第8話 しかえし
「それでそれで!? ギャンブルで稼げたの!? 私も賭け事で稼げるなら冒険者なんてやめたいのよ!」
なぜか目をきらきらさせているエリスの頭を、現実に返って来いという意味を込めてこつんと叩く。
「こいつが今こんなところにいる時点で答えは明白だろ、稼げなかったんだよ」
「なあんだ。やっぱりギャンブルって稼げないのね」
稼げないと分かり急に興味を失ったエリスは、俺達から逃げるように身を翻し、牢獄の隅で寂しそうに座っていた。アホ二人を相手にするのは疲れてしまう。
「そうなのです。何故かギャンブルの才はなかったみたいで、メイは一文無しになってしまいました」
その時の事を思い出したのか、分かりやすく肩を落としていた。
「まあ当然だわな」
「いや! あれはたまたま運が悪かったから……! 次は勝ちますよ!」
「まだ懲りてないのかよ。馬鹿なのか」
多分馬鹿なんだろう。
「なにをぅ! 失礼ですね! ……っと。これではいつまで経っても話が進まないので、今回だけは見逃します」
「そりゃあありがたいことで。それでどうなったんだ」
「それでメイは危険なことをする代わりに莫大な報酬が貰える冒険者に転向したのですよ」
そう言って懐からカードを取り出す。色は緑。妙な言い方にはなってしまうが、下級冒険者の中で最上位の色である。ソロでここまでくる人間は数少なく、俺は初めてメイに尊敬にも似た念を抱いていた。
「緑まで到達したのか、凄いな」
「でしょうでしょう! メイはすごいのですよ!」
「!? なんでこんな子が緑で私が白なの? ギルドに抗議してやるわ……」
「こんな子とは失礼な! メイは経験を積み上げてきたのですよ! その結果です!」
メイは誇らしげにカードをエリスの前に持っていく。するとエリスはチャンスと言わんばかりの勢いで目の前に突き出されたカードを奪う。
「不正よ! さあ白状しなさい! その罪を!」
「不正なんてしてませんよ! 返してください! ちょっとー! 身長の差を利用して高いところにカードを置くのをやめてくださいよ!」
「おい。返してやれ」
ぴょんぴょんと飛び跳ね、エリスからカードを奪還せんと頑張るメイの後ろから手を伸ばし、カードを代わりに奪い返す。エリスのように隠蔽スキルを使って色を変えているのかとも思ったが、この緑はどうやら本物のようだった。
「フィンまでそっち側なの!? 今までの私との冒険は何だったの!」
年下に冒険者としての格の違いを見せつけられ、どこかおかしくなってしまったエリスを可哀想な目で見ながら、俺はメイにカードを返却した。「ありがとうございます」「気にすんな」というやり取りを交わして、再度続きを促す。何度寄り道すれば気が済むんだこいつら……。と思ったが、自分も話に茶々を入れている側なので黙っておく。
「それでですね。冒険者になったメイはどんどんと依頼をこなしてじゃんじゃんとお金を稼いだわけですよ!」
「ほう。金を稼ぐ過程でランクが上がっていったってことだな」
「そうです! 正解です! そしてメイは目標の八十万リルを貯めたんですよ!」
「すげえな」
相当努力しないと八十万なんていう大金は稼げない。頭が弱そうに見えて、その実努力家のいい子なのかもしれない。素直に称賛を送っておく。
照れたように「そうでもないですよっ」という彼女、エリスも少しは見習ってほしいものである。
「で、目標金額に達したならそこでやめりゃあいいじゃねえか。そんでこの話がどう牢獄に繋がるんだよ」
「焦らないでくださいよ。話はここからです。メイはある日考えました。目標の金額は貯まったけど、これを使ってしまえばまた一文無しに逆戻りじゃないか! と! 一文無しの辛さは知っていましたので、メイはこの頭脳を最大限に使ってお金を増やす方法を考えたのですよ」
なんでだろう、オチが読めるぞ。
「一応聞いてやる。どうやってお金を増やそうとしたんだ」
「ふふふ、これはあまり教えたくないのですが仕方がありませんね。みっつの図柄が揃うだけでお金が出てくるゲームが存在したのですよ!」
「ギャンブルじゃねえか」
その努力を無に帰すくらいの頭の弱さだった。
おそらく、メイが言っているのはスロットと呼ばれる賭博場に置かれている遊技機のことであろうと推測する。余談だが、あれは中間に人が介在せず、ゲーム性も簡単なので店側が得になるいかさまを仕込みやすいらしい。
「みっつの図柄がそろうだけでお金貰えるですって!? 詳しく教えなさい!」
「ややこしくなるから一回黙ってて貰ってもいいか?」
働かないという事に固執している銀髪のアホ美少女を窘める。
「まあ言い方を変えればギャンブルなのかもしれませんね。メイはそのゲームにどっぷりとはまってしまい、ここまで頑張って貯めてきた八十万リルを使ってしまったのです。なんておそろしい!」
はわわと口を手で覆い、その恐ろしさを全力で表現するメイに底なしの恐ろしさを感じる。
目を細め、溜息を吐く。
「それで、一文無しになったメイはその後どうしたんだ」
「そう、軍資金――もとい貯金がいつの間にかなくなっていたメイはですね。スライムだとかの危険も報酬も少ない白や青のクエストを受けるのはやめまして、緑や赤の報酬の高いクエストで一発ドカンと稼いでやろうと思ったのですよ」
「それがすでにギャンブラーの発想じゃねえか」
「うるさいですね。そこでメイは見つけたのです。ミミックの討伐、報酬三十万リルというクエストを! これだ! と思いましたね。メイの力があればミミックなど余裕であると! 思ってたんですよ、その時までは」
語尾になるにつれて声が小さくなっていく彼女を見て察する。
おそらく、俺達と似たような罠にかけられ、あらぬ疑いで逮捕されてしまったのだろう。
「そうか、メイも少女だか少年だかを助けたつもりがミミックだったというわけか」
「そうですそうですそうなのです! やはりお兄さんたちもそのやり口で騙されていたのですね!」
「ちょっと待ちなさいよ。それならなんで宝箱なんかに閉じ込められてたわけ?」
「あっ。これはですね。ここに連れられて来る時に冤罪を主張して暴れていたら、看守の方に無理矢理閉じ込められてしまったのです。多分、あいつもミミックの仲間に違いありませんよ!」
「いや、それは多分普通に看守だと思うんだが」
牢獄で捕らえられている人間達の会話とは思えない程間抜けなその応酬を終了させる。
捕まった時間は違えど、俺達は同じ敵に同じ方法で嵌められた人間だという事である。
「そこでですね皆さん。いえフィンさんとエリスさん。話があるのです」
「金なら貸さねえぞ。俺達も持ってないんだ」
「先手を打たないでください! しかもそんなことを頼むわけないじゃないですか! ギャンブルというものは自身のお金でやるから燃えるのですよ……っ! ではなく!」
と、そこで一旦彼女は言葉を切って、思いっきり息を吸い込んでから吠えるように、
「ミミックたちに、仕返ししませんか?」
と言い放った。
それを合図にするかのように、牢獄内の冷たい床にすとんと座り、俺達三人はまるで悪役のような笑みを浮かべていた。
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