第7話 てんけい
「知ってるも何もお前が今回の件の元凶だろうが! その憎き名前、忘れろと言われても絶対に忘れないぞ!」
「そうよ! 聞いて驚きなさい、この弱そうな冒険者――名をフィンと言うんだけどね、こいつは躊躇なく女の子でも殴るわよ! さあ、その真の男女平等を見せつけてやりなさい!」
どーんと胸を張りながら、顎で攻撃しに行けと俺に命令するエリス。
「なんで俺にやらせるんだよ!?」
抗議の声を上げる。
「何言ってんのよ! 相手はミミックよ! 私じゃ返り討ちにされて終わりだわ!」
「てめえさては俺を身代わりにする気だな!? そうはいくか! 出でよ、我を守りし最強の盾よっ!」
「なによその詠唱、そんなので防壁ができるなら苦労しないわよってねえまさかその盾って私の事じゃないでしょうね!?」
エリスの首元を掴み、俺の前に配置する。名付けて人間防御だ! どこかの国では身代わりとも言うらしい。
「ちょ、ちょっと! なんなんですか! 何をやってるんですか!?」
「この期に及んで白々しい! お前が何でここにいるのかは分からないが、どうせその擬態スキルで宝箱に化けてたんだろ! 俺はもうだまされないぞ!」
「化ける!? 違いますよっ! 何勘違いしてるんですか!? メイはそのミミックに無理矢理宝箱に入れられて……っ!」
「うるせー!」
「あんた、言葉だけは攻撃的なのになんでずっと私の後ろに隠れてるのよ……」
エリスの後ろから首だけを覗かせて、俺は言葉の槍を投げつける。高い知能を持つミミックのことだ、まず間違いなくエリスよりも頭がいいだろう。警戒するに越したことはない。
「ねえフィン、なんだか失礼なことを言われたような気がするんですけど」
「気のせいだろう。盾は黙って盾の仕事を全うしなさい」
ぎろりと睨むエリスの視線を躱しつつ、俺はメイを観察する。怪しい動きをした瞬間、エリスを犠牲にして脱走してやる。
「ちょっと待ってくださいよ! メイも冤罪でここに入れられてるんですってば」
「「うそつき」」
「ほんとですよ!」
真面目な顔で不真面目なことを宣うメイを睨み付ける。俺達をこんな場所に陥れておいて今更何をしに来やがった。
こほんと一つワザとらしく咳ばらいをしてから、メイは俺達を真っ直ぐ見つめる。ミミックの擬態だと理解はしているが、驚くほどに整ったその造形もあってか少したじろいでしまう。落ち着け俺。相手はモンスターだ。いや、でも今のご時世モンスターだとかなんだ気にしている方がおかしいのではないだろうか。恋に貴賤はない。ミミックとの恋もありか? ありかもしれない。
「この緊急時になんて顔してんのよ。まさかこのミミックに惚れたんじゃないでしょうね」
「そそそそんなわけないだろうが!」
慌てて否定しておいた。まさかこいつ人の思考を読めるスキルとか持ってないだろうな。当分の間はエリスの近くで変なことを考えるのは控えておこう。
「メイはお兄さんたちに危害を加えるつもりはないですから! 話を聞いてくださいよ!」
「いやだ。少しの善意につけ込んでくるだろうがお前らモンスターってのは」
お願いしますっ! というセリフと共に頭を下げる彼女の言葉を聞いてやろうかと一瞬逡巡したが、すぐにその考えに蓋をする。初めて遭遇した時を思い出せ、あの時も人の善意につけ込んで、俺達を罠にはめたのだ、このモンスターは。
「モンスターじゃないですってば! お兄さんたちが遭遇したのはメイに化けたミミックです! 今ここにいるメイはオリジナル! 信じてくださいよ!」
涙目になりながら声高に無罪を主張するメイを見ながら、俺は右手を顎に当てて思考を巡らせる。
確かに、今目の前に立っている彼女からは少しの知性も感じられない。言葉の節々からエリスと同じ匂いがするのだ。
どしんと床に鎮座し、人差し指でとんとんと床を弾く。
冷静に考えてみれば、ミミックがここにいるのはおかしい。俺達を罠に嵌めた時点で彼らの目的は達成されているだろうし、こんなところまで俺達を追ってくる必要などないのである。
唸る。もしかすると本当に彼女は本物(オリジナル)で、俺達と同じようにミミックにいいように使われた哀れな人間なのかもしれなかった。
「仕方ない、話を聞かせてくれよ」
「フィン!? 本当にいいの!? ミミックだったらどうすんのよ」
「大丈夫だ。あのクソ爺の話を思い出せよエリス。なんでもあの辺りに生息するミミックは知性を蓄えてるそうじゃないか。今目の前にいる自称オリジナルメイシール・ドルミナンテをよく見ろ、これのどこに知性を感じられる?」
「それもそうね。納得したわ」
「そうだろうそうだろう。よし、話を聞かせてくれ」
なおも警戒しているエリスを、俺の隙のない論で納得させる。
「初対面で失礼ですね貴方方!? 本当に冤罪でここに捕まっているんですか!? ナチュラルに犯罪者の香りがするのですが!」
「大丈夫だ、まだ罪は犯していない」
「まだって! この人今まだって言いましたよ! 捕まってたほうがいいんじゃないでしょうか!」
「冗談だよ、さあ早く聞かせてくれ」
俺の渾身のアイリスジョークに戦慄している彼女に、早く話をしろと表情で促す。
渋々だが納得した様子で、彼女は事の顛末をその小さな口から発す。
「そうですね、どこから話しましょうか。まずはメイの生い立ちから……メイはお金が必要なのです」
「そうなのか、それで?」
「普通の人ならなぜお金が必要なのかを聞いてくるのですが……変わってますね」
「うるせえよ。そもそもお前の生い立ちなんか興味ないんだよ。さっさと話せ」
「むう。分かりました。お金が必要なメイは、色々な仕事をしました。しかしそのどれも雀の涙ほどの給料しか頂くことは出来ず、目標の金額に達することはなかったのです」
「ほう……」
聞けば聞くほど知性の欠片も感じられない。この瞬間、俺はこのメイがオリジナルであることを初めて飲み込んだ。
「そう! そんなときに天啓がメイの頭を殴打したのです!」
どんと胸を張って回りくどい言い回しで、どこか演技じみた所作で熱く語る。
「分かりにくい言い方すんな」
「すみません……。メイはその時閃いたのです。ギャンブルで稼げばいいじゃないかと!」
「その一言でお前がミミックじゃないと確信したよ」
「それは知性を感じられないと受け取ってもよろしいですか? 戦争しますか?」
「しねえ」
殴りかかってくるのではないだろうかと錯覚するほどの熱気で、戦争どうのを口にするメイだった。ミミックよりも危ないかもしれない。メイシール・ドルミナンテの駆除をギルドに依頼しておこう、難易度は白金で。
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