第12話 なかまとは

 一人になった。静かでいい。

 俺はミミックの討伐という非正規クエストを背負って、この村を警備していた。徘徊ともいう。

 最近、周りに人がいなくなるといったことが皆無で、尚且つその周りにいる人間が騒がしい奴ばかりだったので、今のこの静けさが身に染みる。決して一人が好きなわけではないのだが、心地よさまで感じてしまう。

 エリスやメイも同じ感情なのかなあ、と一瞬だけ思ったが、すぐに自分のその考えに否定を返しておく。メイはともかくとして、エリスは絶対に泣きわめいていることだろう。いい気味である。巨大蜘蛛の報復はこれくらいでいいかもな。

 今にも吹き飛ばされそうな藁の家が、強風にも耐えているのはどういった構造なのだろうか。ああ見えて、中はしっかりと鉄か何かで作られているのかもしれない。知る由はないが。

「……」

 一人だと本当に話すことがない。まあ当たり前なのだが。

 今のうちに声帯を休ませておこう。

 どうせ中間地点でメイとは落ち合う約束なのだ。むこうやこちらでミミックが出現したのなら、少し予定は変わってしまうが。まあ、その場合でも上から俺達を観察しているはずのエリスが駆けつけてくれるだろう。そう考えると案外この布陣も悪くないのかもしれない。流石は緑の冒険者といったところか。

 心中メイを称えつつ、かつかつと村に足音を響かせる。

「どなたですか?」

 日も落ちてきた頃、暗闇に紛れて姿は確認できないが、その暗闇から不安を滲ませるような声が響き渡る。

 ミミックではない事を伝え、俺は姿の見えないそれに向かって歩みを進める。

「メイか」

 暗闇から出現したのは、もう見慣れた赤髪の少女だった。

「こんなところで出会うなんて。奇遇ですね」

「はぁ? 中間で落ち合うって約束したろ」

「そうでしたそうでした。うっかり忘れていました」

「うっかりってレベルじゃねえぞ。鳥か? 鳥なのか? お前の頭はよ」

 頭をぐりぐりとこねる。

「痛いですよ。やめてください」

 普通に冷めた目で諭されてしまったので、少し悲しい気持ちを携えながら俺は身を引いた。

「というかこんなところで何をしているんですか?」

 メイが本当にわからないといった目で俺を見る。

「マジでお前何言ってんの? 記憶喪失か? 憎きミミックを討伐しに来たんだろうが」

「そ、そうでしたね。ついうっかり」

「だからうっかりってレベルじゃねえよ。何回同じツッコミさせるんだよ。あとそのボケつまんねえから二度とすんなよ」

「フィン様ってそんな口悪かったですか?」

 そんな疑問を口にしながら、眠たそうな目で俺を見上げるメイ。あまりの可愛さにたじろいでしまう。

 落ち着け。こいつは俺を槍にした極悪女だ。見た目に騙されることなかれ。

 思考をかき乱されていた為気が付かなかったが、こいつ今俺の事を様付けで呼んでいなかっただろうか。

「様ってなんだよ。馬鹿にしてんの? 殴られたいの?」

「い、いや。メイはいつも心の中でフィンくんの事を尊敬していたので……!」

「はあ? 尊敬はしてくれててもいいんだが……。くんってなんだよ。煽ってんの?」

「フィン! フィンって呼んでましたねそういえば!」

「ちょっと待て、お前、俺と会ったの何回目だ?」

 何かがおかしい。

「二回?」

「……」

「いや、三回目でしたか。……もしかして四回目とか?」

「お前、俺の顔色を見て返事を変えるなよ」

 不思議なものを見つめる目で俺を見る。そんな視線に晒されながら、俺は彼女から距離を置いて大きく息を吸い込んだ。


「エリスー! メイー! ミミックを発見したぞ! はやく来やがれ! 俺一人じゃ相手にできねえ!」


 口元に手をやり、大声で助けを呼んだ。

「クソが! どうやってここまで戻ってきやがった人間が!」

「それがお前の本性か! お前のせいでなあ! 俺達は犯罪者だぞ! 責任取れよモンスター!」

 メイに擬態するのをやめて、元の姿に戻ったミミックを見る。

 ミミックといえば宝箱の形をしているというのが定説だったので、それを想像していたのだが、今目の前にいるのは白い影のようなものだった。それが風に合わせてゆらゆらと揺れていて気持ちが悪い。モンスターと言うよりも、幽霊だとかそういう表現のほうがすとんと型にはまる。

