第10話 はくじょう
謂れのない罪を着せられたので反論しておく。断じて俺は詐欺師などではない。
というかあれはエリスが余りにも馬鹿だっただけであり、俺自身それほど交渉が上手いわけではないのだが、今ここでそんな事を言うのは野暮であろう。もしその場面になったら俺達を犯罪者に仕立て上げたことをつついてやればいい。
とことこと草原を闊歩する。モンスターに遭遇しないように慎重に進んでいるため、目立った危険は今のところない。それもこれもメイが持つ索敵スキルのお陰である。敵のいない道を歩んでいる為、本来遭遇するはずのそれがなくなっているのだ。メイシール様様である。金にならない討伐程やる気の出ないものはない。
すうぅと冷たい風が頬を撫でる。心地いい。
「それにしてもその索敵スキルっていうの便利ね。本当にモンスターに出くわさないじゃない」
「当たり前じゃないですか。索敵スキルとは本来そういうものですよ」
「私も早く欲しいわね、そのスキル」
口笛で音楽を奏でながら歩く。
アイリスと目的地であるミミックの棲家、つまりあの村は、それほど距離もなかったような気がするのだが、なぜか俺達はずっと歩いていた。回りの景色が常に一定な為、時間経過や場所などがあまり把握できていない。
「なあメイ、俺達は今どの辺に居るんだ?」
「? それはフィンさんエリスさんが把握しているのでは? メイは周りに敵がいないかを確認しているだけで、目的地がどこかなんて把握してませんよ」
「マジで?」
「マジです」
エリスを見る。
「まあ聞いても無駄だと思うんだが一応聞いておくよ。エリス、お前は今ここがどこか把握しているか?」
「何言ってるのよ。慌てて出てきたせいで地図もなにも持ってないわ。てっきりメイが案内してくれるのかと思ってたけど。というか初めに何処に向かっているのか聞いたじゃない。私は何も知らないわよ」
「まあそれはマジだよな。疑問符をつけるまでもない」
「そうなんだけどなんだか腹が立つわね」
つまり、俺達は今迷子になっているということである。
悲しい事に全員が人任せな性格だったようだ。
「……どうすんの?」
一拍の間を置いて、俺は小さく呟いた。
「今回は私は悪くないわよね!? やったー! これで堂々と人を糾弾できるわ! 自分に非がないアクシデントってこんなに面白かったのね! 二人とも! どうしてくれるんですかー? どうしてくれるんですかー? 責任取ってー!」
なぜか嬉しそうに飛び跳ね、笑いながらそんなことを言うエリスを睨み付け、メイと相談する。
「本当にどうする?」
「まさか目的地も分からないまま歩いていたとは思いませんでした。不幸中の幸いですが、ここからアイリスまでそう遠くありません。一旦そこまで戻りましょう」
「いや、ちょっと待て。今そっちに行くのは危険じゃないのか」
「それもそうですが、こうなってしまっては仕方がありませんよ。アイリスから村までの道程は把握しているのですよね?」
「ああ、一度通った道だからな、覚えてるよ」
「では、そうしましょうか」
二人でふぅと息をつく。
不本意だがこうなってしまっては仕方がない。このまま訳も分からず先へ進むのは愚行である。それならば、一度自分達の拠点へと戻り、改めてそこを目指す方がいいし、結果的にはその方が早いだろう。
「ねえメイ。あなた、索敵スキルを発動するのを忘れていないかしら」
「ああ、そうでしたね。会話に夢中ですっかり忘れていま……し、た……」
エリスの指摘を受けて、メイは再度索敵スキルを使用する。
メイの額から冷や汗がだらだらと流れ落ち、やがてそれは地面を刺す。
それを合図にするかのように、俺達は三人同時に空を舞った。空が近づく、天国が近づく。
「すみません! 会話に気を取られているうちに索敵スキルを解除してしまって、モンスターの接近に気づきませんでした!!」
「冗談じゃねえぞ! マジで洒落になってねえ!」
「今すぐ索敵スキルを……」
「馬鹿なの!? 今目の前にモンスターがいるだろうが! もう意味ねえよそんなスキル!」
空を舞いながら叫ぶ。
「きゃー! 今回私悪くないのにー! なんでこんなことになるのよー!」
ずどんと地面に叩きつけられる。冒険者であるエリスとメイは無傷だったが、カードの加護を受けていない俺の体がダメージを軽減してくれるわけもなく、衝撃が内臓まで貫通する。
咳き込む。
目の前にいるモンスターを凝視する。蜘蛛だった。
しかし、普通のそれと決定的に違う点が一つある。体積である。俺二人分のそれが放つ圧倒的な程の威圧に、少しだけ怯んでしまう。そもそも俺はミミックとしか戦ったことがないのだ。目の前のモンスターの危険度は知らないが、確実にミミックよりも強いのは間違いないだろう。とてもじゃないが勝てる相手ではない。
