第3話 ぎわく

 村。である。

 アイリスは腐敗した街と言われているが、それは働かなくてもいいほどに街が豊だからだ。ドラゴン討伐などの突発的クエストはあるとはいえ、

それもアイリスが襲撃されているわけではない。別の街や都市を襲うそれらを駆除しに行く、つまり応援を要請されているのである。その為難易度は白金であるし、失敗は出来ない。

 今俺達が受注している、受注してしまった赤のクエスト――ミミックの討伐もその例に漏れず、この村からの助けの声だ。

 なんでも、ミミックとやらに畑が荒らされており、今年の税も納めることができない状況らしい。そのため生活も困窮しており、クエストの報酬も今目の前に立っている村長の貯蓄らしかった。

 藁でできた家など物語上でしか知らなかったので少し驚く。エリスもここなら無償で泊めてくれるんじゃないですかね。多分。だからやめない? このクエスト。

「ごめんなさい。俺達は白の冒険者なので役に立てそうもないです」

 あまりにも悲惨な状況だったので先に謝罪しておいた。なぜなら、俺達の力では絶対にこの村を助けることができないからである。だって白だし、俺なんて無色だし。それに無職だし。笑えない。まず先に俺を救え。

「ど、どうされたんですか急に。そんな謙遜なさらずに。難易度は赤で依頼していたはずです。一般人同然の白の冒険者など来るはずがありませんよ」

 顎に白いひげを蓄えた齢六十程の男がこちらを見て笑う。冗談だととらえているのだろう。冗談であってほしかった。

 赤のクエストを受けるくらいだから俺達が上位冒険者とでも思っているのだろうか。心が痛い。心の痛みで死にたい。

「そ、そうよ! 私達なら大丈夫だわ! 任せなさいよ!」

「おお、なんと頼もしい。我が村の救世主ですな……」

「おいエリス。話がややこしくなる。お前は黙ってろ」

 エリスをぐぃっとこちらに引き寄せ、村長には聞こえない程度の小さな声で耳打ちする。盗聴スキルを保持していませんように……!

(おい、どうすんだ。本当にどうすんだこれ。今更断れない雰囲気出てるぞ)

(ど、どうしよう……)

(どうしよう、じゃねえよ。仕方ない、失敗を装って逃げるか。それなら一応依頼先には来てるんだしキャンセル扱いはされないだろ)

(フィンのくせになかなかやるじゃない。そうね、その作戦で行きましょう……!)

 見えないように親指を突き立てる。それに呼応するようにエリスもウインクを携え俺に親指を突き立ててくる。なんだかんだ言って俺達はとてもいいパーティなのかもしれない。アイリスに帰ったら一からやり直そう。白の依頼から地道にやるのだ。エリスももう報酬につられてこんな上位のクエストを受けることもなくなるだろう。まずはここを 無事失敗 に終わらせて帰って温泉でも――

「む? なんですかな。失敗とか逃げるとか聞こえたのですが。年寄りになっても耳だけはいいもんでねえ……」

「いやいやいやいや! あれですよ! ミミックが畑を荒らすのを 失敗 して 逃げて いけばいいなあと! そう思いましてね! ははは」

「ははは。それならば年寄りにも聞こえるように話せばよかろうに」

「ははは! はははは!」

 乾いた笑いとはこのことなんだなあと、どこか他人事のように思いましたとさ。めでたくなしめでたくなし。

 というかこの爺さん盗聴スキルでも持ってんのか? 好々爺の仮面をつけているのに盗賊でもやっていたのだろうか。この野郎、油断ならねえ……!

(おいエリス、ここまできたらやるしかないぞ。あの爺さん、既に俺達を疑っている。このまま失敗に終わりました、じゃまたアイリスの評判が悪くなっちまう)

(なによ。あんた冒険者でもないくせに街の評判を気にしているわけ? それにアイリスなんて既に評判は地の底じゃない)

(いや、だめなんだ)

(なんでよ)

(……。なんとなくだ。ミミック討伐やるぞ)

(まあいいけど。というか元から私はミミック退治するつもりだったし?)