 一つ遅れて二人が現れる。

「ミミック、覚悟してください! メイの魔法の力は絶大なのです!」

「そうよ! メイ、やっちゃいなさい!」

 そんなやりとりを交わしながら、本物のメイは静かに怒りを込めてぶつぶつと詠唱を行い、その照準を――

「おい、待て。なんで俺にそれを向けるんだ」


 ――俺に合わせた。


「メイ! ここに来る前に話したでしょう! ミミックは知能を持っているのよ! フィンの物真似をするくらい朝飯前だわ! 騙される前にさくっと殺しちゃって!」

「了解です! いきますよ! 『世界を守りし炎の女神よ、その力――」

「――ちょっと待てって! なんだそのヤバそうな詠唱! そんなもん当たったら死んじまう! 落ち着いてくれ!」

「……フィンさんの顔でそんなことを言われると少し心苦しいのですが」

「騙されないでメイ! そいつはモンスターよ! 内側からどろどろした黒い感情を感じるもの! 私を信じなさい!」

「エリスお前な! おい、メイもこんな奴の台詞真に受けんなよ! まずそのエネルギーの詰まった球みたいなのを消してくれ!」

 メイの指先で渦を巻くそれに戦慄する。

 どんどんと今もなお肥大化しており、どこか意識の向こう側で当たったら死ぬタイプの魔法だな、と思った。死を直前に控えて悟りをひらいてしまったのかもしれない。

「すみません! もし仮に貴方が本物のフィンさんだとしても、一度口にした詠唱は止められないのです! ごめんなさい! もうミミックじゃないことくらい気づいてるんですけどごめんなさい! 一度これだけ当たってください!」

「ふざけんじゃねえ! おい! マジ? マジで言ってるの? 嘘だろ?」

「ごめんなさい! 『世界を守りし炎の女神よ、その力を少しばかり我に』」

「詠唱完了させてんじゃねえよ! せめて別のところに放ってくれ!」

「これ追尾弾なのでターゲットに当たるまで止まりません! 諦めてあたってください! 『劫火煉獄(インフェルノ)』!」

「あああああああ!」

 無駄だと分かりつつも俺はメイの指先から放たれた、その殺傷能力に特化したその光の球から逃げる。力こそあるがその動きは遅く、走っていれば逃げ切れるくらいの早さだった。

 が、これはメイも言った通り追尾弾である。その光の球の体力が尽きる事はない。ジリ貧である。どうあがいてもそれは俺と衝突する運命なのだ。

 ならば仕方ない。

 俺はミミック目掛けて走る。どうせならば、どうせ当たるのであれば、ミミックを道連れにしよう。いくら上位モンスターだとは言えども、こんな攻撃を食らってしまえばひとたまりもないだろう。

「捕まえたぞミミック……!」

 俺は怨敵であり宿敵のミミックの影を、伸ばした右手で掴む。

 影のような見た目をしている為実体がないのかとも思ったが、そうではなかったようで、しっかりとモンスターの感触がダイレクトに掌に伝わってくる。忌々しい感触だが受け入れてやる。俺はこいつと心中するぞ……!

「……私が言える事じゃないけど、今のフィンモンスターよりもモンスターの顔してるわよ」

「……否定してあげたいのですが、否定できません」

 よし、生きていたらあいつらも殺してしまおう。

「離せ人間風情が……!」

「誰が離すか! お前はここで死ぬんだよ! 諦めやがれ!」

 低空を飛行しながら、ゆっくりと近づく殺人ボールを尻目に、俺はモンスターと会話する。

「ならば仕方ない。禁断の術を使い、お前を引き剥がす他ないようだな」

「やれるもんならやってみろ! 少し頭いいからって調子乗んなよ!」

 そういってミミックは一瞬眩い光を放つ。少しばかり目がやられるが、こんなものでこの右手の握力が緩むわけなどない。しっかりとその足を掴んだまま、俺は目を開く。


「どう? 私はエリスよ! 仲間に擬態されたら殺そうにも殺せないでしょう! 人間って些細な絆とかを重んじる生物だものね!」


 そこには、銀髪のアホ美少女に擬態したミミックが存在していた。

「しるか。俺は仲間とかどうだとか気にしねえんだよ。そもそも俺は強制的にパーティに入れられただけで、あいつとは仲間ではない。よってお前のこの作戦は潰えたのだ。観念しやがれ」

「「酷い!」」

 エリスと偽エリスの声が調和する。

「あー!? 酷いのはお前らだろうが! さっきも俺一人置いて蜘蛛から逃げやがって! この構図はなあ! ミミック対俺達じゃねえぞ! ミミック対俺対お前らだからな! その辺頭に入れとけ!」

「ミミックさーん! 私、なんだかフィンからの報復が怖くなってきたから、そこで一緒に死んじゃってください!」

 そんな俺達のやり取りを聞いていたミミックは、得体のしれないものを見る目をしていた。

「お前ら、本当に仲間か?」

「まあ、信じたくはないがそうみたいだな」

 そんな会話をして、俺達は光の球が巻き起こす爆風に巻き込まれた。

 本当に、冒険者ってこれであっているのかな、と最近思うようになってきたのは秘密にしておこう。

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