第15話 けんそう
喧噪。
多くの人々が行き交うその場の名前は、まあ言わずもがなギルドである。冒険者たちの集会所だ。
俺はそこで一人、エリスとメイを待っていた。
ギルドのど真ん中でただ茫然と突っ立ちながら、俺は思考していた。先ほどの行動についてである。その最中は自責の念などに駆られてしまっていたが、よくよく冷静になった後で考えてみると、俺は正当な手段をもって正当な対価を得ただけのことである。真に反省するべきはあの長老であって、決して俺ではない。ミミックの頭が少しばかり良かったので、俺はしなくてもいい後悔の念に苛まれてしまっていた。ミミック許すべからずである。
こうやって、冷静に働く頭でギルド内を見渡してみると、腐敗した街と呼ばれているとは思えないほど、皆勤勉に動いていた。
「おい! 酒持ってこい!」
……。
まあ、稀にああいう奴もいるが。
「おう兄ちゃん、お前これいける口か?」
そういって親し気に肩に腕を回してくる屈強な冒険者。くいくいと手を動かして、酒が飲めるかと問うてきている。
勿論飲めないわけではないし、嫌いでもないのだが、丁重に断っておいた。なぜかエリスと同じ雰囲気を感じたからである。関わってはいけない人間のオーラというものが、全身から溢れていた。
……冒険者ギルドとは思えない程、アルコールの匂いが充満している。その事実に一つ辟易して、嘆息する。
なんで俺はこんな街を守ろうとしているのだろうか。何故だか馬鹿らしくなってくるが、責務を放棄するわけにはいかないので我慢しておく。ここもいずれはなんとかしなくてはいけない。どこかの王都のように、ギルドというものは清廉潔白でなければならないのである。多分。きっとそうだ。
「あー! 居ましたよエリスさん! ほら、見てください! あそこで一人ぽつんと立ち尽くしています!」
「本当ね。あいつ、私たち以外に友達がいないのかしら」
「多分そうですよ! 仕方がありません、ここはひとつ、先に帰った事に対する怒りは抑えて友達のように話しかけてあげましょう!」
「そうねそうね! なにせ私たちは今お金持ちだもの! 金持ち喧嘩せず! って言うしね! お金持ちの品格ってやつを見せつけてくるわ!」
「そうですそうです! メイ達は今お金持ちなのです! エリスさん、後でカジノに行きましょうよ!」
「あんた、いけ好かないやつだと思ってたのになかなかいい案を出すじゃないの! 行きましょ行きましょ! ぜーーったいに勝つわよ!」
「馬鹿かお前ら、全部聞こえてんだよ。というか友達のようにってなんだ、俺はまだ友達認定されてなかったのかよ。まあいいけど、気にしないけど」
めちゃくちゃ気にしてます。
感情的になって先に帰宅したことを隠すように、頬をぽりぽりと掻く。
「あー、なんだ。先に帰ってすまん。反省してる」
「なーに言ってんの! 私はそんなの気にしないわよ! なにせ、お、か、ね、も、ち。だからね! お金持ちは心が広いのよ!」
「帰ってきて早々うるせえやつだ」
その煩さも心地良くなってきている自分がいるが。
「フィンさんフィンさん! 見てくださいよ! これ! すごいでしょう!」
「お前、こんなところでそんな大金見せびらかすなよ」
どーんと百万リルの束を両手に掲げて見せびらかしているメイを窘める。
こんなところでそんなものを掲げたものなら、
「おうおう兄ちゃん、なんだあそりゃあ。偽札かぃ?」
ほら、な?