(その冷や汗を止めてからもう一度同じセリフを言ってくれよな。アホエリス)

 ひそひそと会話内容がバレる事のないように、二人で作戦会議(笑)を済ませて、村長の方へと向き直す。出で立ちを正し、真正面から彼を見つめる。高齢ながらその瞳は滾っており、まだまだ現役であることが手に取るようにわかる。もしかすると過去に冒険者でもやっていたのかもしれない。それならば、盗聴スキルを保持していることにも説明がつく。

「詳しく、話を聞かせてもらってもいいですか」

「勿論ですとも。わざわざ遠方まで赴いてくださった冒険者の方を無下には出来ませんからな」

「わ、私も聞くわ!」

 覚悟を決めた瞬間だった。

 村長はその皺だらけの口で徐に、そして厳かに事の顛末を語る。

「出るのですよ。この辺りには」

「まさか幽霊じゃないわよね? それなら話と違うわ。ささ、フィン。帰る支度をしましょう」

「お前は黙って聞いてろ。出るって、ミミックですよね?」

 エリスの頭をこつんと二度程叩いてから、俺は目を細める。クエスト内容はミミックの討伐である。もしもそれ以外が出現するのであれば、それは俺達が受け持つ仕事の範囲外だ。もしそうなのであれば、エリスの言う通り帰ろう。帰って暖かい場所で眠ろう。俺はまだギリギリ金は尽きていない。

 村長は「わはは」と一度豪快に笑い、続ける。

「ええ。ミミックです。しかし、あれは厄介なモンスターでしてねえ」

「なによ、もったいぶってないで早く話しなさいよ」

 それについてはエリスと同意見である。

「すみませぬ。年寄りの悪い癖でね。そうです、仰った通り、ミミックが出るのですよ。そいつがこの村を荒らしていて困っておりまして」

「でも、ミミックってそれほど強くないでしょ。わざわざ高額の報酬を払って赤の冒険者を呼ぶくらい大変なの?」

「え、そうなの?」

 話に割って入る。

「ええそうよ。私も馬鹿じゃないのよフィン。考えなしに赤を選ぶなんてことはしないわ。ミミックって言うのはね、青の冒険者でも楽に倒せるくらい弱っちいのよ」

「お前は白の冒険者だけどな」

 風に流されるくらいの声量で呟いておく。

「うるさいわね!」

「む。なんですかな」

「いえいえこちらの話なのでお構いなく。こいつ、ヤバイ薬をやってるみたいでたまに幻覚と会話してしまうんですよね」

「してないわよ! ねえ訂正してー! てーいーせーいー! ほんとにやってないから!」

「分かった分かった。黙って聞こうぜ」

「もー!」

 そんな俺達のやり取りをみて「楽しそうですな」と呟く。何処がだ。目は節穴か。

 しかし、ミミックがそれほど強くないとは初めて知った情報だ。それなりにエリスもクエストを選別していたのか……と思ったがこいつは確か報酬につられていたような……。

 まあ、強敵でないに越したことはない。

「決して強いとは言えないモンスターのミミックなんですが、ここいらに現れるものは進化を遂げていまして」

「「進化?」」

 エリスと声が調和する。

「そうなのです。知恵を持っているのですよ。加えて別のモンスターや物、果ては人にまで変身できるという……。力こそありませんが、か弱い女性に化けられては手も足も出せないもので」

 きらりとエリスの目が輝く。

「それなら大丈夫よ! このフィンって男、平気で女の子でも殴るし! 良かったじゃないフィン! 私達、いや、貴方にピッタリなクエストね!」

「俺にどんなイメージを持ってんだお前は! それこそ訂正しやがれ! 女は殴らないがお前は殴るぞ!」

「最低! なんで私は特別なのよ! おかしいでしょ! 私もか弱い女の子よ!」

「か弱いぃ!? 誰の事を言ってんだ! それも訂正しとけ! いや、お前は白の冒険者だったな? か弱くはなくとも弱いのは事実だな!」

「こらー! それは言っちゃだめでしょうが!」

「むむ? 貴方方は赤色以上の冒険者なのではないのですかな? 白の冒険者……?」

「「なんでもないです」」

 口が滑った。

 しかし知恵を付けているとなると本当に厄介だ。どこまで賢くなっているのかは未だ不明だが、ただでさえ凶悪なモンスターに知恵などがついてしまえば、それは確かに手に負えない。赤のクエストで依頼した理由も理解できる。

 そこまで考えて俺は咄嗟に身を引く。冒険者カードで体力等が底上げされている冒険者にも、勝るとも劣らない速度でエリスを連れて村長から、いや、


 ――ミミックかもしれない村長から身を引く。


「ちょっとフィン! なにすんのよ!」

「うるせえ黙ってろ!」

 そんな真剣な俺の怒声に、流石のエリスも押し黙る。

「なんですかな?」

 そいつは笑みを、不敵にも思える笑みを携え、こちらに近づいてくる。


「お前、ミミックだろ」


 俺は村長であったそれを指さして、高らかに告げた。

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