第4話 しゃざい
フィンと申します。
はい、冒険者です。はい。冒険者見習いです。
今、村長様の御自宅で反省しております。
「あんた、よくもまああんな失礼なことが言えたもんだわ。冒険者やめたら? というか冒険者ですらないんだけど」
「はい、返す言葉もありません」
「バーカバーカ。アホフィン」
今回に限っては、そんなエリスの暴言も甘んじて受け入れよう。
ここぞとばかりに罵詈雑言を吐いてくる彼女に対して怒りがないわけではないが、現時点ではそんな事よりも恥や申し訳なさのほうが勝っている。
腰を百四十度曲げて、不快謝罪の念を述べる。誤字ではない、多分彼にとっては相当不快だったと思うので……嘘。心の内までは見抜かれないだろうし内側でくらいはふざけてやろうと思いました。まる。
「そんなお気になさらずに。むしろ、あの時の行動は冒険者として当然ですからな」
「ほんと……すみません……」
結論から言おう。
村長は村長でミミックなどではなかった。多少怪しい風貌はしているが、しかしモンスターではなく一人間だった。考えてみれば当然である。モンスター自ら、知られては不味いようなことを話すはずがない。俺がミミックであれば、人に化けれる、知恵を付けている、などの情報は伏せるだろう。
エリスは何故か楽しそうに、俺がやらかしてしまったことの詳細をはずむような声で述べる。
「村長さんをミミックだなんだ疑った挙句、それに否定の言葉を返す村長さんに敵意を向けて恰好つけながら「お前、それ以上近づいてみろ、殺すぞ」とか言っちゃってー! あの時のフィン思い出すだけで三か月は笑えるわ!」
「はい……すみません……ほんとどうかしてました……どうか三か月とは言わず一生笑ってやってください……それでぼくの罪が清算されるなら……」
「まあまあ、過ぎたことです」
寛大……!
「そうだそうだ! 過ぎたことだろ! いつまでぐちぐち言ってやがるエリス! 切り替えていこう!」
「あんた、薄々気づいてはいたけど本物のクズね……恐怖すら感じるわ……」
いつまでも過去に縛り付けられるような人間ではないのだ! という言い訳じみた大義名分を片手に応戦する。敗色は濃厚だが、この参謀(エリス)にであれば勝機の目はある……! 正気の沙汰ではないが。
「いえいえエリスさん。あの時私をミミックだと疑ったのは慧眼ですよ。本当に私がミミックであれば、あそこで身を引いていない時点で全滅ですから」
「そ、村長さんまでなによ……。こんな奴に気を使わないでいいのよ。そんなことを言ったら――」
「な? エリス! 聞いたかよ! 慧眼だぜ!? これから慧眼のフィンと名乗ってもいいか?」
「――ほら、ああなるわよ」
「ふむ。慧眼は取り消しましょう」
あっけなく取り消されてしまったので、慧眼のフィンと名乗るのはやめておこう。恰好よかったのに。
「それで、誰かさんのせいで依頼の詳細をまだ聞けていないわ。早く教えなさい」
「悪かったな!」
本当に俺が悪いのでそれ以上は言い返さないでやる。決して負けたわけではない。
俺達は、改めて村長の方に向き直す。
「貴方方には、ミミック及び他のモンスターから我々の村を守ってほしいのです」
先ほどの俺のように、彼は深く頭を垂れる。この村一の権力者にそんなことをされてしまっては、このクエストを放棄するとはいかない。
しかし、俺達がやるのは依頼されていた仕事のみである。この場合、ミミック討伐だ。この際、本当にそれを討伐できるかはさておいて、他のモンスターからの襲撃を防止せよ、といった依頼ではなかった。
ミミック討伐、というクエストを報酬三十万リルで受注したのだ。他の要素も加わるというのであれば、それなりの対価を支払ってもらわなければならない。それが冒険者の掟である。
さて、交渉と行こうじゃないか。
「村長さん、お言葉ですが――」
「そういえばフィンさんは先ほど私をモンスター呼ばわりしておりましたな? このことを冒険者ギルドに報告するべきか否か……」
「――オーケーオーケー! 他のモンスターからも守ってやろうじゃないの! ドラゴンでもなんでもかかってきやがれくそ野郎!」
「頼もしい限り。近くに村全体が見渡せる高台がございます。その場で待機して、異変があれば駆けつけてください」
この爺さん、やっぱりミミックなのでは?ともう一度疑ってしまった俺を誰が攻められようか。