「偽札だよ」
「なんでい。まあ兄ちゃんたちみたいなひよっこ冒険者がそんな大金持てるはずねえもんな」
そういってがははと豪快に笑う冒険者の男からさっと距離を置き、俺はメイに話しかける。
「な? ああいう奴がいるからここでは隠しておいた方がいいぞ、それ」
「おいそこの冒険者さん! ひよっことはなんですかひよっことは! メイはみ、ど、り、の! 冒険者ですよ! 緑! 貴方見るからに弱そうですもんね! 青の冒険者でしょうか? 概ね、青になったことに浮かれて、白の冒険者みたいな人を見かけたらちょっかいを出しにいっているのでしょう! 負け組ー! この負け組ー!」
「金持ち喧嘩せずって言ってたよなあお前! そして性格がエリスに影響されてんぞ! 俺がいない間に何があったんだ!」
屈強な冒険者に臆することなく、大きな身振りで悪意を込めてそれを指さすメイに頭を抱える。どうしてこいつらはいつも厄介ごとを持ち込むんだ。どうにかならないのかその性格は。
何が怒りの琴線に触れたのだろうか。
「ああ? お前みたいなガキが緑なわけねえだろうが。証拠を見せてみろ、本当に緑の冒険者だったら土下座してやるよ」
懐からどこか自慢げに緑色に発光している冒険者カードを取り出し、メイは高らかに勝利宣言する。
「土下座してください」
「すみませんでした」
流れるような速さで土下座を遂行する冒険者。俺はこの街が腐敗した街と呼ばれている片鱗を垣間見た気がした。
逃げるように去っていく冒険者を見送りながら、俺は呟く。
「……本当にこれからはやめろよ。今回はなんとかなったが、次もなんとかなるとは限らないからな」
「メイの頑張りを蔑ろにされた気がしてつい……。冷静になります」
「そうしてくれな」
顔をむうとしかめて反省するメイの頭を撫でる。緑に至るまでの道程を馬鹿にされたように感じたのだろう。それならば納得は出来る。これからは何もしないと言っているし、今回はもういいだろう。
「と。それはさておき百万リルです。どうぞ」
そういって紙幣の束を隠れるようにして俺に渡すメイ。
「いいのか? 俺が持っていて」
「勿論ですよ。交渉したのはフィンさんですし、嫌な役回りを押し付ける形となってしまって申し訳ないくらいです」
「ちょっと! メイ! 私とのカジノの約束はどうなったのよ!? フィン! 返しなさい私の百万リル! かえしてー! かえしてー! 軍資金かえしてー!」
「いつからお前のになったか言ってみろ」
「今から!」
メイに目配せする。
「メイ、インフェルノをこいつに」
「仕方がありませんね、『」
「待って待って待って! 嘘です! フィン様のものです! 出しゃばってすみませんでした!」
「分かればいいんだ、分かれば」
「……碌な死に方しないわよ。私がさせないわ」
「殺人予告か? 怖いなあ……。通報しちゃおうかなあ……。牢獄がそんなに気に入ったのかなあ……」
「ごめんなさい!」
「分かればいいんだ、分かれば」
物分かりが(強制的に)良くなったエリスに、にこにこと破顔を飛ばす。この要領で頭も良くなってほしいものである。無理そうだ。
「おお? その銀髪、もしかしてエリスか? 仲間は見つかったのか?」
そういって俺達に、というかエリスに言葉を飛ばしてきたのは、これまた冒険者である。こいつは顔だけはいいので、ギルドに顔なじみがいるのもまあおかしな話ではない。
その言葉を拾うことなく、俺はエリスに尋ねる。
「知り合いか?」
「知らないわよ。大体なんで私があんな筋肉お化けと知り合わなきゃならないわけ? これでも美的感覚には自信があるのよ」
うへえ、と顔をしかめて、攻撃的な言葉を漏らす。
「おい銀髪。お前殴られてえか。お前がパーティーに誘ってきたんだろうが。まあ、断ったが。そのめちゃくちゃな性格は治ってないみたいだな」
「あの時は誰彼構わず声かけてたしいちいち覚えてないわよ。それとも美少女に話しかけられたことが忘れられなかったのかしら?」
「決めた。お前に冒険者がなんたるかを教え込んでやる」
冒険者という職業に就くものは血の気が多い。こうなるのも自然の摂理である。心なしか彼の筋肉が膨張しているように見えるのは気のせいだろうか。筋肉増強のスキルを使用しているのではないだろうか。俺のこの推測が間違っていることを願うばかりである。
