第14話 こうしょう
「よう、爺さん」
どさり、と音を立てて、俺は捕縛したミミックを村長の目の前に捨てるようにして投げる。それを見て少し後ずさるが、腐ってもこの村の長、すぐに平穏を取り戻す。
藁の家の中、俺は声をどこまでも響かせていた。
目の前にいるのはこの名もなき村の最高責任者、まあつまりはクエストを依頼した張本人であり、勘違いとはいえ俺達を牢獄という地獄へ突き落した人間である。俺も人の子だ、多少の憎悪を感じてしまうのは仕方のない事だろう。多分。
そんな怒りを宿した俺の目を見ないようにして、彼はその重い口を開いた。
「申し訳なかった。まさか貴方方も騙されているとは露知らず」
「そんなことはどうだっていいのよ! どうしてくれるんですかー? 私達が受けたこの心的被害! どうしてくれるんですかー?」
水を得た魚のように、エリスは罵倒を連ねていく。相変わらずなその姿勢に、俺とメイは頭を抱えた。
「エリス、この爺さんも別に悪気があってしたわけじゃねえだろ。その辺にしといてやれ」
「そうですよ。別に悪気があってしたことではありません。……メイは許しませんが、フィンさんが後は何とかしてくれるでしょう」
「そうね、あのフィンだもの。交渉は任せるわ」
「前から聞きたかったんだけど、お前ら俺にどんなイメージを持ってんの?」
「「法に裁かれない詐欺師」」
聞かなきゃよかった。
とはいえ、この三人の中でならおそらく俺が一番交渉に向いているという事は確かなので、一つ歩を進め前に出る。
いつかのように俺は村長と睨み合っていた。しかし、決定的に違うのが、現状有利なのはこちら側ということである。武術では及ばないかもしれないが、口先は互角以上のはずだ。積み上げてきた人生経験が違う。生い立ちが違う。謂れのない罪を着せられたという交渉の上での武器もある。
つまり、これは勝ち戦なのである。これから俺がすべきは、この勝ちをどこまで広げられるかだ。
「よう」
軽く手を上に掲げて、表向きは友好的に見える挨拶を飛ばす。それを受け取ることはせずに、村長は大きく頭を垂れる。当然と言えば当然か。取引先に無礼を働いたのだ、到底許されることではない。
「本当に、申し訳なかった。今回の報酬は上乗せすることを約束しよう」
「まあ、当然だな」
勿論、三十万リルで満足して帰るなどありえない。
「希望額をお聞かせ願えないだろうか」
「二億リル! 二億リルでいいわよ! それで今回の件は不問とするわ!」
「メイ、こいつが入ってくるとややこしくなるから、お前の魔法かなんかで気絶させておいてくれないか」
「……パーティーメンバーにこんなことをするのは心が痛みますが仕方がありませんね。『世界を守りし」
詠唱を開始するや否や、メイの指先に見覚えのあるエネルギーの渦が出来上がる。
「ちょっと! その魔法ってさっきのインフェルノでしょう! やめてー! やめてー! もう口出ししないからー! お願いとめて!」
「先程も言いましたが一度口にした詠唱は止められないのです。月命日はお花を手向けに行きますので……。短い間でしたが楽しかったです」
「死ぬの!? 私死んじゃうの!? 助けてー! 助けてー!」
「メイ、流石に殺すのはまずいだろ。硬化魔法も付与しといてやれ。それで死ぬことはないだろ」
「了解です」
「死ななくても怖いものは怖いんだってば!」
「エリス、部屋の中で食らったら部屋が燃えちまう。外出ておけよ」
「あんた、一から道徳を学んだ方がいいと思うわ」
捨て台詞のようにそんな言葉を残して、律儀に外に出るエリスだった。数秒後、断末魔にも似た叫び声が聞こえたがまあ死んではいないだろう。余計な邪魔が入ったせいで話が逸れてしまった。
俺はもう一度村長へと向き直す。
「で、希望額だっけ」
「……。こんな事を頼むのは失礼であると理解しているのだが、温情を頂きたい」
そういって深々とお辞儀をする村長。そんな彼を俺は上から見下ろして、
「自分の村の価値は、自分で決めやがれ」
と言い放った。
俺のその言葉を村長は静かに咀嚼する。
「……というと?」
理解できなかったのか、俺に答えの提示を促す村長だった。
「俺は今、この村の命を握っていると言っていい。生かすも殺すも俺次第だ」
「……」
「例えば、俺が冤罪で牢獄にぶち込まれた事をアイリスに報告するとする。そしたらこの村はブラックリスト入りだ。つまり、この村の住人はアイリスに踏み込めなくなる」
「…………」
「それだけならまだいいぜ。でもな、この事実を知ったアイリスは今後一切この村からの依頼をクエストボードに貼ることはなくなるだろう。これが何を意味するか分かるか? 誰の助けも求められない、この村に待ち受けるのは、」
「………………」
「そう、緩やかな死だ。孤立した村は滅ぶのが定め。今後村がどうなってもいいなら、報酬は元の三十万リルで構わないぜ」
「……どうやら悪魔と取引してしまったようですな。法に裁かれない詐欺師とはよく言ったものだ」
「フィンさん。メイは今、どちらの味方をすべきか迷っていますよ」
冷ややかな目を向けるメイを見ないようにしつつ、どしんと床に座りとんとんとそれを弾く。
「七十万リルでいいだろうか」
「村は今後どうなるだろうなあ」
「八十万リル」
「……」
「く、九十万……」
「…………」
「も、もう限界です。どうか慈悲を……」
「じひ? じひってなんだ。美味しいの?」
「百万リル! これでもう二度とこの村には来ないでいただきたい」
「いいだろう。交渉成立だ」
「マジで最低ですねフィンさん。見損ないました、と言いたいところですが既に見損なう部分がなかったのでいつも通りですね。いつも通りのクズです。もはや清々しい」
勢いよく起き上がり、俺は村長に手を差し出す。握手を求めたのだが、なにやらそれが気にくわなかったようで、村長は気づいていないふりをして身を翻し、部屋の奥へと消えていってしまった。
正直、罪悪を感じている。手にべっとりとへばりついた不快感を、早くどこかで洗い流したい。
できるならばこんな損な役回り、二度としたくないものである。
いつの間にやら戻ってきていたエリスが俺の顔を見て「どうしたの? 顔色悪いわよ?」と心配げに呟く。
「エリスさん、今しがたフィンさんはですね、悪魔のような交渉術でこの村からお金をぶんどったのですよ」
「やるじゃない!」
「……エリスさんはその現場を見ていないからそんな事が言えるのです。交渉時のフィンさん、どこかの悪い貴族を彷彿とさせました」
悪い貴族かあ。
それは、俺が最も忌避してやまないものだったので、普段のように軽快に返答することは出来なかった。
「エリス、百万リルはお前が受け取っておいてくれ。俺は先にアイリスに帰る。ギルドで落ち合おう」
「……どうしたのよフィンらしくない。まあ、聞かれたくなさそうだから聞かないでおいてあげるけど」
「恩に着る。メイはどうする? 俺と一緒に帰るか?」
「いえ、エリスさん一人では絶対に迷うと思いますので、ここに残ります」
逃げるようにして、俺はアイリスへと向かった。
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