○
「なあエリス。俺達ここに何時間いるんだ?」
「五時間くらいね」
「なあ、もう日も暮れてるよな? 本当にミミックなんているのか? ボケた老人の妄言じゃないのか?」
「そんなわけないでしょ。と強く否定できない自分がいるのが悔しいわ」
俺達はあの後、村長に言われた通りにこの村全体が見渡せる高台に待機し、その時が訪れるのを待っていた。
しかし、いつまで待ってもミミックどころか、ほかのモンスターですら現れることはなく、村は平和の香りに包まれていた。身も蓋もないが、早くクエストを達成して貧困生活から抜け出したいので襲われてくれると有難い。
「まあ、ミミックに襲われるよりマシでしょ」
「いや、襲われてくれないとクエストが達成できないだろ。報酬貰えないぞ」
「ミミックはまだかしら」
「お前もなかなかのクズだと俺は思うんだが」
「フィンほどではないわ」
「さいですか」
こんなやりとりを五時間も繰り返している。待機しているこの場所も、お世辞にもいい環境だとは言えない。先ほどから強い風が体をすり抜けていき、凍え死んでしまいそうだ。歯ががたがたと音を立てている。
「こんなことなら日払いバイトでもやればよかったわ」とはエリスの独り言である。俺もそう思う。ミミックも現れない、現れても討伐できるかはまた別の問題。報酬が不確定なクエストよりも、五時間働けば五時間分のお金が貰えるバイトをするべきだ。
しかし、受けてしまったものは仕方がない。アイリスの名を汚さぬためにも、受けた依頼はやり切るしかない。腐敗した街という悲しい二つ名を払拭するために。
「何よ真剣な顔して」
「なんでもねえよ。俺達の街について考えていただけだ」
「あんた、アイリスになにか思い入れでもあるわけ?」
「……まあ、色々とな」
「ふぅん」
そう言ってエリスは興味なさげに村を見下ろす。
長い見張りの時間を経たせいで、暗い輝きを放つエリスの目が村を写す。俺はそんなエリスの横顔を見つめて、こいつ顔だけは一級品だよなぁ、と関係ない事を思考する。性格さえまともならどこかの貴族に拾われてもおかしくないのに。
「ねえフィン」
「なんだよ、もう今日は帰って寝ようぜ。と思ったけど寝床も藁の家なんだよな……アイリスに帰りたい……」
どーんと寝転がる。ああ、空が綺麗だぜ。村に人工的な灯りがないおかげか、空の星たちがはっきりと見える。全ての悩みを放棄して星になりたい。
「何やってんのよ、動きがあったわよ」
「なんだと」
がばっと身を起こし、先ほどまで星を見るために使用していた目を、村へ見るという正しい使用方法に戻す。星など興味はない。星になりたくもない。
「ほら、あれを見なさい」
そう言ってエリスが指を刺した先にいたのは一人の女の子だった。
「お前な、俺達の受注したクエストを忘れたのか? ミミックの討伐だぞ。ミミック、分かります? 理解してらっしゃいます? どうみても幼気な少女だろうが。馬鹿ここに極まれりだな。俺は寝るぞ、星になるんだよ俺は」
「ほんとに何言ってるのよ……。そうじゃなくて。馬鹿はフィンの方よ。ミミックの特徴を忘れたのかしら」
記憶の糸を手繰り寄せる。ミミックの特徴と言えば……。
「……なるほど。つまりあれはミミックが化けた姿であると」
頭上に豆電球が光る。
「そうよ。早速倒しに行くわよ」
高台から駆け下がろうとするエリスの首元を慌てて掴み、こちらへと引き戻す。
「ちょっと待て。まだそうだと決まったわけじゃないだろ。もし本当にただの女の子だったらどうすんだ。ここは一旦様子を……」
「離しなさいよ! 早くしないと三十万リルが逃げるじゃない!」
「話聞けよ貧困冒険者!」
目の形状が紙幣になってしまった哀れな彼女をこれからどうしてくれようか。その辺の川にでも捨てておくか。
しかし、もしあれが本当にミミックなのだとすれば、これほど厄介なことはない。俺は善良な一般冒険者である。それなりの常識も蓄えているし、なによりあんな少女を討伐してしまうのは心が痛い。今になって村長が言っていたことを理解する。
あれがミミックだと確定していない事が唯一の救いだ。ミミックをみすみす逃がしたのではなく、万が一を考えて見逃してしまったと言い訳もできる。……あれ? そう考えると今のこの状況も案外悪くないのではないか?