しかし、このまま三人でこの筋肉怪物を相手取っていては、百万リルの存在が露呈してしまう可能性がある。
「仕方ないエリス、これはお前の責任だ。一回殴られて来い」
「なんで!? 嫌に決まってるでしょうが! 助けなさいよ! 仲間じゃない!」
肩に手を置いて、これから彼女が受けるであろう暴行を心配しながら、俺はエリスを送り出す。それはさながら娘が嫁ぐのを見送る父親の気持ち。ではないと思う。絶対違う。嫌いになった彼女と別れるときのような、そんな感じ。
「お前の新しい仲間ってのは物分かりがいいみたいだな。よし、ついてこい」
ギルド内でもめ事を起こす程馬鹿ではないのだろう。エリスを裏に連れて行こうとする筋肉。俺はそれを見送りながら、百万の使い道を考える。とはいっても、既に八割の使い道は決定しているのだが。
「フィン!? おーい! 耳ついてますかー! 目ついてますかー! 今貴方の仲間である美少女が連れ去られそうになっていますよー! おーい! こらー! 無視すんなー!」
「……フィンさん。本当に良いのですか?」
「いや、流石によくねえな。メイの硬化魔法を付与してやってくれ」
「了解しました」
小さく詠唱し、エリスは硬化する。槍となっても無傷だったのだ、一介の冒険者がどうこうできるものではない。
……ものではないが。
「仕方ねえ、付いていくか」
「……フィンさんのそういう仲間想いなところ大好きですよ」
「うるせー」
本当に、俺の仲間というものは困った人間ばかりである。
俺は少し駆け足でエリスの後を付いていくことにした。
○
「おう、この銀髪の仲間だな?」
「ああ、そうだけど。返してくれないかな、それ。一応俺の仲間みたいなんだよな」
ギルドから少し離れた場所にある裏路地。そこに俺達四人はいた。仲間などを呼び寄せて複数で囲まれるのかとも思っていたが、その心配は杞憂に終わった。一対一なのは冒険者としての矜持だろうか、それとも女一人程度十分だとでも思ったのだろうか。
狭い路地に、一本の風が通り、前髪を揺らす。
「いやあ、すまねえなぁ! まさかあんたが悪知恵のフィン様だったなんてよ。気づかなかったぜ。外見は案外普通なんだな!」
そういってエリスを開放し、どんどんと親し気に背中を叩く冒険者。
……あれ、思っていたのと違う。
なんかこう、バトルが始まるものだと。
俺はエリスとメイを見る。そんな視線から目を逸らす二人。なるほど。こいつらがばらまいた悪評のせいでこうなっているらしい。
「なんだその、悪知恵ってのは」
「おいおい! 冒険者の女から報酬の九割ぶんどったり、女児を箱に閉じ込めて壁に打ち付けたりしてるって聞いたぜ、しかもその悪知恵で罪に問われなかったんだろ? あとなんだ、どこかの村では法に裁かれない詐欺師って呼ばれているとか! なんでも同意のもとに一日で百万ぶんどったらしいな! ほんと、尊敬するぜ兄貴!」
「全部本当の事だからなにも言い返せねえ……!」
チンピラに尊敬されてもうれしくないという謎の知識が蓄積された。
「とりあえず、すまねえ! この銀髪は返す! どうか許してくれ!」
手を合わせて頭を下げる筋肉妖怪にたじろぐ。俺はこの街でそういう人間だと思われているのだろうか。
「おいエリス」
「ひゅ~。ふふひゅ~」
「下手な口笛吹くな。俺がお前を殴るぞ」
「お! 悪知恵のフィンの真骨頂だな! 暴行を働いても罪に問われないその手法、学ばせていただきます!」
「……と思ったが今回は殴らないでおいてやる」
「そう簡単に知恵は教えられないってか……どこまでも付いていきます! 師匠」
本当、どうしよう……。
相手の気が変わらない内に、こちら側にエリスを引き寄せる。急に引き寄せられバランスが保てなくなったのか、「わわ」という間抜けな声を投げながら、一本足の案山子のようにこちらへ移動するエリス。
「今回は何も言わねえが、次ちょっかい出してきたら潰すぞ」
アイリスでの俺の悪評を逆手にとって、脅し文句にも似た台詞を置いておく。そんな俺の台詞に臆したのかそうでないのかは定かではないが、筋肉武道家は一歩後ずさり、逃げるようにして俺達から離れていった。
……まさかあいつの師匠になってないよな?
