第9話 だつごく

「いいじゃない! 仕返し! 目にもの見せてやりましょう!」

 勢いよく立ち上がりそう宣誓するエリス。これには俺も同感である。苦汁を飲まされたのだ、それを吐き出してミミックたちにぶちまけてやる。

 牢獄内がその雰囲気にそぐわないほど明るく染まる。俺含めこの三人共、共通の敵への復讐心をこれでもかと燃やしていた。

「何か案があるんだろ? 教えてくれよ。三人で作戦案の共有をしておかないと、いざという時に動けない」

 座って床をとんとんと叩きながら、俺は告げる。

 メイがここまで言うのだ、なにか案があるに違いいない。というかそれがないとあの知性を持った化け物には対抗できないというのが俺の考えである。

 次のメイの台詞を聞き逃すまいと、耳を傾ける。

「? 何を言っているのですか? 案などありませんよ。ただ、とっちめるだけです! しいて言うならそれが作戦案ですね! さて、実行に移すとしましょうか!」

 心底呆れた表情で、赤髪を揺らす。

 ……。

「馬鹿なの? 俺の周りには馬鹿しかいないの?」

「待ちなさい、もしかして私もその馬鹿に含まれてる?」

「もしかしなくても含まれてるよ」

 一つ嘆息する。

 なんだろう、俺には馬鹿が集まりやすいとか不幸になるだとか、そういったスキルが元々備わっているのだろうか。レベルが上がったらそのスキルを捨てて別の有意義なスキルを獲得しよう……。

「どうしたんです? なにか悪いものでも食べましたか?」

「そうよフィン、どうせミミックを倒すっていう目的は同じじゃない。仲間が増えたことを喜びなさいよ」

 仲間認定されたことが嬉しいのか、メイはふんふんと鼻でメロディを奏でている。普段なら特段気にならないようなそれも、今だけは苛立ちの種に変化を遂げる。

「あのな、ミミックを倒すのは当然としてだな。ここからどう出るんだよ? 冤罪を主張するのか? 無理だろ、あのモンスターの事だ、もう手回しされてる」

 鉄格子をガンガンと揺らしながら、苛立ちを言葉にする。

 そもそもの話、こんなところに閉じ込められたままではなにも打つ手立てがないのである。本当にお手上げだ。

 両手を頭の上に掲げ、ひらひらと振る。

 絶望を顔で表現するならこんな顔になるんだろうな、という表情を引っ提げて、エリスは溜息と共に言を吐き出す。

「そうじゃない……。フィンは今犯罪者だし、正規の手段じゃここから出られないわ」

「おい、お前も犯罪者だからな。自然な流れで罪から逃れようとすんなよ」

「犠牲は少ないほうが良いってフィンが言ってたじゃない!」

「死なば諸共とも言ったぜ」

 ミミックよりも先にこいつを倒しておこうかな。それで冒険者カードが発行されたら真っ先にこいつを討伐したことを記録しよう。

「お兄さん達、本当に冒険者ですか?」

 その瞳には疑惑の光が宿っていた。

「厳密には俺はまだ冒険者じゃないな。それがどうしたんだよ」

 確かに冒険者らしくないとは自覚しているが。

 メイは言葉を空間に放り投げていく。

「なら、ミミック討伐のクエストを受注したのはエリスさんですね」

「そうよ! 冒険したそうな目をしている迷える子羊を私が救ってあげたのよ!」

「エリスさん! 迷える子羊が今現在、囚われている子羊になっている件について一言ください! ねえ! おい! 目逸らすなよ!」

「お兄さん達、本当に仲がいいのですね」

「「よくねえよ(ないわよ)!」」

 こんな人間と仲がいいと思われるのは、誠に遺憾であり心外であり人権の侵害である。

 こほんと一つ咳払いをして、場を改めてからメイは本題に入る。

「エリスさん、ミミックのクエストを受けるくらいですから黄以上の冒険者なのでしょう?」

「そうよ」

「嘘つくな」

「……白の冒険者よ」

「……なるほど。では通り抜けのスキルを知らないのも当然ですね」

 少し馬鹿にしたような口調でそんなことを言うメイを、ぎりりと睨むエリス。しかし通り抜けのスキルを知らなかったのは事実なようで、それ以上は言葉を発することはなかった。

「通り抜け?」

 そのスキルの詳細については俺も知るところではなかったので、詳しい説明を促す。

「そうです。青の冒険者に昇格したときに特典でついてくるスキルです」

「あれか、冒険者になったときに付いてくる暗視スキルみたいなもんか」

「そうですそうです! ちなみに黄に昇格したときは索敵スキルを貰えますよ! エリスさんはなんだかモンスターに標的にされやすそうなので一刻も早く取るべきだとメイは思います」

 ひらひらと自分のその緑色をした冒険者カードを空間に泳がせる。

「ねえフィン、この子もう一度宝箱に閉じ込めてもいいかしら、いいわよね?」

「駄目」

 本気ともとれる目をしたエリスに少し戦慄する。俺でも恐怖を感じたのだ、当の本人は震え上がっているに違いない。そう思ってちらりとメイを見ると、予想通りというかなんというか、さささと身を引いて俺の後ろに隠れた。

「しょ、少々おふざけが過ぎましたね、申し訳ありません」

 震える口で形だけの謝罪を済ませ、そこで一度言葉を区切り、一拍おいて先を続ける。

「この通り抜けスキルはですね……っと、ここで実演したほうが理解が早そうですね。ほいっ」

 そんな間抜けな声を出しつつ、人差し指で円を描くように壁を撫でる。

「なにやってんだよ」

「まあまあ、見ていてくださいよ」

 結末を急かす俺を牽制しつつ、彼女は壁に向かって誰にも聞こえない程の声量で詠唱する。

 瞬間、空間が破裂した。

「っ!?」

 音こそなかったが、その衝撃波はなかなかのもので、体が吹き飛ばされないよう鉄格子を強く握る。反応が遅れたエリスは「こうなるなら先に言っておいてよー!」と意味の分からない事を口走りながら、衝撃に乗るようにして壁にどんと打ち付けられていた。天誅。神様は存在していたらしい。

 衝撃が収まった後、俺の目に映ったのは人一人が通れるほどの円だった。

「すげえな……」

「メイが凄いのではなく特典スキルが凄いのですよ」

 そんなことを言いつつ自慢げに胸を張る赤髪の少女の頭を、労うようにぽんぽんと撫でる。ただのギャンブル廃人ではなかったらしい。

 彼女が撫でた部分だけがぽっかりと、しかししっかりと穴が開いていた。穴の外からは壁で囲まれた街が見えたので、今俺がいる牢獄はアイリス付近にあるということが判明した。遠くに飛ばされてなくて良かった、アイリス付近であれば、脱走さえできればどうとでもなる。

 要は俺達の模造品(ミミック)を討伐して、冤罪を証明すればよいのである。

 先ほど衝撃で吹き飛ばされたエリスが身を起こし、目の前の奇跡にも似たそれを凝視する。素直に感心したのかその口はぽかんと開きっぱなしになっており、頭の悪さが増していた。

「ここから脱走するってわけね」

「そういうわけです」

 一仕事終えて満足げになったその表情で、ぽっかりと開いてしまったその空間を指さす。

「フィンさんエリスさん、早くしないと看守が来てしまいますよ! 通り抜けスキルは本来モンスターなどに囲まれた時に使用するものなのです! 普段であればモンスターに対する牽制の役割を担う衝撃波が、今回に限っては枷となっています! 急ぎましょう!」

「まさか人生で脱獄を経験することになるとは思ってなかったな」

 ぽつりとそう独り言ちて、俺達は脱獄犯にグレードアップした。

 ……指名手配とかされる前に冤罪を証明しよう。



「ねえ、私たちは今どこに向かっているの?」

 とてとてと俺とメイの後ろをついてきながら、エリスは不思議な顔をして疑問を口にする。

 見渡す限りの緑、俺達は今脱獄を終えて、外の空気を肺に取り入れていた。心なしか空気が美味しいような気もしなくもなかった。

「ミミックの棲家ですよ」

「どうして? クエストは多分失敗認定されてるし、もう一回受注しなくちゃ報酬貰えないわよ?」

「勿論わかってますよ。ですがメイ達はいま犯罪者です。指名手配されているとも限りませんし、極力アイリスには近づかないが吉なのですよ」

「え? じゃあ報酬は? 私の三十万は?」

「ないですよ」

 それを聞いた瞬間、だだだっとアイリスに向かって駆け出すエリスを、慌てて追いかけて引き留める。

「離しなさいよー! 三十万! 三十万返してー!」

「そもそも取られてねえし、お前に入るのは三万だろうが。落ち着け」

「落ち着けるわけないでしょうが! 報酬がなきゃ今日泊まるところもないんだってー! こんなことなら牢獄に居ればよかった! 環境はともかくとして、あそこなら雨風凌げるし!」

 何処までも続く快晴に向かって叫ぶエリスを宥めながら、俺は天を仰ぐ。なんでこんな奴と行動を共にしているんだろう。共にしてしまったのだろう。

 そんな俺達を見かねてか、メイが助け舟を送る。

「エリスさん落ち着いてください。報酬がないとは言っても、ギルドから正式に受け取れる報酬がなくなるだけです」

「どういうことよ」

 本当にわからないのか、ぽかんと口を開けて思案顔になるエリス。

「メイ、この馬鹿本当に理解できてないみたいだから、もっと噛み砕いて話してやってくれ」

「……わかりました」

 とんとんと労いの意をその手に込めて、メイの肩を叩く。

「いいですか、エリスさん。報酬というものはですね、別の言い方をすればお礼なのですよ」

 ずいっと顔をエリスに寄せ、説明を始める。

「ふむふむ」

 真面目に聞いているのかいないのかわからないような相槌を繰り出し、細い指で顎を撫でる。

「頼み事をやってくれたお礼に金銭を渡すのです、ギルドは金銭の受け渡しが正式に行われているかを監視する役目を担っているだけであり、本来クエストにそれは必要がないのですよ」

「なんだかよくわからないけれど、お金はもらえるってわけね」

「そうです。むしろ、ギルドの中間搾取がなくなるため、本来よりも多く貰えるかもしれません。まあ、それなりの交渉術が必要なのですが」

「なんですって! そんなことなら初めから言いなさいよ。それにこっちには報酬の取り分を九対一に変えた詐欺師(フィン)がいるわ。交渉術の達人よ」

「詐欺師言うな」

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