の名前はフィン。フィン=アイリスだ。この街の最高責任者の息子だ。通せよ」


「そうよそうよ! フィンはこの街の最高責にんし……さいこうせきにんしゃ……?」

 エリスは目を白黒と慌ただしく動かして、俺を見据える。

「じ、じゃああんた、貴族なの?」

「あー。そうだ。別に黙ってるつもりじゃなかったんだがな。大事になるのが嫌で身分証とかも出さなかった」

 初めにギルドに赴いた時を思い出す。鮮明にではないが、しかししっかりと記憶している。俺はあの時身分証を要求されたのだ。そして、それを拒否した。何故か、当然俺が貴族だからである。

「……フィンさんが貴族だというのは初耳でした」

「すまん、言っておけばよかったな」

 メイの頭をわしわしと撫でる。むぅと頬を膨れさせ「やめてください」と彼女は呟いた後、付け加えるように言う。

「そもそも、貴族は冒険者になれませんよ。アイリスの方針で」

「え? そうなの?」

 両親とは縁を切っているも同然だったので、俺はアイリスについてここに住んでいる住人と同じ程の知識しか所持していない。

「じゃあ俺がミミックから奪った経験値はどうなんの?」

「当然、水の泡です」

「嘘だろ……」

「本当ですよ。メイたちから奪った経験値は全て無駄です」

「おい、言葉に棘あるぞ」

「事実ですから」

 大げさに顔を膨れさせて俺を睨む彼女から目を逸らす。その後ろでエリスが経験値を返せなどと喚いているのが聞こえるような気もしたが、きっと気のせいだろう。

「というわけで、通してくれ」

 目の前の黒服の男に身分証明を突きつけつつ、俺はにやりと笑う。

「揉め事は起こさないと約束してください」

 何かを思案するようにぼーっと突っ立っていた彼が、項垂れて俺達を室内に案内するまでそう時間はかからなかった。

「やるわねフィン! 見直したわ!」

「今初めて槍にしたことを反省していますよ! メイの出入り禁止を解除してしまうとは!」

「お前反省してなかったのかよ、お前だけ置いていくぞ」

「前々から反省していました」

「こんなに綺麗な手のひら返し初めて見たぜ」

 俺達を不安げに見つめる黒服を横目に、違法賭博場へと足を踏み入れたのだった。



「どーーーーうして勝てないのよ! おかしいでしょうが! イカサマよ! 証拠はないけど絶対そうだわ!」

「そうですよ! おかしいです! メイはこれまで負け続けて来たんですから、一度この辺で勝ちの流れが来てもいいはずでしょう! そうでしょう! 確率が収束してきてもいい頃合いでしょう!」

「お前らなあ……」

 馬鹿二人が馬鹿みたいに馬鹿不利な賭博に勤しみ、わずか数分で全財産を溶かすところを目の当たりにして、俺はいつかの黒服のように項垂れていた。

 エリスがだんっと音を立てながら、椅子から立ち上がりトランプを手にしているディーラーを指さす。

「そのトランプにイカサマを仕込んでいるんだわ! 見せなさい!」

「ええ。構いませんがこちらが無実であった場合、百万リルを頂いていますが宜しいですか?」

「宜しくありません!」

 だんっと音を立てて椅子に座り直すエリスだった。可哀想。

 しかしこの違法賭博場でイカサマが行われている可能性は、エリスの言う通り限りなく高いのである。違法と言うくらいだ、それくらいは簡単にしてくるだろう。

 普段ならばこの辺りで撤退し、拠点に戻ってエリスとメイを叱りつけて金銭のありがたみについてこんこんと教えてやるのだが、なんの気まぐれか今現在において俺とこの二人の思いは一致してしまっている。

 その為普段なら撤退すべきラインでも、簡単に踏み越えてしまっているのである。

 簡単に言うと、


「フィン、軍資金はあといくらあるの?」

「五千リル」

「役立たず」


 ということである。

 三人の思いが一致しているという事は、三人のお金を軍資金にするということだ。つまりそこには俺自身が所持しているそれも含まれている。窘める役の人間が実行側に移った瞬間、徒党は崩壊するのだな、と学びました。まる。経験手に入るかな。

「フィンさんフィンさん。もしかしてもしかすると、まさかそれがメイ達の全財産なんてこと……」

「もしかしなくてもそうだよ」

「役立たず! 金銭管理はフィンさんの管轄でしょう!」

「そうよそうよ! 仕事放棄人間(フィン)! 返しなさい! 私のお金を!」

「お前らなあ! それもこれも際限なく賭け続けるお前らにも非があるだろうが! なんだルーレット7狙いって! そんなピンポイントで止まるかよ!」

「何を言っているんですか、ピンポイントで当たるわけがない、そう思っているからこそ当たったときの興奮が……」

 恍惚の表情を浮かべて虚空を見ているメイの耳元で、今現在の所持金を伝えて現実に引き戻す。恍惚の笑みは絶望の乾いた笑いになった。

「ご、ごせんりる……、ごせん……、ごせん……」

「そうだ、そしてそれを三で割るとお前の所持金は千リルと少しだ」

「せん……、せんりる……」

「そうだ。そしてこの五千リルは理性あるときの俺が生命線として残していた、いわば俺のお金だ。メイにもエリスにもやらん。つまりお前の所持金は無い」

「ない……おかね……ない……はたらきたく……ない」

「いや、なんか全然違うところから本心聞こえたような気がするんだけど。働けよ」

 メイは取り敢えず放っておこう。現実という銃口を突きつけられた彼女の顔は、もう直視できない。

「七に賭けた理由はあるわよ、何故なら縁起がよさそうだから」

「縁起がいい、それだけの理由で俺達は無一文になったんだぞ! 納得できるか!」

「納得しなさいよ、我儘は嫌われるわよ」

「なんで俺が諭されてるんだよ! あまりにも自然すぎて危うく謝りそうになったじゃねえか!」

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