そんな懸念が頭の中を渦巻く。やめてほしい。平穏に暮らしたいとまでは言わないが、それなりの生活を保障してほしい。
「やるじゃないフィン。流石は悪知恵ね」
「お前なあ……」
溜息。
まあ何事もなかったのは良かったが、俺にとって大事なものを奪われたような気がする。
誰もいない裏路地に、俺の大切な何かを落としてしまった。もう拾うことは出来ないので諦めるしかない。諦観とはこのことである。
「でも良かったです。フィンさんがいなければどうなっていたか分かりませんからね」
「そうね、今回は感謝してあげるわ。感謝されていることに対して感謝しなさい」
「よしエリス。今回のお前の報酬は無しな」
「ごめんなさい! 調子に乗ってごめんなさい!」
勢いよく頭を下げ、心にもない謝罪をするエリスだった。
静寂。しじまだけが鳴いている。
何もない場所に俺達だけが存在していた。好都合である。
「今の内に報酬分配しておくか。拠点も決めなきゃなんねえしな」
二人に声をかける。
エリスが役に立ったかと言われれば、その答えは当然否であるが、そもそも初めにこのクエストを受注したのは他でもないエリスである。一応だが、この銀髪駄目美少女にもそれを受け取る権利はある。
「フィンさん……? 私頑張ってたわよね? 報酬は五対五にならない?」
「ならない」
「最低!」
そもそもそういう約束だったろうが。
「しかも俺達二人だけの報酬じゃないしな。メイもいる」
「え? 良いのですか? メイはお二人に割って入っただけなのですが」
「はあ? お前だって色々やったろ。俺を槍にしたりとか、俺を置いてアイリスに逃げ帰ったりとか……やっぱりお前の報酬は無しでいいか?」
「いいんですけど! いいんですけどなんだか釈然としません!」
「冗談だよ。しっかり渡す。というかもうメイに渡す分は他においてある」
「え? そうなんですか?」
そんな素っ頓狂な声を路地に響かせ、こてんと首を傾げる。
「ああ、八十万必要なんだろ? 特にその用途は聞かねえが渡してやるよ。それで真っ当な人生に戻れな」
「有難い! 有難いんですけど! ギャンブルで作った借金だと思っていませんか!?」
「違ぇの?」
「違いますよ! 妹の学費です! 魔法学校に入学したいと言っていたので貯めていたんですよ!」
「それはすごい事であり褒められてしかるべきだとは思うんだが、ならなおさらなんでギャンブルなんかしてたんだ……」
「好きだからです。ギャンブルがしたいのです」
「真っ直ぐな言葉で曲がった願望を口に出すな」
メイは俺を心配げに見つめる。
「……というか、本当にいいんですか? メイは途中から入ってきただけの見知らぬ人間ですよ?」
「いや、もう友達だろ。友達は大切にするが俺のモットーだ」
「ねえ! 私大切にされた覚えないんですけど! モットー忘れてると思うんですけど!」
「エリスは友達じゃねえからな」
「本当に泣きそうになってきた」
「冗談だって!」
本当に両目から雫を垂らしている彼女を宥め、俺はメイに八十万リルを手渡す。
「お前、これはギャンブルに使うなよ」
「つ、使いませんとも! ええ! 使いませんよ!」
使う気だったんじゃないだろうな。
目に見えて量が減ったその紙幣の束をもう一度見る。分配は……。
「六万リルずつでいいか。残りは今日の宿と飯に使おう」
「え? いいの?」
エリスが驚いた表情を引っ提げて俺を見つめている。
「いらねえなら俺が貰っておくが?」
「いる! 必要です! でも五対五は無理って言ってたじゃない」
「あー。五対五が駄目だとは言ったが三対三対三が駄目とは言ってないだろ。やるよ。エリスも頑張ってたしな」
「フィン……!」
「……なんだか洗脳術でこういった光景を見たことがあります。初めにめちゃくちゃなことをしておくと、後で普通のことをするだけでいい人に見える、みたいな。そんな話をどこかで聞いた覚えがあるのです」
「黙ってろ」
洗脳術が露呈してしまう前に、俺は素早く均等に報酬を分けた。
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