第11話 しんらい
「もう、そんなに怒らなくたっていいじゃない。生きてたんだし」
「そうですよフィンさん。短気は損気ですよ。いいじゃないですか、生きていたんですし」
「ああそうだな短気は損気だもんな。生きてたし許してやろうハハハとはならねえよ」
いつかの村全体を見渡せる高台で俺達は語り合っていた。
アイリスで集合と言っていたのにも関わらず、俺が到着するのを待たずして村に出向いたこいつらを、誰が寛大な心で許すことが出来ようか。もし許すような人間が存在していたのであれば、そいつはただの馬鹿である。俺はその馬鹿ではない。よって許すことはない。
まだ明るい時間帯の為、それほど寒くはない。暗闇に覆われていないお陰か、前よりも全体を見渡せる。
まあ、これでミミックを見逃すことはないだろう。この二人への制裁はその後でいい。
「というかな、あれで俺が本当に死んでたらどうすんだ。名実ともにお前らは犯罪者だぞ」
「なにを言っているのですかフィンさん。貴方程の実力があればあれしきで死ぬわけがないではないですか。メイはフィンさんを信じていたのです」
「どの口が言ってやがる。ああ? この口か? この口がそんなことを言ってんのか? おい!」
「ひゃめてくだはいよ! 口がちぎれほうでひゅ」
「千切れるくらいの強さで掴んでんだよ! このまま引き千切ってもいいんだぞ! 謝罪しやがれ!」
俺はメイの口に指を入れて、左右に引っ張る。このまま本当に裂いてしまおうかと思ったが、エリスに咎められたので渋々指を引き抜いた。
「いたた。本当に千切れるかと思いました。というかフィンさん、乙女の口に手を入れるとは一体どういうプレイですか、そういう性癖なのですか。そういったことがしたいのであれば、そういったお店に行ってくださいよ。メイに欲求をぶつけるのはやめてください」
「フィン、あんたクズだとは思っていたけれど、そこまでとはね」
エリスは身を抱いてぶるりと一度震える。
「いい加減なこと言ってんじゃねえ。特にエリス、お前には一切そういう感情を抱いたことはない」
「女として悲しくなってきたわ。いいんだけど! 別にフィンなんて好きじゃないしいいんだけど!」
「……メイにはそういう感情を持って接しているのですか? これから態度を変えようと思います」
「マジで千切っていい? その減らず口」
減らず口をもう二度と減ることがない口に変えてやろうかな。
そんなもう恒例になりつつあるやり取りを交わしながら、俺達は村を見下ろす。
「ねえフィン、まさかまたここで何時間も待機するわけ?」
「仕方ないだろ。ミミックがいつ活動するかなんてわからないんだし、ここで監視するほかないぜ」
先日の事を思い出したのか、絶望を露わにしてエリスは肩を落とす。
気持ちは痛いほどに理解できる。いつ現れるかわからないモンスターをじっと待つなんて、上位冒険者でもあまり経験はないだろう。
メイはというと、こういった事態には慣れているのかどこ吹く風だった。
「良いことを思いついたわ!」
「なんだよ。お前が考え付く事なんてどうせろくでもないんだ。黙ってたほうが賢明だと思うが」
前兆もなくいきなり立ち上がるエリスに驚きつつ、俺は皮肉交じりの相槌を打つ。
「うるさいわね。三人でこんなところに居ても仕方なくない? 手分けして探しましょう」
「エリス、もう座れ」
「なによ! 呆れたような表情でこっち見ないでよ!」
やはり馬鹿な事を口にするエリスを、慈愛に満ち溢れた目で見つめながら諭す。
「ミミックの特徴を忘れたのか? あいつらは俺達に擬態できるんだ。一度離れ離れになれば、もうどれがミミックでどれがお前らか見分けがつかなくなるだろう」
「……。確かにそうね」
一文で論破されてしまった可哀想なエリスは、今にも泣き出しそうな顔を貼り付けながら、先ほどまで座っていた高台に存在する大きな岩に腰掛け、溜息を吐き出す。
「いや、フィンさん。エリスさんの言っていることも一理あるかもしれません」
「お前まで馬鹿になってしまったのか?」
「なっていませんよ失礼ですね! エリスさんと同じにしないでください!」
「そのセリフも私に対して失礼だと思うんですけど!」
エリスは一旦無視して、メイの話を聞こう。