「まあフィンの言っていることも一理あるわね……。とりあえずは様子を見ましょうか」
「ああ、決してミミックに臆したわけではないからな」
「何言ってるの。私そんなこと一言も言ってないわよ。もしかして今になって怖気付いたのかしら? 一般人さん」
「な、なにを言ってるのかわからないぜエリス! 俺なりの冗談だよ! ジョークジョークアイリスジョークHAHAHA」
「目泳ぎすぎでしょ……」
冒険者カードを持っているエリスのほうが、今の俺よりも強いのは明白である。ここで妙に刺激するのは得策ではない。彼女の力がなければミミックというモンスターを討伐するのは難しいだろうし、ここで喧嘩などしないほうがいい。
嘘、訂正。エリスの力がないとミミックを倒せない、のではなく、エリスの持っている冒険者カードの加護がないとミミックを倒せない、のだ。俺だってカードさえあれば……!
そんなことを考えていてもミミックが死ぬわけでもなし、金が増えるわけでもなし、俺は仕方なく怪しい少女を観察する。……カードって人から奪っても効果発揮するのかな。もしするならこいつから奪ってやろう。
歳は、十三、四くらいだろうか。黒のマントを羽織っており、その身体はよく見えない。なにか人に見られては困るようなことをしているのか、と勘繰ってしまうが、顔が何かで隠されているわけではないのでそうではないのだろう。または底なしのアホかのどちらかである。
幼気ながらその顔は遠目でもわかるほどに整っており、くっきりとした二重がその造形の美しさを一層際立たせている。
「なににやにやしてんのよ気持ち悪い」
おっと。顔に感情が出てしまっていたようだ。こんなつまらない事でいじられたくはないので、表情をいつもの無表情フェイスに変換しておく。
「ころころ表情変えないでよ気持ち悪い」
どうやらどうあがいても俺は気持ち悪いらしい。
少女はまだ動かない。
「おい、お前の言っていることを認めるようで気分が悪いんだが、本当に怪しいなあいつ」
ちらりと少女を見やりながら、溜息と共に呟く。
何もせず、ただずっと村に滞在しているその様は、まるで獲物が罠にかかるのを待っている魔物のようで、どこか気味が悪かった。
「でしょう。もうミミックと断定しても良い頃合いなんじゃないかしら」
「うーん……でもなあ」
葛藤する。深く悩む。ぐるりと頭の中でそれが一周する。
もし仮に彼女がミミックでなかったなら、俺達は少女に暴行を働いた犯罪者になってしまう。かといって真面目に「貴方はミミックですか?」などと聞けるわけがない。
つまり、あの少女がなにかアクションを起こさない限り、俺達は動けないのである。
もう一度、少女を確認する。なにか行動を起こしていないか、吟味する。隅々までそれを確認する。
「ねえ、フィン」
「ああ、分かってる」
片手でエリスの台詞を制する。
それは、モンスターだった。
少女が、ではない。少女は今だその場から動かず、固まったように立ち止まっている。
いや、違う。
足が竦んでいたのだ。
少女と対峙しているのはスライムと呼ばれるモンスター。冒険者でなくとも、成人男性であれば素手で撲殺できるほどに弱いモンスターではあるのだが、あの年の少女が勝てる相手では決してない。目の前に唐突に出現した脅威に、なす術もなく震えていたのだろう。
「理由ができたな」
俺達があの場所に赴く理由が。
「フィン、あんた、依頼に書かれていない仕事はしないんじゃなかったの?」
「うるせーよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます