058 決め手・後悔・アドバイス
「……ダメだぁ」
「……」
「ダメだぁ……どうすればいいんだ……」
「……」
「……あぁ……もうおしまいだ……」
「おしまいな。んじゃ、解散」
「都波ぃ!」
さっさと帰ってしまおうとする都波の腕を掴みながら、遥は情けない声を出した。
呆れたような、鬱陶しそうな顔をした都波が、仕方ないというように再びイスに腰かける。
雪季とのデートを終えた一週間後、遥は都波をファストフード店に呼び出した。
今日はバイトもなく、偶然都波の部活も休みだったのである。
雪季には先に家に帰ってもらい、遥は都波に悩みを相談することにした。
都波は当然のように嫌がったが、ハンバーガーをご馳走することを条件に、渋々来てくれたのだった。
「お前な、アタシを呼んだからには、もっとまともな相談をしやがれ」
「そんなこと言ってもなぁ……」
「三人の中から誰か選ぶのか、それとも誰も選ばないのか。それを決めるために、頭下げてデートしてもらったんだろうが。とっとと決断しろ」
「無理なんだよぉ……一人に決めるなんて……」
「理由は?」
「……み、みんな良い、というか……なんか誰を選んでも、大丈夫そう、というか……」
「なら一番好みのやつでいいだろ」
「そんな簡単に言うなよ! お前みたいにあっさり決められないんだよ!」
「決め手に欠ける、って?」
「そういうわけじゃなくて……みんな、俺のことをすごく……その」
「好きだってか?」
「う、うん……ありがたいことに」
「つまり、罪悪感と決定打の無さが原因か」
「ま、まあ、悪く言えばそういうことかな……」
都波はジト目で遥を睨んだ。
不機嫌そうな表情を隠そうともしない。
都波は恋愛に限らず、何でもズバッと決めるタイプだ。
だからこそ遥は彼女に相談することにしたのだが、あまりにも合理的すぎて、遥の覚悟が追いつかない。
結局、三回のデートを経ても、遥の決意は固まっていなかった。
都波は決め手に欠ける、という言い方をしたが、それこそ個別で見れば全員が、自分にとっては贅沢すぎる女の子に思える。
加えて遥は、彼女たちの誰かに対して、自分の中に恋愛感情と呼べるものがあるのかどうか、わからなかった。
さらに言えば、遥には恋愛感情自体、どんなものなのかいまいち不明だったのである。
自覚的な初恋も経験していないので、当然と言えば当然なのだが。
「じゃあ誰とも付き合わなけりゃいいだろ」
「な、なんかそれも……申し訳ないような」
「申し訳なさで付き合われたって、連中も迷惑だろうさ。べつに今断ったからって、永遠に付き合えなくなるわけじゃねぇんだからな」
「そ、それは……たしかに」
「まぁ、もたもたしてる間に連中が心変わりしたり、別の相手を見つけるかもしれねぇけどな。そん時は自分の優柔不断さを恨むんだな。何事も、責任取るのは全部てめぇなんだから」
「……お前は達観してるなぁ」
「お前がアホなだけだろ」
「うーん……」
「よし、解散」
「都波ぃ!!」
再び都波の腕を掴んで引き戻す。
彼女の言うことももちろん一理あるが、そこまで割り切って考えられるほど、遥は非情になれなかった。
「お前決める気あんのか。悩みぶりを見せつけたいだけなら他当たりやがれ」
「うっ……そ、そこまで言うことないだろ……」
「アタシがこうしろって言ったら、お前は納得してそうすんのか? 結局自分で考えるしかねぇんだよ」
「あ、アドバイスを……」
「だから、アタシに言えるのは、決め手があるならそいつ。ないなら保留。そのリスクは自分で負う。それだけだ」
「あっさり言ってくれるよなぁ……」
遥はガックリと肩を落とした。
都波の助言は、今の遥には正論すぎる。
そう言われてしまえば、もうそれ以外に道はないように思えてしまう。
遥は頭を抱えながら、うぅんと唸った。
「……だめだ、答えなんて出そうにない……」
「これ以上は、アタシがいてもいなくても一緒だろ。べつに期限なんてねぇんだから、保留しとけ」
「そ、そんなぁ……」
都波はカバンを持って立ち上がり、今度こそ店を出て行ってしまった。
机に突っ伏しながら、遥は長い長い息を吐く。
時計を見ると、夕方6時を過ぎていた。
そろそろ帰らなければ。都波の後を追うように、遥はフラフラと店を後にした。
◆ ◆ ◆
『遥……お前……』
「な、なんだよ……」
『うっ……よかったなぁ……ついに、恐怖症が治ったか……うぅっ』
家までの帰り道、遥は久しぶりに、父親に国際電話をかけた。
ここ数週間の出来事、雪季との生活、それから今の状況を話すと、黙って聞いていた父親は突然泣き出してしまった。
だが、話が微妙に通じていない。
「治ってねえよ。ただ俺も、このままじゃだめだろうし……」
『似たようなもんさ。程度の差こそあれ、恋愛は喜びと悲しみの連続だからな。その全部が、大切な経験になる。お前はちょっと、人よりスタートが悪かっただけだよ』
「……まあ、そうかもな」
『で? どの子が好みなんだ? ん? やっぱり雪季ちゃんか? それとも絢音ちゃんか? 絢音ちゃんも綺麗になってるんだろうなぁ。素材は良かったもんなぁ。それに、そのバイトの先輩もイイなぁ。雪季ちゃんに勝るとも劣らない美人……うーん、お前、もうすぐる死ぬんじゃないか?』
「死なねーよ! ……とも言い切れないよなぁ、やっぱり」
『まあ、死んでも本望だろ。そんな羨ましい目にあってるんだから』
「あのなぁ、俺はまじめに悩んでるんだぞ」
『贅沢な悩みだこと』
「……もういい、切る」
『あーーーちょっ、待てよ遥ぁ。うそうそ、冗談だって』
「……前に進む気になった息子へのアドバイスは?」
『やっぱり胸のサイズで決め』
「切りまーす」
『わぁーー!! ごめんごめん!!』
「……頼むよ、親父。本当に、困ってるんだ」
『まあ、息子以上にメンタルボロボロのお父様から言えることは、一つだ』
「……おう」
『誰を選んでも、絶対後悔する。それが恋愛だよ』
「……母さんを選んで、後悔してるか?」
『してるよ。でも、過去に戻っても同じ人を選ぶ。誰を選んでも後悔するなら、俺はお前が生まれる未来が良い』
「親父……」
『失敗するつもりで、直感に従え! じゃ、雪季ちゃんの親父さんにも伝えとくから。お前ら、仲良くやってるってさ』
「あ、おいっ!」
遥が叫んだ頃には、すでに通話は切れていた。
ずっと引き止めていたくせに、自分が切る時は勝手だ。
遥はやれやれと首を振り、歩く速度を早めた。
空には星が出始めている。
夜風が汗ばんだ頬を撫でていく。
直感に従え、と父親は言った。
「その直感が、わからないんだよなぁ」
言いながらも、遥は少し気分が軽くなったような気がしていた。
とにかく、早く帰ろう。
帰って風呂でも入って、ゆっくり考えよう。
絶対に後悔するなら、道は一つだ。
後悔しても良いと、そう思える答えを探そう。
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