第13話 けいけん

「魔法を放っておいて言うのもおかしな気がしますが、なんで生きてるんですか?」

「本当よ、何で生きてるのよあんた」

「生存を喜びやがれ」

 夜の草原でそんなことを言う二人を見ながら、俺は怒気を隠すことなく伝えた。

 隣には生きているのか死んでいるのかわからない上級モンスターが横たわっている。緊張感も何もないが俺達らしいと言えばらしいのかもしれない。

 インフェルノだとかいう大魔法じみたものを食らって尚、俺は生きて地面を踏みしめていた。生きている喜びよりも、そんな魔法を仲間である俺にはなった赤髪の少女に対する怒りが先立つ。

 まあ、生きているのもメイのお陰なのであまり強くは言えないが。

「俺を槍代わりに使った時に付与した硬化の魔法あったろ、それのお陰でこの通り俺は無傷だ。持続時間すげえのなあれ」

「なんと、メイのおかげだったのですね。さあ! 感謝してください! お礼を言ってください!」

「ありがとう、感謝する――ちょっと待てよ? 俺が死にかけたのもお前のせいだよな。危うく感謝してしまうところだったじゃねえか」

「騙されませんでしたか。流石は悪知恵のフィンと呼ばれているだけありますね」

 分かりやすく舌打ちをして、すぅっと目を細めるメイ。

「ちょっと待て。俺はそんな二つ名で呼ばれているのか? どこで? 誰が言ってるの?」

「メイー。このミミックどうする?」

「どうしましょう。なにかで縛っておきたいところですが」

「ねえ聞いてる? そんな不名誉な二つ名で有名になってんの俺? どこで? おい! アイリスか! 俺を置いて先に到着したアイリスで根も葉もない話をばらまきやがったなお前ら! だからアイリスで待ってなかったんだろ!」

「私縄持ってるわよ。これで縛り付けておきましょうか」

「なんで都合よく縄を持っているんでしょうか……。まあ今そんなことは関係ないので深くは聞きませんが」

「おーい! 耳ついてる!? 悪知恵のフィンについて今俺が深く聞いてるんだけど!」

 アイリスに帰りたくなくなってきたな。

 俺の叫びを意図的に無視しつつ、エリスは懐から麻縄を取り出す。一体どこにしまってあったのだろうと思ったが、詠唱の後に何もない空間をこじ開けてそこから取り出していたので、収納系のスキルだろうと推測する。

 足元に転がっている白い影を眺めつつ、俺は大きな溜息を吐いた。

「これでそいつを縛ればいいのね?」

 くるくると頭上で縄を回転させながら、何故かきらきらした目でミミックを見るエリス。

「ええ。そうですがその役目はメイがさせていただきます。エリスさんはゆっくり休んでください」

 早口でエリスを気遣うセリフを口にしながら、メイはエリスが持っている縄を掴んだ。しかし、エリス、メイの双方がその縄を掴んだままの為、綱引きのような形となっている。

 ……こいつら、なんで縄を取り合ってんだ。

 馬鹿だ馬鹿だとは常日頃から思っていたが、こんな意味のないやり取りを交わすような奴らだっただろうか。うん、こいつらはそういう奴らだった。何も間違ってはいない。行動は間違っているが。

「いやいや、メイこそ疲れてるでしょう。そこの悪知恵野郎と会話でもしながら待ってなさい」

「いえいえいえ。メイは疲れてませんよ。なにせ緑の冒険者なもので。エリスさんは白なんですからここはメイに任せてください、よっと!」

 緑の冒険者の力をフル活用し、メイはエリスから縄を奪う。思い切り引っ張った衝撃でエリスは後ろ側にどてんと転ぶ。

「ちょっとー! 返しなさいよ! そもそもその縄は私のなんだから!」

「知りませんよ! 奪ったもの勝ちです! 冒険者の鉄則です! 奪われるものが悪いとカジノの偉い人も言ってました!」

「カジノに直談判しに行ったのかよお前。それこそ自己責任だろ」

「……。今そんなことは関係ありませんよ! 冒険者見習いは黙っていてください!」

「よしエリス! 今回だけはお前の味方になってやるよ!」

「敵だと厄介なのに、いざ味方になるとフィンが役立っている姿が想像できないのはなんでかしら」

「よーし。俺は傍観者を決め込むぜ」

 俺は掴みかけた縄を手放し、どしんと草原に座り込んだ。

「申し訳ありませんねエリスさん。仲間と言えどこれだけは譲れないのです」

 心地よさそうに勝利の鼻歌を奏でながら、未だ起き上がる気配のないミミックに近づいていく。

「なあエリス。なんで縄なんか奪い合ってたんだよ」

「はあ? あんたそんなことも知らないの? そんなのだからいつまで経っても冒険者になれないのよ」

「お前らはいちいち小言を介さないと会話できねえのかよ」

 エリスの頭を軽く叩いて、今までの行動の理由の提示を指示する。

 叩かれた頭を大事そうに擦りながら、ゆっくりと立ち上がってエリスは言う。

「モンスターを捕まえたら莫大な経験としてそれがカードに記録されるのよ。捕らえるのは普通に倒すよりも難しいからね。まあ、あのミミックがまだ生きているかは分からないけど」

「なるほど」

 どうやら経験を奪い合っていたらしい。

 その話を頭に入れて、俺は立ち上がる。そういう事なら話は別である。

 ゆっくりと音を立てないように背後からメイに接近する。どうやら大量の経験を目の前にして心が躍っているようで、彼女の目にはミミックと縄しか写ってはいなかった。

 好都合である。

 一般人である俺が、緑の冒険者に勝てるわけがない。しかし、俺は悪知恵のフィンである。認めよう。俺は悪知恵のフィンだ。彼女がミミックに集中している今こそがチャンスであり最大の隙。

 ここで仕留めなければ、後はない。

「その経験値(くび)、俺が頂くッ!」

 だだだっと勢いをつけて距離を詰め、メイが手にしている縄を奪い取る。

「わはははは! 見たか緑の冒険者が! 仲間だと思って油断してるからそうなるんだぜ!」

「っ! フィンさん! それはメイのですよ! 返してください!」

「いーや返さねえ! というかもう返せねえ! ミミックは俺が捕縛した! 経験も全て俺のものだ! 冒険者カードを作成後、すぐにこの経験を書き込んでやる!」

「……フィン。本当にあんた最低な男ね」

 エリスの冷ややかな視線を華麗に受け流し、俺は自らが捕縛したミミックをメイの目の前に突きつける。

「見たか! あれもこれも全部俺の経験! ははははは! これで冤罪も晴れるし良い事尽くめだ! さあエリス、メイ! 新たなる冒険に出かけようじゃあないか!」

「どうしてこんな人間と手を組んでしまったのでしょうか。自分自身に嫌気が刺しますよ本当に」

 呆れた表情を抱えながら、メイは大きな溜息を俺にぶつける。

 今回ばかりは少々やりすぎたような気もしているので、槍にしたことや、俺の妙な噂をアイリスにばら撒いたことへの報復はこれで終わりにしてやろう。円満解決。

 軽やかな足取りでミミックを抱えながら村長宅に赴く俺を、二人は重い足を引きずるようにして付いてきていた。

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