「エリス! メイ! 逃げるぞ! さっさと俺を抱えて走れ!」
「普通逆でしょう!」
「状況考えやがれ! 一般人の俺にはカードの加護がないんだ! 強いほうが生贄になるのは当然だろ!」
「お二人共! こんな時になにいつものやり取りしてるんですか! さあ逃げますよ!」
そういってメイは俺を抱えて、なにやらぶつぶつと詠唱を行ったかと思えば、その蜘蛛にめがけて突進する。
「おいおいちょっと待ってくれメイ! いやメイさん! 何をしようとしているんですか!? 逃げるんじゃないんですか!? ねえ! 俺の事あれに向かって投げようとしてません!? 落ち着いて! 話し合おう! 話せばわかるって! おい! お前後で覚えてろよ!」
「大丈夫ですよ! 硬化の魔法を付与したので死にません! 今のフィンさんはダイヤモンドよりも固いです! さあその身を槍に変えてあの蜘蛛を撃退してください!」
「何が大丈夫か教えろよ! というか宝箱を窓から捨てようとしたのは謝るから! マジで投げようとしてないか? おい振りかぶるのだけはやめろって! その辺の石でも拾ってそれに今の魔法かければいいじゃねえか! おい! これ牢獄での出来事の仕返しだろ!」
「そうです仕返しですよ! さあ行ってください! 撃槍ガングニルッ!」
「あああああああああ!」
間抜けな断末魔を轟かせつつ、俺は飛んだ。意識も一緒に飛びそうになるが、ぐっと堪えて急接近するそれを見つめる。迫りくる――否、迫り行くその大きな体躯に戦慄する。ここが俺の墓場であるとさえ思ってしまう。
右回転しながら高速移動する様は、確かになるほど撃槍と表現するに相応しかった。なんでこんなことになっているんだろう。世界のスピードが遅くなる。人間、本当に死を覚悟すると声も出なくなるんだな、とどこか俯瞰的に思考していた。
「さてエリスさん、今の内に距離を取りましょう」
「ええそうね! 流石は緑の冒険者だわ!」
「認めてくれて嬉しい限りです! では! フィンさんは後から追ってきてくださいよー! アイリス周辺で待っていますので!」
「さよならフィン! もしまた会えたら仲良くしましょうね!」
未だ空を舞っている俺に聴こえるように、大声で指示を出すメイを睨み付ける。しかし回転の勢いはとどまることを知らず、焦点が合う事はなかった。
「別れを済ましてんじゃねえ! ミミックよりも先にお前らを駆逐してやるからな! 覚えておけよ!」
「フィンさん! そんなに話していては舌を噛んでしまいますよ!」
「うるせえ! どうせ舌も硬化魔法で固くなってんだ、死ぬことはないだろ! あとな、これだけは言っておいてやる、今晩安らかな眠りにつけると思うな!」
「……なんだか復讐が怖いような気もしてきましたが、まあいいでしょう。あの巨大蜘蛛(キラースパイダー)はあちらに任せて、メイ達は逃げましょう」
呪詛を唱え、俺は槍に戻る。
「メイ、本当に大丈夫かしら」
「なにがです? あの蜘蛛はフィンさんが蹴散らしてくれますし、心配はいりませんよ」
「いや、あいつ、本当に私達を殺しに来るわよ。まだ付き合いは短いけど、あいつはそういうやつだってことは分かるわ」
「……。一応、後で謝罪しておきましょうか。復讐が怖くなったわけではありませんが」
「そうね。謝っておきましょう。私もフィンなんて一つも怖くないれけどね。一応ね、一応」
本当に俺を置いてアイリス方面に逃げていくエリス達を、回転しながら見送りながら、俺は眼前に迫ったその瞬間を待っていた。
コンマ数秒の間も無く、ずどんという破裂音が草原に響く。
身が地面に打ち付けられる。ダイヤモンド並みに硬くなっているというメイの談は本当だったようで、俺の体には傷一つついていなかった。傷がついていなければいいという問題ではないので、復讐心が薄まるわけではないが。
いつの間にか草原にいるのは俺と蜘蛛だけになっており、そしてその蜘蛛は気持ちの悪い恰好で内臓を飛び散らしながら、血液であろう緑の液体を絶え間なく流していた。
「……気持ちわりぃ」
身体にこびりついたその緑をどう洗浄しようかと考えるが、その悩みに答えてくれる人間は既にここには存在していない。先ほどとは打って変わって静かになった大地に、溜息が漂う。
……というかこの硬化の効果はいつ解除されるのだろうか。
そんな疑問を跳ね除けるようにして、俺だけしかいないこの草原に一度大きな風が吹く。ぶるりと一度震える。寒い。心も体も。
集合場所であるアイリスの位置を確認し、エリスとメイの後を追うようにして俺は歩き出した。
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