ぐいっと俺はメイに近づいて、話を促す。
「で、その一理とはなんだ。百歩譲って一理あっても、それに付随して九十九害あると思うんだが」
「まあ、それは否めませんね」
「否んでよ! 否定しなさいよ!」
どたばたと暴れて意見を主張するエリスを尻目に、俺はメイを見つめる。
赤色の髪が風に乗るようにして揺れ、小さな口から言が零れる。
「正規のクエストではない為、メイたちには寝床は提供されていませんよね?」
「ああ、そうだな。そもそももし正規で受けていても、今更俺達を泊めてくれる程あの爺さんは出来た人間じゃないと思うし」
「まあ、当然ですね。そしてそれを念頭に置いてよく考えてみてくださいよ。メイ達、今日決着を付けなければ一生野宿生活ですよ」
「なんでだよ、遠くはなるが一旦アイリスに帰れば……」
そこまで言いかけて、俺は一つ重要なことを忘却していることに気づき、出かかった言葉をせき止める。
「気づきましたか。そうです、メイ達は今犯罪者とされています。既にこの世界に居場所はないと言っても過言ではありません」
「いや、それは過言だろ」
別の街に移住すればいいだけだろ。と思いつつ、俺にはどうしてもアイリスに残らなければならない事情があるため、それ以上を口にするのは慎んでおいた。
「……。少し言い過ぎた感はありますが! つまりはメイ達は今崖っぷちなのです! 今日事を片付けてしまわないと、一生隅っこ暮らしですよ! 一刻も早く冤罪である証拠を突きつけなければならないのです!」
話をまとめるようにして、結論を述べるメイ。
「やだやだやだー! フィンー! お得意の悪知恵で早くなんとかしてー! スラム街はもう二度と行きたくないの!」
「……お前スラム街の住人だったのな」
驚愕の事実をさらりと告げられたような気がする。
メイはどんと俺達を見据える。
「では、手分けしてミミックを探しましょうか」
「……。正直まだあまり納得はいっていないがいいだろう。そうするか」
どちらをとっても危険なのには変わりないのだ。それならばやって後悔するほうがまだ良い。
俺は二人を見て、指示する。
「じゃあエリスは一旦ここに残れ、俺はこの村を右から、メイは左から回ってミミックを探す」
「ちょっと待ちなさいよ。私をここに置いていくわけ? やだやだやだ! だってここが一番ミミックに襲われやすい場所じゃない! 絶対に嫌よ!」
騒ぎ立てるエリス。
なるほど確かにそうだ。ここは村全体を見渡せる高台である。それはつまり村からもここが丸見えという事になる。三人固まっていればそれほど危険もないだろうが、いざ一人になると話は変わってくる。エリスの言う通り、今この場所に一人で残るのは危険だ。
……そう、危険だ。危険だからこそエリスが残るべきなのだ。断じて俺がミミックを恐れ、安全な方へと逃げているわけではない。
エリスには冒険者カードの加護がある、加護がついていない俺と違ってそう簡単に死んでしまうということはないはずなのである。つまりこれは戦略の上での結論。俺はなにも悪くない。
俺はエリスの肩をとんとんと叩き、笑顔で語りかける。
「仕方ないだろう。これはもう決まったことなんだ。俺はお前の強さを信頼しているよ」
「私は絶対残らないから! 認めたくないけどメイのほうが強いんだし、メイがここに残ればいいじゃない! そうでしょう!!?」
そういってエリスは助けを求めるようにして、涙目でメイを見つめる。
「いえ、メイは不正でカードの色を緑まで上げた卑怯な冒険者ですから……」
わざとらしく目を伏せて、どこか悲しさを匂わせる演技を披露するメイだった。
「ごめんなさい! 不正呼ばわりしたことは謝るから! ねえ! 待ちなさい! 私を置いて消えるのだけはやめてよ! 戻ってきてー! フィンさんー! メイさんー! ちょっとー! 泣きそうなんですけど! 女の子が涙を流して訴えてるんですけど! 男としてそれを放っておくのはどうなのよフィン!」
「別に何とも思わないが? 健闘を祈る!」
「最低! 巨大蜘蛛のことでまだ怒ってるの!? 謝るからー! もうしないからー! 無視しないでよー!」
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